1 / 16
第一話:お父さんはお金を愛してる
しおりを挟む
僕の名前はヘンリー、十歳だ。僕の家族は、お父さんと八歳の妹、エマ。二人だけ。
お母さんはいない。妹が生まれた日に、天国へと行ってしまったんだって。
お爺ちゃんもお婆ちゃんもいないから、僕らは今三人で暮らしている。
二人とも、大切で大好きな家族だよ。
少なくとも僕は、そう思っているんだけどね。
***
「じゃあ、行ってくるからな。ヘンリー、エマを頼むぞ」
「はーい、行ってらっしゃい!」
朝方、まだ闇が明けていない頃、お父さんは仕事に出掛けていく。汚れの取れていないシャツと、色の変わったジーンズを穿いて。
そんなお父さんの仕事は、山での穴掘りらしい。なぜ穴を掘るのかまでは知らないが、大変な仕事だと言っていた。
「今日も遅いんだろうな……」
お父さんの帰りは遅い。いつも遅い。ほとんどが、僕らの寝た後に帰ってくる。
大好きなお父さんに一目だけでも会いたくて、頑張って寝ないようにしても寝てしまうくらいには遅い。
きっと今日も、僕らが夢の中に行った後にお父さんは帰ってくるんだろう。寂しくて、小さな溜め息が零れた。
けれど、僕にも仕事がある。寂しいとばかり思っていてはいけない。
「エマ、エマ、朝だよ。起きられる?」
小さな家には、部屋が一つしかない。だから、振り返ればそこにエマは眠っている。薄いカーペットの上で、薄いシーツを被って安眠している。
声をかけると、エマはゆっくりと目を開け、眠そうに瞼を擦った。
「……おはようお兄ちゃん……今日は起きられそうだわ……」
「良かった、じゃあご飯用意するね!」
妹のエマは体が弱い。その所為でいつも辛そうだ。あまり動き回ると具合を悪くしてしまうからと、僕が妹の世話をしている。
朝ご飯の用意は簡単だ。布に包まれた、四角パンをナイフで一枚分にする。そこに姫リンゴを一つ。それから、昨日採った木の実も添える。これで完成。僕らのご飯は、大体いつもそれだ。
時々は、そこに肉が付くけれど、それもあまりない。
僕らの暮らす街は、僕らのような貧しい家と、贅沢な暮らしをする家とで分かれていた。その中でも、僕の家は特に貧しい。
今はまだ難しいとしても、いつかは贅沢な暮らしがしたいと夢を見ている。
「……お父さんに会いたいなぁ」
皿に盛った食料を差し出すと、寂しそうな目でエマが言った。エマが起きるのは、お父さんが仕事に言った後だ。その所為で、僕よりも会えていない。
「そうだね、僕ももっとお父さんと一緒にいたいよ」
「お父さん、早く帰って来られないの?」
「うーん、よく分からないんだけど僕等の為なんだってさ」
「……ごめんなさい、知ってるけど寂しいの……」
シュンと悲しげな顔をしたエマの、頭をよしよしと撫でてやる。それでも少し笑うだけで、寂しさが消えてはいなかった。
前に一度、『どうしてそんなに仕事をするの?』と、聞いた事がある。その時、お父さんは『二人の為には仕方がないんだよ』と言っていた。
その答えの意味が、僕には分からなかった。――いや、今でも分からない。
僕らの為なら、もっと一緒にいて欲しい。傍にいて笑ってほしい。それなのに、お父さんは仕事ばかりを優先する。
やっぱり、どうしても納得が出来なかった。
僕らの事が嫌いで、仕事に行くわけじゃない。暮らしていく為には、そうするしかないのかもしれない。
けれど、それでも。まだ受け容れられなかった。
***
「じゃあ、ちょっと行ってくるからね。いい子にしてるんだよエマ」
「はーい」
使い古された木の籠を抱え、家を出る。これは日課の一つだ。この中には洗濯する物が入っていて、これから川へと行って洗う。ついでに水浴びも行う。
僕と同い年くらいの子の中には、学校という所に通う子もいるそうだが、僕はまだ通っていなかった。
けれど、それだって普通だ。川に行けば同じような仲間がたくさんいて、そいつらと遊んだりもする。
ご近所さんも、貧しいながら優しい人が多く、僕らの事を助けてくれる。だから、この生活が不幸せな訳じゃない。
けれど、この生活に不満を感じてしまっているのが本心だ。
その原因は、やはり。
立ち並ぶ、綺麗で大きな家を見て、小さな小さな溜め息が零れた。
***
夜、エマが眠って約五時間後、うとうととしていた僕の耳に足音が届いた。ハッと目を覚まし、扉を見る。
するとそこには、お父さんがいた。
電気はなく顔はよく見えない。けれど、薄っすら見えただけでも疲れているのだと分かった。
お父さんは、真っ先に空籠に服を脱ぎ捨てる。そしてから、僕の横に寝転がった。
「……おかえり、お父さん」
背中に向かって投げ掛けると、お父さんは直ぐに振り向いてくれた。もう一度見た顔は、やっぱり疲れていた。
「……あ、あぁ、ヘンリー起きてたのか」
「……うん」
「今日も良い子にしてたか? エマは元気だったか?」
