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第二十五話

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 けれど突然、事件は起こった。

「げっ、本当にオオカミが来てる!!」 

 どこからか、酷い言葉が聞こえてきたのだ。木々の後ろに隠れていて顔は見えないのに、声だけがはっきりと聞こえてくる。

「あんなに近くにいて、またおそわれたらどうするつもりなんだ!危ないなぁ!」
「なんで平気な顔して、ここに来られるのかが分からないよ」

 楽しげだったお茶会は、一気に暗くなった。
 お茶会に参加している動物たちも、ひそひそと何かを話し出す。
 赤ずきんは、すぐに立ち上がっていた。

「何言ってるのよ!ちゃんと見なさいよ!昔とは違うのよ!」

 せっかく近づけたのに、また離れてしまうのは嫌だ。分かってもらう為に開いたのだ、皆に分かってほしい。

「でも、オオカミが僕たちの仲間を酷い目にあわせたんだよ!謝ってほしいくらいだよ!」

 オオカミ少年は動物たちの言葉を、よく聞こえる耳で聞いていたが、自分が迎えられていないと気付き悲しくなる。

 オオカミの誰かが、昔ここの動物たちに何かをしたのだろうとは分かったが、オオカミ少年はそのことを何一つ知らなかった。聞かされていないのだ。

「なんでそういうことばっかり言うの!前は前!今は今でしょ!」
「でも許せないよ!」

 必死になる赤ずきんと動物たちの言い合いを見ていると、オオカミ少年は逃げ出したくなってしまった。

 確かにお母さんから、他の動物とは仲良くなれないからなっちゃダメだと聞いたことはあったが、こういうことだったのかと今になって分かる。

 言いつけを、守っていれば良かったなぁ。

 沈む気持ちを止めるように、ぽんと頭に柔らかい手が乗った。

「オオカミちゃん、大丈夫よ」
「…おばあさん」
「……みんな、少しきいてもらえるかしら?」

 赤ずきんと動物たちは、おばあさんの柔らかな声に言い合いを止めた。
 赤ずきんは、おばあさんが何を話し始めるか全然分からずに、首をかしげて見つめる。

 しかし、おばあさんの事だ。この苦い空気を壊してくれる事だけは、何も言わなくても分かった。

「あのね、前のオオカミちゃんが酷い事をしたのは、私にも原因があるのよ」

 森中が、ざわりと騒ぎ立つ。赤ずきんも、びっくりして目を円くした。オオカミ少年も驚いて、どうしたら良いか分からずきょろきょろとし始める。
 おばあさんは、ずっとずっと昔のある出来事を思い出していた。

 ―――それは、赤ずきんがまだまだ小さくて、まだおばあさんの家に来る前の出来事だった。
 その時からもう、おばあさんとおんなオオカミはとっても仲良しだった。

 ずっとずっと平和な日が続いていたのだが、ある日突然、おばあさんの家が動物の群れにおそわれてしまった。
 ちょうどお出かけしていたおばあさんにけがは無かったが、食べ物がなくなってしまいおばあさんは困り果てたという。

 その頃は時々、赤ずきんの両親が食べ物を届けにきてくれていたのだが、次来るまでにまだ時間もあった。
 それをおんなオオカミに話したところ、次の日おんなオオカミは、動物を何匹か持ってきたという―――。

「……だから私のせいなのよ…あの子は私のために酷い事をしたの…」

 おばあさんは、とても悲しい顔で語った。
 自分のせいでオオカミが仲間はずれにされているのをしって、実はずっと辛かった。

 オオカミ少年までも一人ぼっちにしてしまって、とても苦しかった。
 だから、もう一度みんなと仲良しになってくれたらとずっと思っていた。

「そう言う事か…確かに変だと思っていたんじゃよ…オオカミはとても悲しそうにしていたからな…」

 アデルは、しみじみと頷く。杖を地面に立てて、切り株から腰を上げた。

「オオカミくんや、今まですまなかったね」
「…えっ、えっ…え?えぇ…?」

 オオカミ少年は突然のごめんなさいに、しどろもどろになってしまう。その場にまっすぐ立ったままで、顔だけ忙しく動かす。

「なんだ、そういうことだったのね」

 赤ずきんのさっぱりした反応に、オオカミ少年は瞳をぱちくりとさせた。
 おばあさんも、明るく強気な笑顔に、曇らせていた表情を柔らかく解いた。
 勇気を出して話して良かった、と思った。

