造花の開く頃に

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11月25日

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[11月25日、金曜日]
 月裏は、アラームの1時間前に起床していた。
 今日はいつもの1時間早くセットしてある為、今は深夜と言っても可笑しくない時間だ。

 早く目覚めたと言うより、眠れなかったと表現する方が正しいだろう。
 譲葉の発言について思い巡らせていたが、腑に落ちない部分が多すぎて思案に耽ってしまっていたのだ。

 気が付いたら動かなくなっていた、との発言は意味深過ぎる。気がついたらという事は、それ以前の記憶が抜けているとも取れる。
 記憶が抜けているといえば、苛めの話をした際も、同じような事を発言していたのを思い出す。

 ある部分が抜けている、と譲葉は言ったが、脚を不自由にした出来事とは関係していたりするのだろうか。
 それか譲葉の記憶の中には、幾つか抜けている部分があって、その中の一つについて言っていたのだろうか。

 なんにせよ、深い事情がありそうだ。
 月裏は一旦思考を保留して、積雪量を確認する為に譲葉の向こうのカーテンを引いた。
 思った通り、雪はこんもり積もっている。これなら好きなだけ雪だるまが作れそうだ。
 しかし、話を合わせただけで、本当に作りたいと思っているのだろうか……。
 との疑問が出たが、敢えて疑問は底にしまった。

「……月裏さんおはよう」
「あっ、お早う。起こしちゃった?」
「……いや、偶然だ」
「まだ全然時間あるから、もう少し寝ていても良いよ」
「いや、起きる」

 譲葉は、ゆっくりと上体を起こす。少し寒かったのか軽く身震いした。続けざまにくしゃみまでする。

「……大丈夫?」
「大丈夫だ、雪だるま作るんだよな?」
「あ、うん。もう作る?」
「そうしよう」

 ベッドの柱を使い、体を真っ直ぐに立たせる譲葉の脚に、無意識の内に目が向かった。

「どうした?」
「え、ううん、暖かい格好していかなきゃね、そう言えばマフラーとかって買った?」
「いいや、すっかり忘れていた」
「あ、そう」

 結局、余分にあったマフラーと手袋を、譲葉に貸した。
 重装備した譲葉は階段を一段一段下り、雪の積もった道の上へと爪先をつける。
 気をつけてね。
 と言おうとして言えなかった。脚を気にしていると思われたくなくて、言えなかったのだ。
 よくよく考えれば、何でもない言葉なのに。

 月裏は背後で溜め息を漏らし、一歩前でこんもりと積もった雪を見た。
 空からも、まだちらちらと雪が舞っている。暗闇に映えた外灯に照らされて、とても神秘的だ。
 譲葉は散る雪に気が向いたのか、膝下辺りまで積もった雪の中に、立ち尽くしたまま眺めている。

 白い吐息が、立ち込めては消える。
 白い地に立つ華奢な背中に、どんな重みが乗っているのか。その重圧は拭える物なのか。

「月裏さん、来ないの?」
「あっ、行く」

 振り返り見ていた譲葉に不安を悟られたくなくて、月裏は勢いよく雪の中に突入した。

「うわっ、冷たい……!」

 雪はズボンに張り付いて、早々から容赦なく脚を冷やす。
 昨日はこうも積もっておらず、去年ぶりの感覚になる。

「……やめるか?」

 冷たいと頭では分かっていたが、譲葉があまりにも平然と雪に埋まっている物だから、正直警戒は薄かった。

「いや、ううん、譲葉くん凄いね、冷たくない?」
「寒いのは寒いが、冷たくは無い」

 表現にはっとなった。冷たさを感じないのは、多分想像が正解だからだ。

「……そうか、冷たいのか」

 そう言いながら身を屈め、手袋を外した手で雪を掬った譲葉は丸を形作り始めた。
 そしてそのまま、小さな範囲の中転がしだす。
 月裏は譲葉に倣って、脚の冷たさをひしひしと感じながらも雪だるまの制作を開始した。
 譲葉がバランスを崩さないよう、注視しながら。

 無事制作は終了し、家に戻った譲葉と月裏は、暖房の効いた部屋で暫く温まった。
 その間、やはり眠かったのか疲れたのか、譲葉はベッドの上で眠ってしまっていた。
 心を許してくれたと見える寝顔に、悲しげに微笑む。きっとこれが、望んでいた状態だ。

 まだ距離はあるが、こうして共に過ごしてゆける。家族とは呼べないが、家族になろうと努めあえる。
 これが、欲しかった形――の筈だ。
 それなのに、何だか喜べないのはなぜだろう。

 月裏は譲葉の、毛布の中に隠れた脚を、もう一度見た。
 恐らく、感覚の全く無いであろう脚を。
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