声からも、疲れていると伝わってくる。それほどに、仕事が大変なのだろう。
「うん、してたよ。エマも調子は良さそうだったよ。でも……」
「でも?」
「お父さんに会えなくて寂しいって……」
お父さんは、直ぐには答えなかった。きっと困っているのだろう。困らせていることくらい、僕にも分かっていた。
「ねぇ、お父さん、もうちょっと早く帰れないの?」
「……そうだな、今は出来ないんだ」
前にも、何度か同じ質問をした事がある。その時も、今と同じ事を言っていた。それも、一文字も違えずに。
「なんで? 僕もエマももっとお父さんと居たいんだよ。お父さんもくたくたになってるし、もうちょっと少なく出来ないの?」
お父さんは、僕らの為に仕事をしている。僕らが生活出来るように仕事をしている。
それは分かってる。けれど、それでも少しくらい減らせるのではないかと思ってしまうのだ。ほんの一時間だけなら、変わらないとも考えてしまう。
「……出来ないんだ。明日も早いから、もうそろそろ寝よう。ヘンリーもお休み」
お父さんは、答え辛くなってしまったのか再び背中を向けてしまった。
そうやって、いつもいつも話を終わらせてしまう。エマも寂しいって言ってるのに。僕も寂しいのに。
「お父さん!」
ずっと我慢していたせいか、今日は終われなかった。溜め込んでいた感情を、大きな背中にぶつける。
「僕は本気で言ってるんだよ! お父さんは僕たちと一緒に居たくないの!? 僕たちよりも仕事が大事なの!?」
「違う、お前達の事は大好きだよ」
お父さんの言葉が信じられなかった。大好きだと言ってくれるなら、もっと時間を作ってほしい。
「じゃあ、なんで仕事ばっかりなの!?」
「家にはお金が必要だからだ! お金が無いから働かなくちゃいけないんだ! 分かってくれ!」
――突然の大きな声が、耳の中で反響した。驚いて体が固まってしまう。
それから数秒経って、やっと声が作り出せた。
「……ご、ごめんなさい」
「……いや、父さんもごめん。今日は寝よう。お休みヘンリー」
「……おやすみ、お父さん……」
恐る恐る見た背中は、何も変わらなかった。語らなかった。
――それから数時間、僕は眠れなかった。驚いて目が覚めてしまったのだろう。どうしたら、お父さんが僕たちと居てくれるか考えた。
どうしたら、僕たちをもっと見てくれるか考えた。
答えは簡単だった。
〝もっと、この家にお金があれば良い〟
お母さんはいない。妹が生まれた日に、天国へと行ってしまったんだって。
お爺ちゃんもお婆ちゃんもいないから、僕らは今三人で暮らしている。
二人とも、大切で大好きな家族だよ。
少なくとも僕は、そう思っているんだけどね。
***
「じゃあ、行ってくるからな。ヘンリー、エマを頼むぞ」
「はーい、行ってらっしゃい!」
朝方、まだ闇が明けていない頃、お父さんは仕事に出掛けていく。汚れの取れていないシャツと、色の変わったジーンズを穿いて。
そんなお父さんの仕事は、山での穴掘りらしい。なぜ穴を掘るのかまでは知らないが、大変な仕事だと言っていた。
「今日も遅いんだろうな……」
お父さんの帰りは遅い。いつも遅い。ほとんどが、僕らの寝た後に帰ってくる。
大好きなお父さんに一目だけでも会いたくて、頑張って寝ないようにしても寝てしまうくらいには遅い。
きっと今日も、僕らが夢の中に行った後にお父さんは帰ってくるんだろう。寂しくて、小さな溜め息が零れた。
けれど、僕にも仕事がある。寂しいとばかり思っていてはいけない。
「エマ、エマ、朝だよ。起きられる?」
小さな家には、部屋が一つしかない。だから、振り返ればそこにエマは眠っている。薄いカーペットの上で、薄いシーツを被って安眠している。
声をかけると、エマはゆっくりと目を開け、眠そうに瞼を擦った。
「……おはようお兄ちゃん……今日は起きられそうだわ……」
「良かった、じゃあご飯用意するね!」
妹のエマは体が弱い。その所為でいつも辛そうだ。あまり動き回ると具合を悪くしてしまうからと、僕が妹の世話をしている。
朝ご飯の用意は簡単だ。布に包まれた、四角パンをナイフで一枚分にする。そこに姫リンゴを一つ。それから、昨日採った木の実も添える。これで完成。僕らのご飯は、大体いつもそれだ。
時々は、そこに肉が付くけれど、それもあまりない。
僕らの暮らす街は、僕らのような貧しい家と、贅沢な暮らしをする家とで分かれていた。その中でも、僕の家は特に貧しい。
今はまだ難しいとしても、いつかは贅沢な暮らしがしたいと夢を見ている。
「……お父さんに会いたいなぁ」
皿に盛った食料を差し出すと、寂しそうな目でエマが言った。エマが起きるのは、お父さんが仕事に言った後だ。その所為で、僕よりも会えていない。
「そうだね、僕ももっとお父さんと一緒にいたいよ」
「お父さん、早く帰って来られないの?」
