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今日も、日当たりのいい街を一匹歩く。立派な煉瓦作りの建物に、どこからか漂うパンの香り。にゃんと鳴けば現れる美味しい食べもの。幸せに包まれながら歩いていると、角を曲がったところで何かにぶつかった。
僕より少し大きい筒が、ぐらぐらと揺れ倒れかけている。驚いて逃げようとしたが、間に合わなかった。飛び出してきた真っ黒な水が僕にかかる。しかも驚いて逃げようとしたせいで、つるりと足を滑らせてしまった。
一体何が起こったのだろう。鼻をもぐような臭いで全身がコーティングされている。とにかく臭いをどうにかしたくて、本能的に水飲み場へと足が向いた。
水飲み場は、雨が降ると色々な場所にできては消えていく。近いところから回ったが、水は中々見つからなかった。
とある細い一本道を進み、日の差さない世界に入る。
この街には二つのエリアがあり、道を境に反転したような土地があった。暗くてじめじめしたところだ。今は分からないが悪臭だってすごい。このエリアは、近付くだけで漂う臭いを持っていた。
建物もボロボロだし、見かける人もボロボロ。怖い目の人が多いせいで、あまり好きな土地ではない。しかし、今は場所を選んでいる場合ではなかった。
最後の水飲み場は、ちゃんと生きていた。一直線に突入し、浅い水をまとうよう転げ回る。転がった後の水は少し濁った。
しばらく転げて、やっと臭いを薄くする。仕上げに毛繕いを――と毛を見た瞬間、驚いた。真っ白だった毛は、信じられないほど黒くなっていた。
*
友達の言っていたことが今なら分かる。体が黒くなってから、人間たちは僕を冷たい目で見るようになった。
それだけじゃない。鳴いても追い返されたり、荒い声を投げ付けられたりした。人間は恐ろしい――インプットは一瞬だった。
お腹を空かせて夕暮れの街を歩く。綺麗だったはずの夕焼けが、酷く恐ろしく見えた。もう一つの街が近いせいか、酷い臭いが漂っている。
「あ、黒猫!」
「きったねー」
「こんなところで何してんだよ!」
目の前を、子供三人が塞いだ。僕の知る顔とは違う、歪んだ笑みが近付いてくる。逃げようとした瞬間、逃亡を許さない痛みがぶつかってきた。蹴り跳ばされたらしく、悲しい声が出る。
初めての攻撃で、恐怖に体が乗っ取られた。足を動かそうとしたが、強い痛みで動いてくれなかった。
「何やってんの?」
低く生気のない声が轟く。次の瞬間、顔をあげた子供が騒ぎだした。
「うわっ。ゾンネだ、逃げろー!」
それから一目散に逃げていった。続いて逃げようと、再び体に命令する。子供の反応や男の声色は、血塗られた未来を想像させた。だが。
「大丈夫か? 動けないのか?」
落ちてきた音は柔らかかった。ゆっくりと顔をあげる。ボロボロの靴、擦り切れたズボン、汚れきった服、無造作に首元まで伸びた髪――。
「おいで。動けるようになるまで、俺が世話しよう」
その上には、日溜まりと同じくらい温かな顔があった。
僕より少し大きい筒が、ぐらぐらと揺れ倒れかけている。驚いて逃げようとしたが、間に合わなかった。飛び出してきた真っ黒な水が僕にかかる。しかも驚いて逃げようとしたせいで、つるりと足を滑らせてしまった。
一体何が起こったのだろう。鼻をもぐような臭いで全身がコーティングされている。とにかく臭いをどうにかしたくて、本能的に水飲み場へと足が向いた。
水飲み場は、雨が降ると色々な場所にできては消えていく。近いところから回ったが、水は中々見つからなかった。
とある細い一本道を進み、日の差さない世界に入る。
この街には二つのエリアがあり、道を境に反転したような土地があった。暗くてじめじめしたところだ。今は分からないが悪臭だってすごい。このエリアは、近付くだけで漂う臭いを持っていた。
建物もボロボロだし、見かける人もボロボロ。怖い目の人が多いせいで、あまり好きな土地ではない。しかし、今は場所を選んでいる場合ではなかった。
最後の水飲み場は、ちゃんと生きていた。一直線に突入し、浅い水をまとうよう転げ回る。転がった後の水は少し濁った。
しばらく転げて、やっと臭いを薄くする。仕上げに毛繕いを――と毛を見た瞬間、驚いた。真っ白だった毛は、信じられないほど黒くなっていた。
*
友達の言っていたことが今なら分かる。体が黒くなってから、人間たちは僕を冷たい目で見るようになった。
それだけじゃない。鳴いても追い返されたり、荒い声を投げ付けられたりした。人間は恐ろしい――インプットは一瞬だった。
お腹を空かせて夕暮れの街を歩く。綺麗だったはずの夕焼けが、酷く恐ろしく見えた。もう一つの街が近いせいか、酷い臭いが漂っている。
「あ、黒猫!」
「きったねー」
「こんなところで何してんだよ!」
目の前を、子供三人が塞いだ。僕の知る顔とは違う、歪んだ笑みが近付いてくる。逃げようとした瞬間、逃亡を許さない痛みがぶつかってきた。蹴り跳ばされたらしく、悲しい声が出る。
初めての攻撃で、恐怖に体が乗っ取られた。足を動かそうとしたが、強い痛みで動いてくれなかった。
「何やってんの?」
低く生気のない声が轟く。次の瞬間、顔をあげた子供が騒ぎだした。
「うわっ。ゾンネだ、逃げろー!」
それから一目散に逃げていった。続いて逃げようと、再び体に命令する。子供の反応や男の声色は、血塗られた未来を想像させた。だが。
「大丈夫か? 動けないのか?」
落ちてきた音は柔らかかった。ゆっくりと顔をあげる。ボロボロの靴、擦り切れたズボン、汚れきった服、無造作に首元まで伸びた髪――。
「おいで。動けるようになるまで、俺が世話しよう」
その上には、日溜まりと同じくらい温かな顔があった。
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