僕らのカノンは響かない

有箱

文字の大きさ
1 / 10

旧校舎の歌声(1)

しおりを挟む
 誰にも聞こえない歌から、私の変化ははじまった。



 旧校舎に忘れ物なんて、うっかりしていた。それも、大切なものを置き去りにするなんて。私らしくない。
 これはきっと、合唱コンクールの練習が始まったせいだ。終了までの二ヶ月を思うと、酷く憂鬱になる。

 各教室から、様々な合唱曲が響いている。それらは遠ざかっても尚、心を刺し続けた。放課後練習中の生徒たちは、私が一人旧校舎にいるなんて思ってもいないだろう。

 旧校舎は備品倉庫だ。嘗て小中一貫校だった名残で、スペースだけはやたらとある。訪れるとなれば、必要物が生じた時のみだ。
 事実私だって、高校進学から一年弱経つが近付いたことすらなかった。午後授業直前、備品を頼まれて取りに来るまでは。

 やっぱり、その時に忘れたらしい。三階の大部屋に入って早々、棚の一角に見つけた。
 ワイン色のシステム手帳が、待ち草臥れた様子で佇んでいる。年季が入り、所々塗装の剥がれもあるが大事な手帳だ。

 赤子を抱きあげるよう、優しく手に取る。安堵に満たされながら踵を返した。

 この手帳は、私の“声”だ。話せない私に代わり意思を伝えてくれる。交換可能な中身は、今年で十冊目に達してしまった。

 廊下を進んでいると、歌が耳に戻ってきた。新旧の校舎には距離があり、気に留めなければ聞こえないほど小さい。
 けれど、心は旋律を嫌がった。もはや条件反射的に、悲しみが流れ込んでくる。

『お前の声と歌い方って気持ち悪いよな!』

 何度も聞いた幼い声が、勝手に脳で再生されはじめた。否、実際耳にしたのは二、三度ほどだったか。事実が曖昧になるほどには聞き飽きている。それでも生傷は生まれるのだが。

 まずは大好きな歌が歌えなくなった。次第に話すことも出来なくなった。

 ただ、今も歌は嫌いではない。正しく表現するなら嫌えなかった。歌えるものなら歌いたいと、何度喉を絞っただろう。

 無人を味方に、口を開け合唱に参加してみる。だが、当然発声はされず、心の毛羽立ちが大きくなっただけに終わった。
 涙が滲みだす。瞳に溜まって落ちないよう、ぎゅっと目を瞑った。

 直後だった。微かな旋律に少女の熱唱が被さる。付近からの大声に、思わず肩が竦んだ。
 視線が自然と声へ向く。声はすぐ右の教室から響いており、プレートには音楽室の文字があった。

 あ、この曲知ってる。気付いた瞬間、脳が勝手にメロディの先読みを始める。輪唱曲――同じ旋律を、少しずらして追いかけるよう歌っていく曲――として覚えたせいで、自然と音を追ってしまった。

 素直に言って、歌唱力は高くない。しかし、それ以上の魅力が歌には宿っていた。死角にあるはずの笑顔が見える、そんな楽しさが旋律のうえ弾んでいた。

 切望した自由を前に拒絶が走る。嫉妬と息苦しさに圧迫されながら、一気に旧校舎を抜けた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

先輩から恋人のふりをして欲しいと頼まれた件 ~明らかにふりではないけど毎日が最高に楽しい~

桜井正宗
青春
“恋人のふり”をして欲しい。 高校二年の愁(しゅう)は、先輩の『柚』からそう頼まれた。 見知らずの後輩である自分になぜと思った。 でも、ふりならいいかと快諾する。 すると、明らかに恋人のような毎日が始まっていった。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

【完結】幼馴染に裏切られたので協力者を得て復讐(イチャイチャ)しています。

猫都299
青春
坂上明には小学校から高校二年になった現在まで密かに片想いしていた人がいる。幼馴染の岸谷聡だ。親友の内巻晴菜とはそんな事も話せるくらい仲がよかった。そう思っていた。 ある日知った聡と晴菜の関係。 これは明が過去に募らせてしまった愚かなる純愛へ一矢報いる為、協力者と裏切り返す復讐(イチャイチャ)の物語である。 ※2024年8月10日に完結しました! 応援ありがとうございました!(2024.8.10追記) ※小説家になろう、カクヨム、Nolaノベルにも投稿しています。 ※主人公は常識的によくない事をしようとしていますので気になる方は読まずにブラウザバックをお願い致します。 ※「キスの練習相手は〜」「幼馴染に裏切られたので〜」「ダブルラヴァーズ〜」「やり直しの人生では〜」等は同じ地方都市が舞台です。関連した人物も、たまに登場します。(2024.12.2追記) ※番外編追加中・更新は不定期です。(2025.1.30追記)←番外編も完結しました!(2025.9.11追記) ※【修正版】をベリーズカフェに投稿しています。Nolaノベルでは全話限定公開・修正中です。(2025.10.29追記)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話

家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。 高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。 全く勝ち目がないこの恋。 潔く諦めることにした。

処理中です...