「じゃあ怖がる理由ないわよねー、みんな!」
「……でも、信じられない…」

 カナは、ずっと信じていたお話の本当の姿が、まだ信じられないらしい。
 他の動物も同じらしく、まだオオカミ少年を許そうとしない。

 赤ずきんは、間違いだって分かって仲良し!との流れを待っていたのに、反応があまり良くなくてがっかりしてしまった。
 せっかくおばあさんが話をしてくれて、溝をうめようとしてくれたのに、分かってくれないなんてもどかしすぎる。

「ちょっと、あんたも何か言いなさいよ!」
「……ええぇ!?えっと……」

 オオカミ少年は、急にバトンタッチされて戸惑うしか出来なかった。
 何を言えばいいか、何を言えばいいか、と必死に頭を回す。
 だが、

「作り話じゃない証拠はあるのかよー!」

 何か言う前に、また酷い言葉が投げられた。赤ずきんは、よく知る声に頬を膨らませる。

「チト!またあんたなの?」
「だってそうだろー!俺だって大事なおじいちゃんが…」
「だからそれは、あんたたちの…!!」
「それは本当の話なんだ!」

 赤ずきんとチトの言い合いを、新しい声が止めた。
 声のした上を見ると、木の上に群がっていたのはたくさんのサルたちだった。

「あなたたちは…?」

 赤ずきんは、一度も見たことのない顔を見て首をかしげる。森の動物たちも、少し驚いた顔をしていた。

「ぼくたちは、この森の奥に住んでいるサルの家族さ」

 他の動物たちの作るざわめきの中に、珍しいな、とか、出てくるなんてどうしたんだ?といった言葉が聞こえて、動物たちの前でも出てくるのは珍しい事なんだと分かった。

「オオカミとお茶会をするってうわさが聞こえて、見に来たんだ」

 するすると、一匹のサルが木から降りてきて、おばあさんの前に立った。そしてお辞儀する。

「昔、僕たちがいたずらでお家を壊しました!ごめんなさい!」

 おばあさんは、驚いて目を円くした。そして、にっこりと笑う。
 次に、サルはオオカミ少年の前に立った。オオカミ少年は、顔の怖そうなサルにびくっとしてしまう。

「…きみもごめん…僕たちのせいで、ごめんなさい」

 ぺこりとふかく頭を下げたサルを見て、オオカミ少年はかわいそうに思えてきた。

「…良いよ」

 サルは顔をあげ、ぱっと表情を輝かせた。

 森がざわつく。ざわざわと、声と風が混じる。不安げに戸惑う声と、うんうんと何かを認める声、色んな声が聞こえて来た。

「そうだったのか、怖がって悪かったな」

 ヌタはオオカミ少年の横に立ち、目の前に手を差し出した。オオカミ少年は、初めて向けられた手のひらを握っていいか少し悩んだ。
 でも嬉しくて嬉しくて、笑顔だけは勝手に零れた。
 今なら、勇気が出せる気がする。

「…ううん、良いよ、あのね…」

 赤ずきんは、オオカミ少年が勇気を出そうとしているのに気付き、そっと後ろに回り、

「がんばれ」

 といって、しっぽを軽く握った。
 オオカミ少年はちょっとびっくりしたが、赤ずきんに切る気が無いと知ると、大きく息を吸い込んだ。

「僕と、お友だちになってください!!」

 空に、元気な声が響いた。

 動物たちはまん丸な目を、もっと大きくしてだまりこんでいる。ヌタも、突然の大声に驚いている。

 オオカミ少年は、初めて出せた勇気がどんな形で帰ってくるのかドキドキしながら、瞳をきゅっと閉じる。
 赤ずきんとおばあさんも、上手くいくかどうか心配しながら、みんなを見つめていた。

「いいぜ、友だちになろう」

 オオカミ少年は目をゆっくりと開き、ヌタを見つめた。
 その顔は、優しく笑っている。
 ヌタは、出していた手を少し揺らした。オオカミ少年には、その手がキラキラ輝いて見えた。

「お、おねがいします…!」

 きゅっと握ったその手は、とってもふわふわで温かかった。
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