造花の開く頃に

有箱

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10月17日

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[10月17日、月曜日]
 月裏は3時頃、目を覚ましていた。悪夢を見た訳ではないが、正体不明の恐怖感に駆られて目覚めてしまったのだ。
 時々起こるこうした得体の知れない恐怖感に、やっぱり自分自身困惑してしまう。

 気持ちを落ち着かせる為、取り敢えず起き上がり深呼吸してみるが、仄暗い部屋は不安感を煽るだけだった。
 死にたい。消えたい。何も考えたくない。脳裏に過ぎるのは、そんな思いばかりだ。
 死んでしまえば楽になれるのに、それが中々叶わない。
 ぽたぽたと、雫がシーツに落ちだした。

「………どうした…?」
「えっ?」

 急に声が聞こえて目を上げると、譲葉がこちらを見ていた。咄嗟に笑顔を作る。

「あっ、ごめん、起こしちゃったね。何でもないんだ、ちょっと起きちゃっただけだから」
「そうか…」

 嗚咽は無意識に堪えていた。しかも薄暗い部屋の下では、顔もよく見えないだろう。だから、まだ涙している事は悟られていないはずだ。

「うん、だから直ぐに寝なおすよ、譲葉君もおやすみ」
「…おやすみ」

 譲葉は納得したのか、直ぐ背を向けた。
 再度布団の中に潜り込んだ月裏は、必死に息を殺し、感情を内側に留めた。

 譲葉の前で、不安にさせるような姿を見せてはならない。愛情を、それだけを伝えなくてはならない。
 心を閉ざしてしまわないように。気持ちを、少しでも楽にしてもらえるように。今は、頑張らなくてはならないんだ。
 目を閉じ、何度も何度も言い聞かせた。

 電車内は、とても静かだ。時々欠伸している人間がいる位には、退屈な静寂が流れている。
 今朝、起きてきた譲葉に変化は無かった。泣き顔に気付かれていなかった、と取っても良いだろう。
 月裏は無事に遣り過ごせていたと確信し、安堵感を浮かべ窓の外を見詰めた。

 現実の厳しさは、全く変化を見せない。
 仕事場では何時もの険悪な空気が流れ、同僚達は皆、仕事し辛そうに働いている。
 怒り浸透している上司にも快感は無いらしく、嫌な顔で仕事していて、空気が酷く澱んでいる。
 月裏は胸の不快感を覚えながらも、堪えて必死に業務をこなして行った。

 それでも帰宅する前には、上手い事表情を切り替えてみせる。
 譲葉の為だと考えると、どれだけ疲れていても笑顔で居なくてはならないと、一人の時は出来なかった無理が簡単に出来てしまった。
 勿論気持ちは辛いが、自然と出来てしまった。

「ただいま」
「おかえり、お疲れ様」

 普段通り挨拶をくれた譲葉の手には、この間買った雑誌が抱えられていた。画材は無い。

「……あれ?今日は本だったんだね?」
「あぁ」
「面白い?」
「面白い」

 譲葉の持っている雑誌は、一般から投稿された詩などの文を集めた物で、今思えば10代の青年が読むには少し大人びている気がする。

「……どんなのが好きなの?漫画とか読む?読むなら今度買ってくるよ」

 申し訳なさを塗り替えようと勢いで零した質問に対し、譲葉は少し戸惑い気味に答える。

「…漫画はあまり……そうだな、活字が好きだ」

 月裏は、抱いた申し訳なさが必要なかった事に気付き、安心感を抱いた。
 そして成り行きではあるが、譲葉の事をまた一つ知れて少し嬉しくなった。

「…そっか、じゃあ小説とかも好きかな?」
「…あぁ」
「……良かった、今度買うね」

 ふわりと零された笑顔の意味が、譲葉には理解できなかったのか、少しきょとんとしていた。
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