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10月18日
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[10月18日、火曜日]
久しぶりに、少し早めに家を出る。まだ譲葉がベッドに居る頃、起こさないよう忍び足で玄関を潜った。
早く出た理由は、スーパーへと行くためだ。その目的は一つ、小説の購入だ。
とは言え、雑誌コーナーに小説があるのかうろ覚えだった為、無駄足になるかもしれないが、とりあえず行ってみる事にした。
眠そうな見慣れた店員の横を通りすぎ、一直線に雑誌コーナーに向かう。
好きなものが分かれば、少しでも気持ちを満たせる可能性があるならば、直ぐにでも手に入れて渡したいと思った。
携帯のネット通販を利用する事もできたが、到着までの時間を考え、早い方の手段を優先した。もしここに無ければ、注文するつもりだ。
月裏は週間連載物の雑誌が大部分を占める中で、一冊で終わる小説を探した。
しかし、思っていたような、正式な小説本は置いていないらしい。
月裏はがっくりと肩を落とし、元来た道を戻ってスーパーを出た。
小さい事だとは分かるが、期待が裏切られると落ち込んでしまう。
月裏は無理矢理心を奮い立たせ、次なる試練へと足を向かわせた。
今日は何時もより終了時刻が長引いてしまい、自宅に辿り着く頃には、時計は11時30分を回っていた。
譲葉がまだ起きているかもしれないと、早足で家に向かう。
だが、近所迷惑にならないように、アパートに差し掛かった所で足音を抑えた。
階段を上がると想像通り、廊下の灯りが外から見えた。
扉の音も、鳴らないよう気をつけてゆっくりと引く。
「…ただい…」
廊下の壁に背を預け、座り込んだ譲葉が眠っている。月裏は思わず、声を飲み込んだ。
手元には、書きかけの花を表面に向けたまま、腿の上に乗るスケッチブックがある。器用に、色鉛筆は握られたままだ。
帰宅に気付かなかったらしく、静かな寝息を立て眠っている。2度目の寝姿だ。
月裏は玄関に立ったまま、靴も脱がずその姿を見詰める。無防備に眠る姿が、幼げだ。
カランと、色鉛筆が手の中から滑り落ちた。その音で、譲葉が目を覚ます。
姿が横目に見えたのか、素早く顔を上げた。
「ただいま、待っててくれてありがとう」
「……寝てしまっていた、すまない」
譲葉は、上げた目を伏せながら、転がった色鉛筆を拾う。廊下の反対側にまで転がった色鉛筆を拾うのに、僅かだが足を引き摺った。
月裏は視界に訴える動きに、気持ちの揺れを覚える。しかし、そのまま呑まれないように行動を始めた。
「ううん、眠かったら布団に行ってても良いんだよ。ここじゃ冷えちゃうし、こうやって遅くなっちゃう事もあるし…」
譲葉は壁に手を当てると、すっと立ち上がった。背を向けて、廊下を一歩ずつ歩いていく。
こうして見ていると、足の状態がよく分からなくなる。普段は壁伝いだが殆ど頼らず歩いているし、無くても前に進んでいるのは見た事があるし。
「でも、ありがとう。じゃあ、おやすみ。着替えたら行くから寝てて」
譲葉は一旦立ち止まり、僅かに振り返ると浅く頷いた。
「…分かった、お休み」
急に、事故の事を考えてしまった。
譲葉も巻き込み、後遺症を与え、両親の命も奪ったという大事故とは、どんなものだったのだろう。
譲葉自身、事故の記憶とはどう対峙しているのだろう。もう、克服できているのだろうか。
もしかしたらあの表情の薄さは、事故が原因となっているのだろうか。
一番初め祖母から届いた手紙に同封されていた、写真の譲葉にも表情は無かった。
譲葉は、どんな風に笑うのだろう。
月裏は、不図浮かんだ疑問に対し色々と想像してみたが、どの笑顔も、腑に落ちない物にしかならなかった。
一度で良いから、笑顔が見てみたいものだ。
しかしそれには、やはり信頼が必要で、そして原因かもしれない事故の記憶を、共に浄化する必要もありそうだ。
