そのテノヒラは命火を絶つ

有箱

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十七日目/最終話

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 本日は、人生最期の日である。ただ¨死神曰く¨という曖昧さも付き添っている。

 正直眠れなかった。朝がやってくるのが怖かった。
 どの時間にか、何を考えている時にか、何一つ知らないのに、今日が当日とだけは分かっている。
 それが嘘か誠かさえ分からないのに、本能なのか怯えてしまっている。

 シズミヤはいない。愛想を尽かしたのか、回答後出て行ってから完全に姿を見せなくなってしまった。
 ノコトとも湊翔の話以後、全く会っていない。
 もしかすると、既に別の人間に出会い、同じような物語を紡いでいるのかもしれない。唯々、残酷な物語を。

 母親とも湊翔が死を遂げる前、少し会って以来だ。
 今はどんな顔をしているのだろう。泣いているのだろうか。泣いているんだろうな。
 それでも、治療日のため働いているに違いない。

 死んだ先で、夏束に会えるだろうか。
 いや、恐らく夏束は天国にいるだろう。しかし、自分は地獄に落ちても可笑しくない人間だ。会えないかもしれない。

 様々な事を思い巡らせていると、頬に熱い雫が伝った。それは一粒から二粒へ、そして三粒と数を増やして行く。

 望んでいた筈の死がこんなにも怖いなんて。

 今日のこの一日が無事に終わったら、両親に謝罪して、感謝して、絶対に生き抜くと誓ってみせよう。
 現実的に無理でも、必死になって手を伸ばし続けよう。



 規則正しくは無いが、懸命に命を繋ぎとめようとする鼓動の音が、耳の奥で響いている。

 視界に移る変わり映えしない天井の色、稼動する機会の音、酸素マスクや薬の臭い、時々顔を見せる医師の朗らかな笑顔。
 有り触れた筈の一日が、とても重い。

 生きている事の重みを知った気になって、自分自身説明のつけられない不思議な笑みが零れて来た。

「変な笑顔」
『……シズミヤ……なん……』

 心臓が、突如大きな音を立てた。吐息が漏れ出し、酸素マスクの中を呼気で満たす。
 シズミヤは冷静に、まるでドラマでも見詰めるかのように視線一つ動かさずこちらを見ている。

 機械の知らせに呼ばれ、医師がやってきた。
 激痛と息苦しさで、もがいているのに体があまり動かない。胸を右手で押さえつけて、緩和を試みるが一向に酷くなるだけだ。

 生きたいとの気持ちが足掻いている。死にたくないとの本能が叫んでいる。
 医師たちの行動も、体に入り込む針の痛みも、全て掻き消されてしまう苦痛に唯々もがく。



 ふと、懐かしい顔が見えた。

「シズちゃん私ね、大きくなったらお嫁さんになるの」

 夏束だった。短い黒髪がシズミヤとよく似ている。まるで走馬灯のように、様々な思い出が一気に流れ込む。
 だが、これは自分の記憶では無い。これは。

 聞いた話とは違う、夏束の最期のシーンが見えた。
 苦痛にもがき、医師たちに押さえつけられながら声にならない声で叫び、息絶える夏束の様子が見える。
 それを見て傷つく、シズミヤの繊細な感情が見えた。

 そう、これはシズミヤの記憶だ。夏束と共に過ごした、短い日々の記憶。

 繰り返される様々な一言一言が、記憶に鮮やかなまま残っている。希望とやる気に満ちた煌びやかな夏束に、眩しい印象を抱いていた感覚も全て伝わってきた。

 だが、最期のシーンを見て数日もしない内に、シズミヤは夏束に手をかけた。愛しい物を思う気持ちをその手に乗せて、夏束の心臓を止めた。
 夏束に恨まれる事を承知で、皮肉な顔をして。



 胸に乗せた右手の上から、鋭い悪寒が流れている。しかしその悪寒こそが、シズミヤの手の感触なのだと気付いた。 

「夏束に会ったら謝罪しなさい、それと湊翔君にもね」

 ――――感覚も感情も苦痛も何もかもが一斉に消え、耳の奥で聞こえていた音も声も無くなった。
 死にたくない。生きていたい。それさえ全部、意識しないまま無に消える。
 けれど一瞬、夏束の笑顔が見えた気がした。





***

ここで一旦最終回とさせていただきます。
バッドエンド好きの方はここで止まって下さい。ハッピーエンドが見たい方のみ、もう一つの最終話へとお進み下さい。
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