短編小説集

有箱

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生命が滅びる前の話

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 地上は一面、焼け野原だ。これらは全て、隣に座っている人型ロボットがやった。
 彼の名はWIXYウィクシィ、名の後に数字の羅列が付くが、長すぎるので割愛だ。

 この殺戮兵器は、私が制作した。長引く戦争を終わらせるための道具として、代々の知恵と労力を受け継いで作った。

 その努力は報われ、ついに全ての国を焼き尽くした。今は、唯一残された自国に帰る途中である。
 WIXYは殺戮専用の為、飛行機の操縦は出来ない。その為、私が操縦担当だ。

 地上は、どこを見ても焼けていた。炎の有無はあれど、辺りは全て閑散としている。それもそのはずだ、人っこ一人いないのだから。

「……WIXY、これは名誉なことらしいぞ。帰ったら俺たちは英雄として大歓迎だろうなぁ」
「そうですか」
「……はは、ロボットのお前には分かんねぇか。お前は命令こなすだけだもんなぁ」

 WIXYに複雑な思考回路は無い。戦闘用ロボットに心は要らないと、プログラムしなかった。時折物足りなさを感じるものの、このご時世だ、やはり必要ないとの結論に落ち着いた。

「……戦う以外出来ねぇように作っちまったしなぁ。国に戻ったらどうしたい?」

 なんて、問い掛けても意味無いのに――と自嘲気味に笑う。戦っていない時のWIXYは、機械音すら無くとても静かだ。

「私は何をしようかなー……」

 これからの未来を、何となしに考えてみた。しかし、何も出て来ない。

 実は、自国も甚大な被害を受けている。食糧難はもちろん、住む場所にすら事欠いている状態だ。
 元々小さい国ということもあり、戦闘の直接的な被害も大きかった。死者も多数出ており、その中には私の家族も含まれている。

 そんな状態で、費用の掛かるWIXYを作ったのだ。どれほどの人間を犠牲にしたのだろうかと改めて考える。

「もしかすると歓迎なんてないかもな」

 数時間前までは、ただ我武者羅に戦争の終了を願っていた。ゆえに帰宅後のことなど考える余裕は無かった。
 けれど今、夢から覚めたかのように現実を見ている。

「……何も残ってねぇな」

 緑は燃え、青も濁った。ただあるのは、錆色の地上と灰色の空だけだった。



 眠くなるような景色ばかり見ていると、やっと目に付く場所を見つけた。そう、自国に戻ってきたのだ。
 目に付くと言っても、他より少し色があるだけの話だ。ほとんど焼け野原と変わらない。

 ──虚しい。虚しすぎる。 

 自国の惨状を改めて目にし、心が死んでゆくのが分かった。あんな所に戻っても、希望なんてありはしないだろう。
 考えなくとも、分かることだ。

「……WIXY、やっぱり帰るのは無しにしよう」
「では、どうするのですか」

 頭の中には一つの命令が浮かんでいる。先を見据え、辿り着いた結論が生み出したものだ。
 迷いはある。しかし、これしかないとも思っている。

 操縦桿を握りながら、WIXYに目配せした。WIXYはと言うと、目線を動かすことなく真っ直ぐ前を向いたままだ。何も思わず、何も考えていない様子が見て取れる。
 当然ではあるが、これなら問題ない。

「……命令だ。国を滅ぼしてくれ。全部。完膚なきまでに」
「はい」

 想像していた通り、WIXYに躊躇は無かった。



 虚しい。虚しい。虚しすぎる。
 燃え盛る故郷を見て、感じたことはそれだけだった。もちろん、罪悪感が無い訳ではない。
 しかし、間違いだったとも思えなかった。

「終わったな、全部」

 戦争は何も生み出しはしない。目に映している景色の全てが証明している。

「……今更だけど悪かったな、生み出しちまって。兵器としてじゃなくて、もっと有益な道具として生み出してやれば良かったな」

 再び横目を向けたが、WIXYの視線は変わっていなかった。所詮、機材の寄せ集めであるWIXYが、何かを思い答えるなんて有り得ないのだ。

「……なんて、何言ってんのか分かんねぇよなぁ」

 残っている物はほとんど無い。人工物では破壊出来なかった自然と、一人と一つだけだ。

「次はどうしますか?」
「……そうだなぁ」

 答えは出ている。次々と焼けてゆく国を見ながら考えていた。いや、自然と固まっていった。
 もちろん恐怖はある。だが、他の選択に含まれる末恐ろしさに比べれば、幾分救われる選択だ。

「最期まで付き合ってくれ」

 僅かに震える両手を、操縦桿から離した。操縦者を失った機体は、瞬く間に傾き始める。
 WIXYに動揺は無かった。音を発することも体勢を変えることもなく、無常に前を見詰めたままだ。

「……お前に心がなくて良かったと、今は強く思うよ」
「──はい、最後までお付き合い致します」

 時差で返ってきた返事に、少しだけ心が安らいだ。笑いまでは出来なかったものの、恐怖には打ち勝てそうだ。
 隣に座っていたのが、彼で本当に良かった。心の無いロボットで。死を怖がらない存在で。

 墜ちてゆく機内でも、WIXYはずっと前を見ていた。灰色に染まった空を見ていた。

 無機物は、天国にいけるのだろうか。
 なんて、それは誰にも分からない。けれど行けるなら。
 
 最後の命令だ。もし行けたなら、そこでは幸せに笑ってくれ。
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