この悪い夢の終わりには

有箱

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今年もまたこの季節が

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 叫ぶ。ただ叫ぶ。蝉の声が響く、熱気籠った建物の中で。汗か水か分からなくなるほどに全身を濡らして。
 脳に恐怖だけが焼き付いている。それ以外はほとんど何も考えられず、半ば本能的に叫び続けた。
 
「助けて! 兄さんを助けて!」
 
 二人の楽園だったプールの中、兄が静かに沈んでいく。



 ハッと飛び起きると、汗が全身を纏っていた。額からも雫が伝う。扇風機をかけていたつもりが、タイマー設定を間違えていたらしい。

 止まった空気が、脳の活動を抑制した。抗えない罪悪感だけが、胸を強く圧迫する。
 
 夏は嫌いだ。クーラーの風は苦手だし、何より辛い過去を鮮明に思い出してしまう。
 いや、これは過去の話ではない。あの出来事は、今も続く悪夢の幕開けに過ぎなかった。

「おはよう夏希。今日もどこか行くの? もう夏休みよね?」

 シャワーを済ませ、リビングに立ち寄る。笑顔で問う母の奥、兄が食事しているのが見えた。チラリと僕を一瞥し、直ぐに反らしてしまう。途端に苦しさが身を包んだ。

「……大学。明人と勉強するんだ。帰りも遅くなる」
「そう、気を付けて行ってきてね」

 逃げるように菓子パンを持ち飛び出す。母親は不安げに、だが引き留める様子もなく僕を見送った。
 
 朝だと言うのに、日差しが真上から降り注いでいる。汗を流す行為も空しく、再び不快感が身を纏い出した。地獄の業火に焼かれるかのように、力が奪われていく。
 糖分補給で回復を試みたが、適当に取ったパンは甘ったるく、二口目で止めてしまった。

 そうこうしている内に大学院についた。集合場所である図書室に入ると、明人は既に来ていた。

「夏希、遅いぞ。心配した」
「ごめん」

 倒れ込むよう椅子に腰掛ける。自主学習を推奨する大学ゆえ、室内はクーラーが効いていた。敢えて、風を避けた席を定位置にしているが、それでも汗は一気に冷やされる。

「ふらふらしてる。大丈夫かよ。まぁいつもだけど」
「大丈夫だよ」
「それより春樹さんとどうなんだ、仲直りしたか?」
「……変わらず」

 明人は幼なじみで、兄とも仲が良かった。そして、あの一件を知る数少ない人間でもある。更には、こうして会う度に気にかけてくれる唯一の人でもあった。
 それが却って重荷になっているとは言えないが。

「まだ自分責めてんのかよ。大人達もあれは事故だって言ってたろ。だから夏希が気に病むことないんだ」
「分かってる。でも駄目なんだ。やっぱり兄さんがああなったのは僕のせいだから」
「お前が立ち直らなくてどうするんだよ……」

 似た会話を繰り返しているからか、明人は諦めぎみに話を括る。そうして一足早く学習を始めた。
 僕も開始する振りをして、やっと冴え始めた頭に出来事を巡らせていた。
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