「うーん、よく分からないんだけど僕等の為なんだってさ」
「……ごめんなさい、知ってるけど寂しいの……」
シュンと悲しげな顔をしたエマの、頭をよしよしと撫でてやる。それでも少し笑うだけで、寂しさが消えてはいなかった。
前に一度、『どうしてそんなに仕事をするの?』と、聞いた事がある。その時、お父さんは『二人の為には仕方がないんだよ』と言っていた。
その答えの意味が、僕には分からなかった。――いや、今でも分からない。
僕らの為なら、もっと一緒にいて欲しい。傍にいて笑ってほしい。それなのに、お父さんは仕事ばかりを優先する。
やっぱり、どうしても納得が出来なかった。
僕らの事が嫌いで、仕事に行くわけじゃない。暮らしていく為には、そうするしかないのかもしれない。
けれど、それでも。まだ受け容れられなかった。
***
「じゃあ、ちょっと行ってくるからね。いい子にしてるんだよエマ」
「はーい」
使い古された木の籠を抱え、家を出る。これは日課の一つだ。この中には洗濯する物が入っていて、これから川へと行って洗う。ついでに水浴びも行う。
僕と同い年くらいの子の中には、学校という所に通う子もいるそうだが、僕はまだ通っていなかった。
けれど、それだって普通だ。川に行けば同じような仲間がたくさんいて、そいつらと遊んだりもする。
ご近所さんも、貧しいながら優しい人が多く、僕らの事を助けてくれる。だから、この生活が不幸せな訳じゃない。
けれど、この生活に不満を感じてしまっているのが本心だ。
その原因は、やはり。
立ち並ぶ、綺麗で大きな家を見て、小さな小さな溜め息が零れた。
***
夜、エマが眠って約五時間後、うとうととしていた僕の耳に足音が届いた。ハッと目を覚まし、扉を見る。
するとそこには、お父さんがいた。
電気はなく顔はよく見えない。けれど、薄っすら見えただけでも疲れているのだと分かった。
お父さんは、真っ先に空籠に服を脱ぎ捨てる。そしてから、僕の横に寝転がった。
「……おかえり、お父さん」
背中に向かって投げ掛けると、お父さんは直ぐに振り向いてくれた。もう一度見た顔は、やっぱり疲れていた。
「……あ、あぁ、ヘンリー起きてたのか」
「……うん」
「今日も良い子にしてたか? エマは元気だったか?」
声からも、疲れていると伝わってくる。それほどに、仕事が大変なのだろう。
「うん、してたよ。エマも調子は良さそうだったよ。でも……」
「でも?」
「お父さんに会えなくて寂しいって……」
お父さんは、直ぐには答えなかった。きっと困っているのだろう。困らせていることくらい、僕にも分かっていた。
「ねぇ、お父さん、もうちょっと早く帰れないの?」
「……そうだな、今は出来ないんだ」
前にも、何度か同じ質問をした事がある。その時も、今と同じ事を言っていた。それも、一文字も違えずに。
「なんで? 僕もエマももっとお父さんと居たいんだよ。お父さんもくたくたになってるし、もうちょっと少なく出来ないの?」
お父さんは、僕らの為に仕事をしている。僕らが生活出来るように仕事をしている。
それは分かってる。けれど、それでも少しくらい減らせるのではないかと思ってしまうのだ。ほんの一時間だけなら、変わらないとも考えてしまう。
「……出来ないんだ。明日も早いから、もうそろそろ寝よう。ヘンリーもお休み」
お父さんは、答え辛くなってしまったのか再び背中を向けてしまった。
そうやって、いつもいつも話を終わらせてしまう。エマも寂しいって言ってるのに。僕も寂しいのに。
「お父さん!」
ずっと我慢していたせいか、今日は終われなかった。溜め込んでいた感情を、大きな背中にぶつける。
「僕は本気で言ってるんだよ! お父さんは僕たちと一緒に居たくないの!? 僕たちよりも仕事が大事なの!?」
「違う、お前達の事は大好きだよ」
お父さんの言葉が信じられなかった。大好きだと言ってくれるなら、もっと時間を作ってほしい。
「じゃあ、なんで仕事ばっかりなの!?」
「家にはお金が必要だからだ! お金が無いから働かなくちゃいけないんだ! 分かってくれ!」
――突然の大きな声が、耳の中で反響した。驚いて体が固まってしまう。
それから数秒経って、やっと声が作り出せた。
「……ご、ごめんなさい」
「……いや、父さんもごめん。今日は寝よう。お休みヘンリー」
「……おやすみ、お父さん……」
恐る恐る見た背中は、何も変わらなかった。語らなかった。
――それから数時間、僕は眠れなかった。驚いて目が覚めてしまったのだろう。どうしたら、お父さんが僕たちと居てくれるか考えた。
どうしたら、僕たちをもっと見てくれるか考えた。
答えは簡単だった。
〝もっと、この家にお金があれば良い〟
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる