造花の開く頃に

有箱

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10月19日

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[10月19日、水曜日]
 一度気になり始めると、どうしても靄々としてしまう。
 とは言え、笑えと強要するのは以ての外で、事故について発言するのも勇気が居るし、躊躇いもある。
 やはり、成り行きに任せるべきだろうとの結論に達しては、無力さに失望感を募らせた。

「そうだ譲葉君、小説注文しようと思うんだけど、どういう種類の話がいい?」

 昨日、尋ねようと思いながらも聞けず仕舞いになり、脳の片隅に移動していた質問を繰り出す。
 譲葉は料理に視線を据え、箸で少量挟む。

「…態々大丈夫だ」
「…えっと、僕もネット通販で物買うから、ついでだよ」

 譲葉は手を止め少し間を開け、視線を伏せたまま小声で声を漏らした。

「……そうか…なら純文学作品が読みたい…、描写が綺麗な奴がいいな…」

 もっと遠慮されると思いきや、意外にも素直に答えてくれて、月裏はまた安堵した。
 忘れない内に、携帯のメモ機能を使い覚え書きする。

「純文学、ね、綺麗なやつ探してみるよ」
「……わざわざすまない」
「ううん、気にしないで、寧ろ欲しいものあれば言うんだよ」

 月裏も、次に口にする料理の選択の為、目を伏せる。互いに視線を逸らしたままで、けれどそれぞれ、感情のままの表情を浮かべていた。

 休憩時間、見計らい休憩室に移動した月裏は、早速携帯を手に検索をかけていた。
 普段ネット通販をする時使用しているサイトは、とにかく品数が豊富だ。
 その為¨純文学¨と検索をかけると、膨大な量の小説がヒットした。月裏は、予想以上の数に一瞬圧倒されそうになったが、譲葉の要望を叶える為、上からレビューに目を通す事にした。

 休憩時間は短く、結局は決まらずに終了した。いや、本当はもっと自由にしてもよいのだが、早く業務に戻らなければと心が急くのだ。
 月裏は時々、時計を横目に見、速めの終了時刻の訪れを願った。

 だが、叶う筈も無く、今日も結局11時を回ってしまった。駅へと駆け足する体に、夜風の冷たさが当たる。
 駅に着くと、用意されていたようなタイミングで電車がホームに止まった。目の前の扉から乗り込み、椅子の端に腰を下ろす。
 疲れから眠気に襲われながらも、何とか耐える。携帯を手に取ったが本選びの集中力はなく、直ぐに鞄に仕舞いこんだ。

 流れてゆく、闇に溶けた景色を見詰める。はっきりと見えなくとも、どんな建物があるかどんな色をしているか、分かる位に同じ景色を見続けてきた。
 これからも、死ぬまで延々と繰り返すのだろうか。
 そう考えた時、悪寒が走った。

 息苦しくなりかけた頃、見慣れた場所が目の前に過ぎった。
 いつも止まったままの、数少ない遊具がある場所。その場所に人を見たのは、あの時が初めてだった。
 譲葉と出会った日だ。

 目まぐるしい毎日に埋もれ、忘れかけていたが、共に暮らし始めて約一ヶ月が経過している。無理だと思っていたが、諦めず逃げ出さず、もう一ヶ月も共に過ごせたのだ。
 これは、褒めるべき事だ。
 きっとこれからも大丈夫。出来る、どうにかなる。絶望の割合ばかりが大半を占める日々を、この先も乗り越えてゆける。頑張れる。
 頑張る、頑張る。譲葉の為、頑張る。

 月裏は、再度出現した未来への不安に呑まれながらも、乗り越えたのは事実だと己を慰め、懸命に希望に変換しようとした。

 帰宅すると、昨日の発言を受け容れたのか、譲葉は玄関前に居なかった。自分が発言した事だが、灯りが無いのは無いで少し物寂しい。
 譲葉が来る前は、それも当たり前の光景だったのだが。
 まだ遠くは無いが、懐かしく感じる一人きりでいた日々を、思い出しながら廊下を辿った。
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