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第十四話:お父さんが愛していたのは

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「ヘンリーごめんな。大分と無理をさせていたみたいで」
 だが、向けられた言葉は想像以上の温もりを含んでいた。ギャップに、数秒あ然としてしまう。
「昨日のエマとの話を聞いてしまったんだ。父さん、何も知らずにいて本当に情けないよ」
 状況が分かっても、返す言葉が見つからなかった。何を思えばいいかすら分からなかった。
 これがもう少し前なら――盗みを働く前なら、純粋に何か感じられたのかもしれないが。
「え、えっと、いや」
「父さんが仕事を減らせるように、頑張ってくれてたんだろ?」
「……えっと、うん……」
「やっぱりか……」
 お父さんは、心の底から悔やんでいる、そんな顔をした。その表情は、愛情が作り出したものだと容易に分かった。
「本当にごめんな。ヘンリーがそこまで深く考えて、行動まで起こしてるとは思わなかったんだ」
 涙が込み上げた。辛さと後悔と喜びと嬉しさ、加えて先の不安が混ざりあった感情を連れている。
 一粒零せば、もう止められないだろう。
「……ううん、分かってくれたならそれで良いんだ!」
 わざと笑みを飾った。感情全てを塗り潰すように、化身を着飾った。とは言え、言葉自体は嘘ではない。
「父さん、仕事を減らせるように上の人に頼んでみるよ。二人と一緒にいられる時間を作ってみる。だから、ヘンリーはもう稼ごうなんて思わなくていい」
 一気に告げられた二つの言葉に、嗚咽が漏れそうになった。だが、これも何とか耐え切る。
「……うん! 分かったよ!」
「じゃあ、行ってくるな」
「はーい! 行ってらっしゃい、お父さん」
 大きく手を振り、お父さんの背中を見送った。変わらないはずの背中が、より一層愛しく思えた。
 扉が完全に閉まった瞬間、崩れ落ちて泣いた。

***

 腫れた目を見られては困ると、エマを起こさずに家を出た。朝食はセットにして置いて来た。
 洗濯場の仲間には腫れを指摘されたが、ゴミが入っただけだと言っておいた。
 おじ様は、何も聞かなかった。

 おじ様との行為にも随分慣れたものだ。そう思っていたのに、どうしてか今日は不快だった。まるで、初めての時のようだ。
 折角慣れたと思ったのに、蘇ってしまったのだ。
 理由は明白だ。昨日のお父さんの言葉が、きっとこの感情を引き出した。殺していた気持ちを蘇らせた。 
 仕事を辞めてもらう、との目標まではまだまだだ。しかし、少しでも進展する可能性を感じた瞬間、そこまで高い目標に執着する理由を忘れてしまった。
 一緒にいられる時間が、少しでも増えればそれで幸福だ。そう思い始めてしまった。
 それに、お父さんに直接〝稼がなくてもいい〟と言われては、甘えたくなるに決まっている。止めてしまいたくなるに決まっている。
「ヘンリー、今日はやけに上の空だな」
 声をかけられ、意識を移動した。何時も通り、言う事を聞くだけの人形を演じる。
「あ、まぁ、ちょっとね。気にしないでよ」
「はは、女の子の事でも考えていたかな?」
「ははは」
 まるで、おじ様の中には殺人をしたあの日が無いようだった。殺し屋というからには日常茶飯事なのだろうが、それでも信じられない。
 どうして、こんな人に関わってしまったんだろう。そもそも、どうして体を売るなんて承諾してしまったんだろう。盗みなんてしてはいけないことに首を突っ込んで、こんな裏社会にまで入り込んで。
 今思えば、あの日の僕は馬鹿すぎた。
 けれど、もう自分の意思では終わらせられない。けれど、誰の手も借りられない。
 傲慢になって、一気にたくさんのお金を稼ごうなんて、考えなければ良かった。
 そうしなければ、きっと今頃僕は笑ってたね。

***

 それから、また数日が経過した。その間、お父さんとは顔を合わせていない。物を考えれば考えるほど、合わせ辛くなって寝た振りをしてしまうのだ。
 お父さんは、屈み込んで僕の様子を見たり、眠るエマに御免と言い残したりと、罪悪感を感じさせる行動を何度か見せた。全ては僕の所為だと分かった。
 心が痛かった。泣きそうだった。
 始めから、真剣な気持ちを伝えていれば良かった。お金を稼ぐことも、相談してやっていれば良かった。
 その二つがあれば、ちゃんと受け容れてくれていたのではないかと考えてしまうのだ。
 後悔が数え切れないほど出て来た。それなのに、尽きそうもなかった。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
 エマの声にハッとなる。就寝準備中でありながら、すっかり手が止まってしまっていた。しかも、エマが目前に来ていることすら気付かなかった。
「えっ、大丈夫だよ!」
 無理やりすぎるかと焦りつつ、笑ってみせた。だが、騙せなかったのかエマは悲しそうなままだった。
「……お仕事まだ無理してるの?」
「まぁ、約束しちゃってたからね。だから直ぐには止められなくてさー! でも、その内に無くなるから大丈夫だよ!」
 それでも弱さを見せたくなくて、強がる。
「でも、最近のお兄ちゃん――」
 最中で、扉の開く音が聞こえた。覚えのない時間帯である所為で、エマとの間に緊張が走る。
「ヘンリー、エマ、ただいま!」
 ――だが、現れたのはお父さんだった。
「えっ? お父さん!? なんで!?」
 エマは、きっと僕より驚いているのだろう。あわあわと動揺しながら、その場で立ち尽くしている。
「二人とも聞いてくれ。お父さん、少しだけ仕事を減らせる事になったんだ!」
 酷く輝かしい笑顔が、心に直接降り注いだ。溜まったもやの隙間を抜け、浸透していく。
「えっ! 本当なの!? やったー! ……ってお兄ちゃん?」
 気付けば、僕は泣いていた。

***

 嬉しかった。同じだけ後悔も膨らんだが、やはり嬉しかった。その為に頑張っていたのだから当然だろう。
 エマの純粋な喜びも、お父さんの清々しい顔も、全てが求めていたものだったのだから。
 願いは叶った。完璧にとまで行かなくとも、叶った。もう、これ以上は求めない。
 どうにかして、話をつけよう。真摯な態度で話をして、どうにか止めさせてもらおう。
 そうして次は、相談した上で真っ当な仕事を得て、お父さんを支えていこう。
 そうして、二人の笑顔を守っていこう。
 泣いてしまった僕に、優しく寄り添ってくれた大切な人の為、蹴りをつけよう。

***

「じゃあ、行ってくるからな。ヘンリー、エマを頼むぞ」
「うん、行ってらっしゃい」
 汚れの取れていないシャツと、色の変わったジーンズ。変わらないはずの一場面が、やけに愛おしい。
 過去ではなく、未来を見たからかもしれない。歩き出す事を決めたからかもしれない。
 決意した瞬間から、緊張の糸が張り詰めているが。
「エマ、朝だよー。起きられそう?」
 声をかけると、エマは目を閉じたまま答えた。
「……おはようお兄ちゃん……昨日はしゃぎすぎちゃったからかしら、まだ眠たいの……」
 昨日の喜びようを思い出し、少しだけ口元が緩む。気を緩ませると震えだしそうな手を握った。
「じゃあ、朝ご飯準備して行くから、まだ寝てな」
「……そうするわ、お仕事頑張ってね」
「うん、がんばるよ」
 本当に疲れていたのか、エマは早々と眠ってしまった。その寝顔は、本当に幸せそうだった。
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