僕をお金にして下さい!

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第十五話:たくさんのお金と引き換えに

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 何度も何度も、文章を頭で繰り返した。その所為で、途中何度か躓きそうになった。もしかすると、緊張も原因に含まれていたかもしれない。
 しかし、歩き慣れた道となっていた為、迷う事はなく屋敷に辿り着いた。
 裏口に回り、部屋にも向かう。今はもうメイドの道案内すら必要ない。来る時も帰る時も、一人ぼっちだ。
 部屋の扉を開けると、既に裸でシーツを被るおじ様がいた。準備万端といった御様子だ。
「やぁ、ヘンリー待ってたよ」
「……おじ様、おはようございます……」
 緊張で冷や汗が溢れた。何度も繰り返した文章が、一瞬で飛びそうになる。
 一歩一歩距離を詰めながら、決意したタイミングも手繰り寄せてゆく。
 ベッドの脇に、立った瞬間スタートだ。
「あの、実は今日は、僕、話したい事があって……」
 辿り着き、声を詰まらせながら口火を切った。意外にも、おじ様は温和な顔のままだ。
「どうした? それは今じゃないと駄目な事か?」
「そうです、今じゃなきゃ駄目で、できれば今日じゃなきゃ駄目で……」
 想定外の返しにより、早速シュミレーションが破綻した。言うはずだった言葉が違えてしまったのだ。
 計画や流れ自体は大幅に変わっていないものの、一つが変わった事で動揺してしまう。
「もしかして、この間の事か?」
「え、えっと……この間の、事もなんですが……」
 一番の目的は、おじ様と縁を切ることだ。しかし、縁を切ったからと行って、暴露されては意味がない。
 ゆえに、成すべき事は二つ。口止めと承諾が必要になってくる。
「もしや気に病んでいるのかい? あいつは悪いやつだった、それだけだと言っただろう」
「…………違うんです、あの」
 頭が真っ白になった。緻密な策が必要となる状況下で、プランBを用意しているはずもなく、早速行き詰ってしまった。
「何だ? まどろっこしいのはあまり好きではないな」
 更には、おじ様の声色も変化してしまった。
 ここで怒らせてしまえば、本題に入る前に道が閉ざされてしまう。
 言わなければ、進まない。進まないのだ。
「僕、この仕事を辞めたいです!」
 勢いで、捻りのない台詞を吐いてしまった。ただでさえ早い鼓動が加速し、息遣いにまで影響を掛ける。
「……なんだって?」
 おじ様の表情が一気に歪んだ。背筋がピンと張り、その場で動けなくなる。
「それは、何を言っているか分かっているのかな?」
「わ、分かってます! 僕、家族と過ごしたいんです! もうお金は要らないって分かったから、辞めて家族と過ごしたいんです!」
「ほほう……?」
 おじ様は、眉を厳つく顰めた。そして、何かを思ったのだろう、ゆっくりと手を伸ばしてくる。
 後退りも出来なかった。怖くて、展開が読めなくて、ただ目を瞑り立ち尽くすことしか――。
「……えっ?」
 視界が暗くなって刹那、聞こえたのは銃声だった。そうして開けた目線の先、見えたのは衝撃的なものだった。
 おじ様が、額から血を噴射していた。それも、両目を見開いたままで。
 そうして、僕に向かって倒れこんでくる。
 だが、方向は逸れ、直ぐ横に落ちていった。
 思わず屈み込み、嘔吐する。
「おー、本当だ。情報通り! こいつがそうだって?」
「本当に子どもじゃないか」
 背後からの声に、条件反射で振り向いた。すると、そこには黒スーツの男が二人いた。部屋に入って来て、近付いてくる。
 胸がざわついた。頭だけでなく体までもが、男達は危険だと知らせてくる。
 だが、本能に従う前に体を取り押さえられてしまった。
「お前さ、金稼ぐ為なら何だってやるらしいじゃん」
「ち、違います……! お、お金はもう……!」
 突然の問題に、頭が働かない。そもそも、今どんな問題に直面しているかすら理解出来ない。
「あっれー、聞いてた話と全然違ぇじゃん。まぁいいや、連れてけ」
 体を持ち上げられ、必死に抵抗した。だが、男達には通用せず、そのままどこかへ連行される。
 そうして何一つ出来ないまま屋敷から連れ出され、黒い車に乗せられてしまった。
 男達の間に挟まれ、ただ大人しく座った。手足を拘束され、口まで塞がれた。
 車は、景色も見せないままどこかへと動き出す。
 無力感の中、先ほど焼きついた記憶が強く映し出された。おじ様が目を開きながら死んだ姿だ。その瞬間が、流れが、脳内で何度も流れた。見たくなくとも流れた。
 殺される。そう本能で感じ取った。
「うわ、泣いてやがる。お前さ、殺しもしたんだろ? なんでそんな奴が泣くわけ?」
 言い訳が浮かんだが、口が塞がれている状態では物を言えなかった。
 あれは自分からした訳では無いと、脅されてやったに過ぎないと、訴えたい気持ちだけが膨らむ。
「金の為に殺したらしいじゃん。あれさ、俺達の仲間なんだよねー」
 急速に大きくなってゆく気持ちに、心が押し潰されそうだった。緊張と恐怖で、心臓も潰れそうだった。
「…………うぅ……」
 もう、家には帰れないと悟った。

***

 溢れ出す後悔と恐怖に苛まれていると、車が急停止した。男の一人が、何の合図も遣り取りもなく僕を連れ出す。まるで大荷物でも運ぶように、肩に乗せられた。
 逃げ出したい気持ちを、体勢と状態が阻む。ただただ、知らない土地を眺める事しか出来なかった。
「これでちょっとは金が稼げるだろうよ」
 突如、振り落とすように下ろされ、地面に尻餅をついた。湧いた砂埃が目に入り、痛みを生み出す。
「こらこら、そんな雑に扱うんじゃない。変な傷でも付いたらどうする」
 新たな男の声が聞こえ、肩が竦んだ。恐れの内に振り向くと、そこには人だかりがあった。ぼやけていてよく見えないが、一人だけ頭が突き出ているのは分かった。
「……っ!」
 突然、頭頂部の髪を鷲掴みにされ、持ち上げられる。そのまま立たせられ、そこで他の人間の背が同じくらいだと知った。
 所謂、皆が子どもなのだ。
「あっちが最後尾だ。並べ、乱すんじゃねぇぞ」
 涙で砂が排出される。段々鮮明になってゆく世界を前に、ようやく現実を理解した。
 見えてきた顔は、皆絶望を映していた。
 規則正しく並ぶのは、僕と同じかそれより下の少年少女。手には手錠が掛けられて、皆同じような服を着せられている。そうして、首からは値札を下げている――。

 男の正体は人売りだった。
 売られてしまったのだ。商品として人間を売る人売りに。過酷な労働をさせる道具として、命を売る人売りに。
 嗚呼、僕はこれから、家にも帰れず人にもなれず生きていくんだ――。

***

 お金なんて、求めなければ良かった。
 お金を欲しがらなければ、せめて途中で止めていれば良かった。もっともっとと、行き過ぎなければ良かった。
 僕が帰らなかったら、お父さんやエマは悲しむだろう。
そんな顔をさせたくはない。家族と離れたくない。
 お願いだから、時間を止めてよ。叶うなら、最初まで巻き戻してよ。
 そうしたら、次はもっと上手くやるから。ちゃんとお父さんと話すから。エマにも話すから。危険な事はしないと約束するから。
 お願いだから、家族と居させてよ。怖い場所に行くのは嫌だよ。我儘も言わないよ。悪い事もしないよ。隠し事も絶対しないよ。
 だから。もう、お金なんて要らないから――。

 目の前は、暗かった。狭い貨物室に詰められて、僕は知らない土地へと運ばれてゆく。
 家族との時間を過ごせないまま。手にしていた、たくさんの幸福も置き去りにして。
 別れの言葉すら、言えないままで。
 たくさんのお金と、引き換えに。
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