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「この間面会禁止になってたから号泣して帰ったよ」
「嘘だー」
腰掛けながら軽快に笑いかける。大袈裟なジョークが効いたのか、杏も小さく笑った。
発表から半年、杏は更に細く弱くなった。余命を半分使いきったことが、僕の心を容赦なく乱した。
「元気そうで良かった」
面会禁止の札に追い返されると、再会するまで鉛を背負って過ごすことになる。
杏の病は、発見の時点で完治の見込みはないと判断された。よって苦痛を緩和するだけのケアが施されている。
そう、杏は死ぬのだ。確実に。これが映画の中でもない限り奇跡は起こらない。そんな絶望的な状況だからこそ、必死に石を投じたくなった。
「今日は結構調子いいよ。今も続きを書こうと思ってたところ」
「それはいいね!」
自然とノートを取る。上体を起こす杏の前、筆箱とセットで置いた。
細い指で開かれるノートに、一瞬で視線が奪われる。表紙の汚れ具合に反し、前半四割ほどのページで書き込みは止まっていた。ただ、黒いページには、努力や苦悩が刻まれていた。二重線、消し跡、追加の書き込み等、一面が賑わしい。
「……中々進まなくて。頑張ってはいるんだけど」
固定していた眼球を動かすと、杏は苦めに笑っていた。ネガティブを殺そうとしているのが見える。だが、あえて気付かない振りをした。事実だけ穏やかに並べ、空気を丸く保つ。
「考えるって大変な作業だもんね。でも着実に進んではいるでしょ。楽しみで仕方ないよ」
返事の代わりは筆記だった。ペンが動き、物語を紡ぎだす。と思いきや、二行目に差し掛かったところで止まった。瞼を俯かせたまま、声だけが落ちる。
「最高傑作が出来たら、映画にしてくれるんでしょ」
台詞と合致しない寂しげな声色に、ある懸念が蘇った。実力で勝ち取りたいと望んでいたなら、正規の道を踏まない映画化は複雑だろう。思案の末の決定だったが、気掛かりではあった。
「嫌だった?」
「ううん。私見られるかなって思って……」
だが、ただの考えすぎだったらしい。受け入れた上での弱音が、死期の自覚を悟らせた。完成までこの身はもちません――暗に告げられ噛みつきたくなってしまう。無論、冷静は保ったが。
「見られるよ、必ず。て言うか見て」
言葉を受け、杏の口角が上がった――ように見えた。角度上、はっきりとした表情は掴めない。
ノートの上を、ペン先が走り出す。肯定か否定か分からなかったが、曖昧さに救われた。
「嘘だー」
腰掛けながら軽快に笑いかける。大袈裟なジョークが効いたのか、杏も小さく笑った。
発表から半年、杏は更に細く弱くなった。余命を半分使いきったことが、僕の心を容赦なく乱した。
「元気そうで良かった」
面会禁止の札に追い返されると、再会するまで鉛を背負って過ごすことになる。
杏の病は、発見の時点で完治の見込みはないと判断された。よって苦痛を緩和するだけのケアが施されている。
そう、杏は死ぬのだ。確実に。これが映画の中でもない限り奇跡は起こらない。そんな絶望的な状況だからこそ、必死に石を投じたくなった。
「今日は結構調子いいよ。今も続きを書こうと思ってたところ」
「それはいいね!」
自然とノートを取る。上体を起こす杏の前、筆箱とセットで置いた。
細い指で開かれるノートに、一瞬で視線が奪われる。表紙の汚れ具合に反し、前半四割ほどのページで書き込みは止まっていた。ただ、黒いページには、努力や苦悩が刻まれていた。二重線、消し跡、追加の書き込み等、一面が賑わしい。
「……中々進まなくて。頑張ってはいるんだけど」
固定していた眼球を動かすと、杏は苦めに笑っていた。ネガティブを殺そうとしているのが見える。だが、あえて気付かない振りをした。事実だけ穏やかに並べ、空気を丸く保つ。
「考えるって大変な作業だもんね。でも着実に進んではいるでしょ。楽しみで仕方ないよ」
返事の代わりは筆記だった。ペンが動き、物語を紡ぎだす。と思いきや、二行目に差し掛かったところで止まった。瞼を俯かせたまま、声だけが落ちる。
「最高傑作が出来たら、映画にしてくれるんでしょ」
台詞と合致しない寂しげな声色に、ある懸念が蘇った。実力で勝ち取りたいと望んでいたなら、正規の道を踏まない映画化は複雑だろう。思案の末の決定だったが、気掛かりではあった。
「嫌だった?」
「ううん。私見られるかなって思って……」
だが、ただの考えすぎだったらしい。受け入れた上での弱音が、死期の自覚を悟らせた。完成までこの身はもちません――暗に告げられ噛みつきたくなってしまう。無論、冷静は保ったが。
「見られるよ、必ず。て言うか見て」
言葉を受け、杏の口角が上がった――ように見えた。角度上、はっきりとした表情は掴めない。
ノートの上を、ペン先が走り出す。肯定か否定か分からなかったが、曖昧さに救われた。
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