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1月24日
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[1月24日、火曜日]
「おはよう……? 珍しいな……」
「うん、今日は音楽かけながらにしてみたんだ、たまには良いかなーって」
日曜の休息時のみかけていた音楽を、始めて朝食時にも流した。気を紛らわせる手段を求めての行動だが、わざと始めから別の理由を告げた。
「……そうだな、雰囲気がある」
「……譲葉くんは好きなのある?」
月裏は、席に付いた譲葉に自ら話題を振った。暗い顔を、してしまいそうになるのを止めるために。
「……音楽か?」
「あ、うん」
譲葉は軽く握った拳を顎に沿え、考える仕草を見せる。
「……そうだな……あまり聴かないな……」
「あっ、そっか、そうだよね、何食べる?」
冷蔵庫へ向かった月裏の背に、譲葉の低く小さな声が投げられた。
「……月裏さん、無理するなよ」
「…………うん……大丈夫……」
見破られる前提で嘘をつく。譲葉はそれ以上何も言わなかった。
同じ事ばかりが、ぐるぐる脳内を巡る。意味が無いと分かっていても、堂々巡りさせてしまうのだ。
他人を優先するべきだと頭では納得しているのに、心が認めてくれない。怖い怖いと嘆いてばかりだ。
悩んだ時の解決策として、以前成功した方法を思い起こしてみる。すると、祖母に電話しアドバイスを受けた時の事を思い出した。
今回もと思ったが、一方に意見が偏っている相手の助言では、己の力での決定が困難になってしまいそうだと渋々捨てた。
アドバイスを乞うなら、できれば意見の偏っていない人間がいい。それに私情の無い人間。
条件に該当する人間を探したが、月裏の人間関係の中では宛が無かった。
ふと、手紙が脳裏に蘇った。彩音の手紙だ。直接繋がるワードは無いが、何やら色々とアドバイス染みた言葉が書かれていた気がする。
事情一つ知らない彩音の言葉なら、何かヒントが得られるかも知れない。
もう一度読み、改めて考えてみよう。
月裏は問題解決を保留し、意識的に目の前の仕事を片付け始めた。
しかし、他事がなくなってしまうと同時に、問題は勝手に浮上してきた。思考が勝手に回り、また不必要な事ばかり積もらせてしまう。
早く答えを出さなくてはとの焦りに駆られ、息苦しさまで感じた。その度に性格に失望し、また巡るのだ。
月裏は眉間に皺を集めながらも、階段を駆け上がり、扉の前に立って取っ手を引いた。
譲葉の姿が見え、自然と表情を和らげる。伏せた睫毛が起き上がり美しい瞳を向ける一連の様子を、月裏は特別な感情で見ていた。
「おかえり月裏さん、今日も長い事お疲れ様」
顔だけこちらに向けたまま、手元では器用にスケッチブックのページが表紙に戻されている。
「……ただいま譲葉くん」
「どうした?」
「……ううん、何でもない……」
壁を頼り、よろりと立ち上がった譲葉の横顔が綺麗だ。
「……そうか、なら良い。じゃあお休み」
「お休み」
漆黒の髪を揺らして去ってゆく姿を、呆然と眺め続けた。
譲葉が扉の向こうに消えてから、月裏は衣類部屋に納まっていた。すぐさま手紙を取り出し、丁寧に便箋を広げる。
一文字一文字、手掛かりを探すように読み進めてゆく。
可愛らしい丸文字で綴られた文章の中、一際心に響く一文を見つけた。
何度も何度も文を追い、自分に強く言い聞かせる。
¨怖いけど私、進む事止めたりしない!¨
形は似つかないが、言葉だけなら現状を反映している。彩音の経験上、進んできた道に後悔は無いとの事だ。
辛くても頑張っていれば良い事があるとの供述も、今の月裏にとっては身近に感じる言葉だ。
辛くても、進んでいればきっと幸せになれる。辛い事があっても挫けそうになっても、きっと大丈夫。明るい未来はやってくる。信じれば来るから一緒にがんばろう。
安易過ぎる言葉の数々は、決心を鋭くさせた。
まだ恐怖は抜けない。幾度と無く、後悔だってするだろう。
それでも、現状維持のまま踏み止まっていては、それこそ後悔しか見えない。
「譲葉くん起きてる!?」
「…………つ、月裏さん……?」
扉の音と声に、譲葉は驚いた調子で腰を上げた。月裏はすぐさま駆け寄って、床に膝を付き目線を近づける。
「……ど、どうした?」
「譲葉くん、聞いて」
若干丸い目をしていた譲葉は、雰囲気を読み真剣な眼差しへと瞳を変化させた。
