造花の開く頃に

有箱

文字の大きさ
120 / 122

1月24日

しおりを挟む
[1月24日、火曜日]
「おはよう……? 珍しいな……」
「うん、今日は音楽かけながらにしてみたんだ、たまには良いかなーって」

 日曜の休息時のみかけていた音楽を、始めて朝食時にも流した。気を紛らわせる手段を求めての行動だが、わざと始めから別の理由を告げた。

「……そうだな、雰囲気がある」
「……譲葉くんは好きなのある?」

 月裏は、席に付いた譲葉に自ら話題を振った。暗い顔を、してしまいそうになるのを止めるために。

「……音楽か?」
「あ、うん」

 譲葉は軽く握った拳を顎に沿え、考える仕草を見せる。

「……そうだな……あまり聴かないな……」
「あっ、そっか、そうだよね、何食べる?」

 冷蔵庫へ向かった月裏の背に、譲葉の低く小さな声が投げられた。

「……月裏さん、無理するなよ」
「…………うん……大丈夫……」

 見破られる前提で嘘をつく。譲葉はそれ以上何も言わなかった。

 同じ事ばかりが、ぐるぐる脳内を巡る。意味が無いと分かっていても、堂々巡りさせてしまうのだ。
 他人を優先するべきだと頭では納得しているのに、心が認めてくれない。怖い怖いと嘆いてばかりだ。

 悩んだ時の解決策として、以前成功した方法を思い起こしてみる。すると、祖母に電話しアドバイスを受けた時の事を思い出した。
 今回もと思ったが、一方に意見が偏っている相手の助言では、己の力での決定が困難になってしまいそうだと渋々捨てた。

 アドバイスを乞うなら、できれば意見の偏っていない人間がいい。それに私情の無い人間。
 条件に該当する人間を探したが、月裏の人間関係の中では宛が無かった。

 ふと、手紙が脳裏に蘇った。彩音の手紙だ。直接繋がるワードは無いが、何やら色々とアドバイス染みた言葉が書かれていた気がする。
 事情一つ知らない彩音の言葉なら、何かヒントが得られるかも知れない。
 もう一度読み、改めて考えてみよう。

 月裏は問題解決を保留し、意識的に目の前の仕事を片付け始めた。

 しかし、他事がなくなってしまうと同時に、問題は勝手に浮上してきた。思考が勝手に回り、また不必要な事ばかり積もらせてしまう。
 早く答えを出さなくてはとの焦りに駆られ、息苦しさまで感じた。その度に性格に失望し、また巡るのだ。

 月裏は眉間に皺を集めながらも、階段を駆け上がり、扉の前に立って取っ手を引いた。
 譲葉の姿が見え、自然と表情を和らげる。伏せた睫毛が起き上がり美しい瞳を向ける一連の様子を、月裏は特別な感情で見ていた。

「おかえり月裏さん、今日も長い事お疲れ様」

 顔だけこちらに向けたまま、手元では器用にスケッチブックのページが表紙に戻されている。

「……ただいま譲葉くん」
「どうした?」
「……ううん、何でもない……」

 壁を頼り、よろりと立ち上がった譲葉の横顔が綺麗だ。

「……そうか、なら良い。じゃあお休み」
「お休み」

 漆黒の髪を揺らして去ってゆく姿を、呆然と眺め続けた。

 譲葉が扉の向こうに消えてから、月裏は衣類部屋に納まっていた。すぐさま手紙を取り出し、丁寧に便箋を広げる。
 一文字一文字、手掛かりを探すように読み進めてゆく。

 可愛らしい丸文字で綴られた文章の中、一際心に響く一文を見つけた。
 何度も何度も文を追い、自分に強く言い聞かせる。
 ¨怖いけど私、進む事止めたりしない!¨
 形は似つかないが、言葉だけなら現状を反映している。彩音の経験上、進んできた道に後悔は無いとの事だ。
 辛くても頑張っていれば良い事があるとの供述も、今の月裏にとっては身近に感じる言葉だ。

 辛くても、進んでいればきっと幸せになれる。辛い事があっても挫けそうになっても、きっと大丈夫。明るい未来はやってくる。信じれば来るから一緒にがんばろう。

 安易過ぎる言葉の数々は、決心を鋭くさせた。
 まだ恐怖は抜けない。幾度と無く、後悔だってするだろう。
 それでも、現状維持のまま踏み止まっていては、それこそ後悔しか見えない。

「譲葉くん起きてる!?」
「…………つ、月裏さん……?」

 扉の音と声に、譲葉は驚いた調子で腰を上げた。月裏はすぐさま駆け寄って、床に膝を付き目線を近づける。

「……ど、どうした?」
「譲葉くん、聞いて」

 若干丸い目をしていた譲葉は、雰囲気を読み真剣な眼差しへと瞳を変化させた。
「僕は――――」
 静寂の中で、覚悟が轟いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

処理中です...