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先生は言った【前編】
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「どうしたら、先生みたいに頭が良くなれるんですか?」
物憂げな横顔に、つい訊ねていた。
クラスメイトの去った静か過ぎる教室、たった一人居残っていた先生は、優しすぎる笑みを浮かべた。
季節は冬、三年生である私達は、受験戦争真っ只中にある。
今だって、明日の三者懇談に必要な資料を忘れて、わざわざ自宅から教室に取りに戻った所だ。
そこで、物憂げな担任を見つけた。
難しい授業や時間を奪うだけの宿題を、頭の良くない私はいつも苦痛の内にどうにかこなしていた。
その度に、なぜこんな勉強をするのかとか、頭がいい人は楽でいいよなとか、皮肉が過ぎる。
受験でのストレスも加算され苛々は最高潮、今まさにそう言った状態にある。
だから、先生に対して皮肉がこぼれたのかもしれない。
「先生は頭良くないよ」
先生はいつも、どこか自信なさげである。笑顔でいながらも嘘っぽさがあるように感じる。
教員のくせに曖昧な態度を見せてしまっている所が気に入らなくて、正直この人が好きではない。
「でも先生になれるくらいには勉強できますよね? 私なんか付いていくのに精一杯でどうしたらいいか……」
私の皮肉にも、また中途半端な笑みを重ねる。生徒の反発に対して、悲しさを隠しきれていない半端な笑みだ。
「勉強できる事だけが、頭が良いって事にはならないよ」
いかにも¨教師です¨と言わんばかりの台詞が、私には嫌味に聞こえた。頭が良いから言えることだと勝手に敵意を膨らます。
「本当に頭がいい人は、周りに敵を作らない人だよ」
「……はい?」
突拍子な一言に、私は付いていけなかった。やはり、馬鹿な私では直ぐに理解できないらしい。
だが、担任の酷く寂しげな瞳が、反発を踏み留まらせた。明らかに、何かの影が見える目だ。
やはり気に入らないが、気にはなる。
「どう言う事ですか?」
「ひとつ昔の話をしよう。以前赴任していた中学での出来事だ」
それこそが、先生の自論が形成される切欠になった出来事なのだろう。
面倒な事になった、と一瞬思ったが、担任の真剣な眼差しを見つけた時それは消えた。
「何年前だったか、とある頭脳明晰な生徒がいてね……」
先生は思い出す仕草一つなく、次から次へと語りだした。
*
出来事の要になるのは、クラスの中で一番頭が良く、学年の中でも一、二を争うほど優秀な生徒らしい。
その学校は大して荒れた学校でもなく、寧ろ品があり偏差値も高いと、敬意の目で見られる方が多い学校だったそうだ。
しかしそんな学校でも――いや、そう言った学校だからか、酷い苛め問題が発生していた。
テストの点数が一番低かった生徒を対象に、嫌がらせが始まったというのだ。
その首謀者こそ、要となる優秀な生徒だったと言う。何人もの仲間を作り、鬱憤を晴らしていたらしい。
後で関係生徒に聞いた話、初めは誰も気付かないような虐めが繰り返されていたらしい。
その内、過激化し問題視されても、教師は学校の面子を気にし、生徒は巻き込まれないよう無視して、誰も助けの手を差し伸べなかったと言う。
自分自身も、長期研修中と言う立場にあり何も出来なかったと悲しい目をして語っていた。
しかし、問題は急展開し、ある日突然苛めは終わった。虐めを受けていた生徒に一人の生徒が加担したのが切欠だった。
その生徒は周りからの人望が厚く、慕われる存在だった。しかし、とある原因があり中々助けに踏み切れなかったと言う。
その理由が、首謀者である生徒に弱みを握られ脅されていた事にあった。
苛めのリーダーだった生徒は、頭の良さを生かして弱みを握り、他の生徒を苛めに加担させていたのだ。
加担した生徒は、恐らく何らかの方法で脅しを振り切ったのだろう。
そこから形勢は逆転し、苛めの対象はおこなっていた本人へと切り替わった。
そう、苛めていた人間が苛められる結果になってしまったのだ。
***
「……なるほど、そういう事ですか」
有りがちで退屈な物語に、私は堪え切れない溜め息をついていた。
正直、虐めのリーダーに対して、馬鹿だなぁと言う感想しか出なかった。
教師の否定を聞きながら、引き出しの中に置いてけぼりにされていた資料を引き出す。親と相談して書くようにと進められた進路の紙だ。
「……でも、それも中学の内でしょ、卒業すれば良い高校行けるし就職だって出来るじゃないですか」
虐めを安易に思っている訳ではないが、苛々している今、そんな皮肉しか浮かばない。馬鹿な人間は一生苦労するんだぞ、と突きつけたくなる。
「それがそうでもないんだよ」