「僕は――――」
静寂の中で、覚悟が轟いた。
「おはよう……? 珍しいな……」
「うん、今日は音楽かけながらにしてみたんだ、たまには良いかなーって」
日曜の休息時のみかけていた音楽を、始めて朝食時にも流した。気を紛らわせる手段を求めての行動だが、わざと始めから別の理由を告げた。
「……そうだな、雰囲気がある」
「……譲葉くんは好きなのある?」
月裏は、席に付いた譲葉に自ら話題を振った。暗い顔を、してしまいそうになるのを止めるために。
「……音楽か?」
「あ、うん」
譲葉は軽く握った拳を顎に沿え、考える仕草を見せる。
「……そうだな……あまり聴かないな……」
「あっ、そっか、そうだよね、何食べる?」
冷蔵庫へ向かった月裏の背に、譲葉の低く小さな声が投げられた。
「……月裏さん、無理するなよ」
「…………うん……大丈夫……」
見破られる前提で嘘をつく。譲葉はそれ以上何も言わなかった。
同じ事ばかりが、ぐるぐる脳内を巡る。意味が無いと分かっていても、堂々巡りさせてしまうのだ。
他人を優先するべきだと頭では納得しているのに、心が認めてくれない。怖い怖いと嘆いてばかりだ。
悩んだ時の解決策として、以前成功した方法を思い起こしてみる。すると、祖母に電話しアドバイスを受けた時の事を思い出した。
今回もと思ったが、一方に意見が偏っている相手の助言では、己の力での決定が困難になってしまいそうだと渋々捨てた。
アドバイスを乞うなら、できれば意見の偏っていない人間がいい。それに私情の無い人間。
条件に該当する人間を探したが、月裏の人間関係の中では宛が無かった。
ふと、手紙が脳裏に蘇った。彩音の手紙だ。直接繋がるワードは無いが、何やら色々とアドバイス染みた言葉が書かれていた気がする。
事情一つ知らない彩音の言葉なら、何かヒントが得られるかも知れない。
もう一度読み、改めて考えてみよう。
月裏は問題解決を保留し、意識的に目の前の仕事を片付け始めた。
しかし、他事がなくなってしまうと同時に、問題は勝手に浮上してきた。思考が勝手に回り、また不必要な事ばかり積もらせてしまう。
早く答えを出さなくてはとの焦りに駆られ、息苦しさまで感じた。その度に性格に失望し、また巡るのだ。
月裏は眉間に皺を集めながらも、階段を駆け上がり、扉の前に立って取っ手を引いた。
譲葉の姿が見え、自然と表情を和らげる。伏せた睫毛が起き上がり美しい瞳を向ける一連の様子を、月裏は特別な感情で見ていた。
「おかえり月裏さん、今日も長い事お疲れ様」
顔だけこちらに向けたまま、手元では器用にスケッチブックのページが表紙に戻されている。
「……ただいま譲葉くん」
「どうした?」
「……ううん、何でもない……」
壁を頼り、よろりと立ち上がった譲葉の横顔が綺麗だ。
「……そうか、なら良い。じゃあお休み」
「お休み」
漆黒の髪を揺らして去ってゆく姿を、呆然と眺め続けた。
譲葉が扉の向こうに消えてから、月裏は衣類部屋に納まっていた。すぐさま手紙を取り出し、丁寧に便箋を広げる。
一文字一文字、手掛かりを探すように読み進めてゆく。
可愛らしい丸文字で綴られた文章の中、一際心に響く一文を見つけた。
何度も何度も文を追い、自分に強く言い聞かせる。
¨怖いけど私、進む事止めたりしない!¨
形は似つかないが、言葉だけなら現状を反映している。彩音の経験上、進んできた道に後悔は無いとの事だ。
辛くても頑張っていれば良い事があるとの供述も、今の月裏にとっては身近に感じる言葉だ。
辛くても、進んでいればきっと幸せになれる。辛い事があっても挫けそうになっても、きっと大丈夫。明るい未来はやってくる。信じれば来るから一緒にがんばろう。
安易過ぎる言葉の数々は、決心を鋭くさせた。
まだ恐怖は抜けない。幾度と無く、後悔だってするだろう。
それでも、現状維持のまま踏み止まっていては、それこそ後悔しか見えない。
「譲葉くん起きてる!?」
「…………つ、月裏さん……?」
扉の音と声に、譲葉は驚いた調子で腰を上げた。月裏はすぐさま駆け寄って、床に膝を付き目線を近づける。
「……ど、どうした?」
「譲葉くん、聞いて」
若干丸い目をしていた譲葉は、雰囲気を読み真剣な眼差しへと瞳を変化させた。
「僕は――――」
静寂の中で、覚悟が轟いた。
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