月裏は二つの項目を脳内に並べてみたが、無謀にしか思えず深く溜め息を零した。
久しぶりに、少し早めに家を出る。まだ譲葉がベッドに居る頃、起こさないよう忍び足で玄関を潜った。
早く出た理由は、スーパーへと行くためだ。その目的は一つ、小説の購入だ。
とは言え、雑誌コーナーに小説があるのかうろ覚えだった為、無駄足になるかもしれないが、とりあえず行ってみる事にした。
眠そうな見慣れた店員の横を通りすぎ、一直線に雑誌コーナーに向かう。
好きなものが分かれば、少しでも気持ちを満たせる可能性があるならば、直ぐにでも手に入れて渡したいと思った。
携帯のネット通販を利用する事もできたが、到着までの時間を考え、早い方の手段を優先した。もしここに無ければ、注文するつもりだ。
月裏は週間連載物の雑誌が大部分を占める中で、一冊で終わる小説を探した。
しかし、思っていたような、正式な小説本は置いていないらしい。
月裏はがっくりと肩を落とし、元来た道を戻ってスーパーを出た。
小さい事だとは分かるが、期待が裏切られると落ち込んでしまう。
月裏は無理矢理心を奮い立たせ、次なる試練へと足を向かわせた。
今日は何時もより終了時刻が長引いてしまい、自宅に辿り着く頃には、時計は11時30分を回っていた。
譲葉がまだ起きているかもしれないと、早足で家に向かう。
だが、近所迷惑にならないように、アパートに差し掛かった所で足音を抑えた。
階段を上がると想像通り、廊下の灯りが外から見えた。
扉の音も、鳴らないよう気をつけてゆっくりと引く。
「…ただい…」
廊下の壁に背を預け、座り込んだ譲葉が眠っている。月裏は思わず、声を飲み込んだ。
手元には、書きかけの花を表面に向けたまま、腿の上に乗るスケッチブックがある。器用に、色鉛筆は握られたままだ。
帰宅に気付かなかったらしく、静かな寝息を立て眠っている。2度目の寝姿だ。
月裏は玄関に立ったまま、靴も脱がずその姿を見詰める。無防備に眠る姿が、幼げだ。
カランと、色鉛筆が手の中から滑り落ちた。その音で、譲葉が目を覚ます。
姿が横目に見えたのか、素早く顔を上げた。
「ただいま、待っててくれてありがとう」
「……寝てしまっていた、すまない」
譲葉は、上げた目を伏せながら、転がった色鉛筆を拾う。廊下の反対側にまで転がった色鉛筆を拾うのに、僅かだが足を引き摺った。
月裏は視界に訴える動きに、気持ちの揺れを覚える。しかし、そのまま呑まれないように行動を始めた。
「ううん、眠かったら布団に行ってても良いんだよ。ここじゃ冷えちゃうし、こうやって遅くなっちゃう事もあるし…」
譲葉は壁に手を当てると、すっと立ち上がった。背を向けて、廊下を一歩ずつ歩いていく。
こうして見ていると、足の状態がよく分からなくなる。普段は壁伝いだが殆ど頼らず歩いているし、無くても前に進んでいるのは見た事があるし。
「でも、ありがとう。じゃあ、おやすみ。着替えたら行くから寝てて」
譲葉は一旦立ち止まり、僅かに振り返ると浅く頷いた。
「…分かった、お休み」
急に、事故の事を考えてしまった。
譲葉も巻き込み、後遺症を与え、両親の命も奪ったという大事故とは、どんなものだったのだろう。
譲葉自身、事故の記憶とはどう対峙しているのだろう。もう、克服できているのだろうか。
もしかしたらあの表情の薄さは、事故が原因となっているのだろうか。
一番初め祖母から届いた手紙に同封されていた、写真の譲葉にも表情は無かった。
譲葉は、どんな風に笑うのだろう。
月裏は、不図浮かんだ疑問に対し色々と想像してみたが、どの笑顔も、腑に落ちない物にしかならなかった。
一度で良いから、笑顔が見てみたいものだ。
しかしそれには、やはり信頼が必要で、そして原因かもしれない事故の記憶を、共に浄化する必要もありそうだ。
月裏は二つの項目を脳内に並べてみたが、無謀にしか思えず深く溜め息を零した。
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