先生の否定には愁いがあった。どうやらその生徒の末路を、先生は知っているらしい。
「どうなったんですか? そのリーダー」
先生はまた、中途半端な笑顔を宿して語りだした。
物憂げな横顔に、つい訊ねていた。
クラスメイトの去った静か過ぎる教室、たった一人居残っていた先生は、優しすぎる笑みを浮かべた。
季節は冬、三年生である私達は、受験戦争真っ只中にある。
今だって、明日の三者懇談に必要な資料を忘れて、わざわざ自宅から教室に取りに戻った所だ。
そこで、物憂げな担任を見つけた。
難しい授業や時間を奪うだけの宿題を、頭の良くない私はいつも苦痛の内にどうにかこなしていた。
その度に、なぜこんな勉強をするのかとか、頭がいい人は楽でいいよなとか、皮肉が過ぎる。
受験でのストレスも加算され苛々は最高潮、今まさにそう言った状態にある。
だから、先生に対して皮肉がこぼれたのかもしれない。
「先生は頭良くないよ」
先生はいつも、どこか自信なさげである。笑顔でいながらも嘘っぽさがあるように感じる。
教員のくせに曖昧な態度を見せてしまっている所が気に入らなくて、正直この人が好きではない。
「でも先生になれるくらいには勉強できますよね? 私なんか付いていくのに精一杯でどうしたらいいか……」
私の皮肉にも、また中途半端な笑みを重ねる。生徒の反発に対して、悲しさを隠しきれていない半端な笑みだ。
「勉強できる事だけが、頭が良いって事にはならないよ」
いかにも¨教師です¨と言わんばかりの台詞が、私には嫌味に聞こえた。頭が良いから言えることだと勝手に敵意を膨らます。
「本当に頭がいい人は、周りに敵を作らない人だよ」
「……はい?」
突拍子な一言に、私は付いていけなかった。やはり、馬鹿な私では直ぐに理解できないらしい。
だが、担任の酷く寂しげな瞳が、反発を踏み留まらせた。明らかに、何かの影が見える目だ。
やはり気に入らないが、気にはなる。
「どう言う事ですか?」
「ひとつ昔の話をしよう。以前赴任していた中学での出来事だ」
それこそが、先生の自論が形成される切欠になった出来事なのだろう。
面倒な事になった、と一瞬思ったが、担任の真剣な眼差しを見つけた時それは消えた。
「何年前だったか、とある頭脳明晰な生徒がいてね……」
先生は思い出す仕草一つなく、次から次へと語りだした。
*
出来事の要になるのは、クラスの中で一番頭が良く、学年の中でも一、二を争うほど優秀な生徒らしい。
その学校は大して荒れた学校でもなく、寧ろ品があり偏差値も高いと、敬意の目で見られる方が多い学校だったそうだ。
しかしそんな学校でも――いや、そう言った学校だからか、酷い苛め問題が発生していた。
テストの点数が一番低かった生徒を対象に、嫌がらせが始まったというのだ。
その首謀者こそ、要となる優秀な生徒だったと言う。何人もの仲間を作り、鬱憤を晴らしていたらしい。
後で関係生徒に聞いた話、初めは誰も気付かないような虐めが繰り返されていたらしい。
その内、過激化し問題視されても、教師は学校の面子を気にし、生徒は巻き込まれないよう無視して、誰も助けの手を差し伸べなかったと言う。
自分自身も、長期研修中と言う立場にあり何も出来なかったと悲しい目をして語っていた。
しかし、問題は急展開し、ある日突然苛めは終わった。虐めを受けていた生徒に一人の生徒が加担したのが切欠だった。
その生徒は周りからの人望が厚く、慕われる存在だった。しかし、とある原因があり中々助けに踏み切れなかったと言う。
その理由が、首謀者である生徒に弱みを握られ脅されていた事にあった。
苛めのリーダーだった生徒は、頭の良さを生かして弱みを握り、他の生徒を苛めに加担させていたのだ。
加担した生徒は、恐らく何らかの方法で脅しを振り切ったのだろう。
そこから形勢は逆転し、苛めの対象はおこなっていた本人へと切り替わった。
そう、苛めていた人間が苛められる結果になってしまったのだ。
***
「……なるほど、そういう事ですか」
有りがちで退屈な物語に、私は堪え切れない溜め息をついていた。
正直、虐めのリーダーに対して、馬鹿だなぁと言う感想しか出なかった。
教師の否定を聞きながら、引き出しの中に置いてけぼりにされていた資料を引き出す。親と相談して書くようにと進められた進路の紙だ。
「……でも、それも中学の内でしょ、卒業すれば良い高校行けるし就職だって出来るじゃないですか」
虐めを安易に思っている訳ではないが、苛々している今、そんな皮肉しか浮かばない。馬鹿な人間は一生苦労するんだぞ、と突きつけたくなる。
「それがそうでもないんだよ」
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