とある少女の物語

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 だが、それは馬車によって引き起こされたものではなかった。

「ロン?」

 打ち付けられた体を起こす。吸い寄せられた視線の先、いたのはロンだった。血だらけで倒れている。
 周囲の人々が一斉に反応し、辺りはたちまち騒ぎになった。

「ロン!」

 駆け寄る。呼び掛けに対し、ロンは力なく目を開けた。だが、傷の度合いから助からないことを悟る。現代の医療技術では、猶予はあれど確実に息耐えてしまうだろう。
 一気に突きつけられた現実に、思考が絡まった。

「なんで助けたの。なんで言ってくれなかったの。お兄ちゃんなんでしょ。なんで探す手伝いなんかしたの。最初から言ってくれればこんなことにはならなかったのに……」

 必要ない言葉ばかりが口頭に上る。ロンは全てを包み込むように、ただ柔らかく笑った。

「なってたよ。だから言わなかったんだ……言うつもりもなかった……でもとっさに名前を呼んでしまった……後ろ姿、似過ぎだよ……」

 予め返事を用意していたのか、ロンは否定しなかった。切れ切れの息を繋ぎ、遺すように声を紡いで行く。

「覚えてないだろうけど、何百年も前から僕らは結ばれない呪いに掛かっているんだ。アロにはそんな恋知らないでいてほしかった……それに、告げなければ解けるかもしれないとも思ったんだ……ねぇ、もし来世も覚えていたら、今度は僕を探さないで」

 相槌を挟む暇さえ与えず、ロンは言い切る。
 最後の一言が、切実な願いであることは十分に伝わった。アロにはない長さの記憶を背負い、ロンが訴えていることも。
 だが、それでも溢れる気持ちに嘘はつけなかった。

「……出来ないよ」
「君の為に言っているんだよ」

 君との呼称が、過去や未来まで含めていることを教える。だが、その上で首を横に降った。

「私の為なら探させてよ」
「……報われないのに苦しいだけだよ」

 この台詞も今までの忠告も、全てロン自身の心を映していたのかもしれない。それなら尚更だ。

「違う。報われる為に探すんだよ。大丈夫、私が呪いなんてもの吹き飛ばしてあげるから。だから、ね」

 何度繰り返すとしても。心が穴だらけになろうとも。
 微笑みかけると、ロンの頬に涙が伝った。隠していた愛が、全て詰まったような涙だ。

「……じゃあ、次会えたら、すぐに僕だって 言ってしまうよ?」
「うん、私も早く会えるよう探し続けるから……だからロンも会いに来てね」
「うん……」
 
 それから数時間後、ロンは死んでしまった。直後、青年に会い詳しい話を聞いた。
 どうやら青年は、リゼットが助けた子どもだったらしい。本当に感謝していると、青年は頭を下げた。

 それからは何代にも渡り、二人は互いを探し続けた。何度引き裂かれようと、その度に再会を誓って。
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