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結局、命令の詳細が掴めないまま、昼食の時間になってしまった。昼食時にと指定があるのに関わらず、現品がないのだ。実行以前の問題と言えよう。
既に屋上に置かれている可能性を疑い、授業が終わり次第すぐに来てみたが、物品一つ無かった。
フェンスに肘を着いたまま、今後の流れをモヤモヤと想像する。理不尽に未実行とされ、罰せられたらとの憂慮が過ぎった。
「あれ、白都くん一人?」
「あっ、相澤さん」
鞄と弁当箱の包みを持ち、現れたのは和月だった。珍しく今日は一人だ。
「相澤さんも一人ですか?」
「うん、穂積は午後授業で、日向は先生に呼ばれてたから、もう少ししたら来るんじゃないかな?」
「そうですか」
「帝君と設楽くんは?」
「帝は多分もう来ますよ。侑也はどうだろう……」
白都が急いでいたからか、帝とは鉢合わせなかった。侑也に至っては、合同授業も無く投稿しているかさえ怪しい。
「今日もパン?」
和月は、白都の指先から下がったコンビニの袋を直視している。
「そうです。あ、でも帝におにぎり貰いました」
今朝方、恒例行動としてコンビニに寄った際、パン二つしか買わなかった白都を見た帝が、見兼ねておにぎりを購入し――半ば強引に――くれたのだ。
「そっか、帝君は優しいね」
「はい」
「良い友人を持ったねー」
和月は白都の横に並び、フェンスに肘を着く。空を仰いだ、その目はどこか寂しそうだ。
「……穂積さんは違うんですか?」
「穂積ね、大事な友達だよ。でも困ったこともあるからなぁ……」
「困ったこと……ですか?」
内容に耳を欹てた時、聞こえたのは声ではなく扉の開く音だった。
振り向くと、帝と日向、侑也の三人が立っていた。
「揃ったね、そろそろご飯にしよっか」
和月は中途半端に話を終わらせると、笑顔で二人へと近付いていく。
だが、擦れ違う形で、白都の元に日向が駆けて来た。とは言え、急ぐ気がないのか、早歩きとほぼ変わらないスピードだ。
「日向くんどうしたの?」
「…………これ……」
差し出された品物に、白都は背筋を凍らせる。
その手には、透明の水で満たされたペットボトルがあったのだ。何の変哲もない500mlサイズのものである。
「ど、どうしたの?」
「…………忘れていったから、渡して欲しいと言われました……けど……」
直接渡るとは、想像の範疇に無かった。共犯者の可能性は大だが、それでも顔を見せる行為に及ぶとは意外だ。
「……ありがとう。えっと誰が?」
白都は自然体で受け取りながらも、逸る心を抑えきれずに問いかける。
日向は首を傾げ、何秒か停止した。恐らく、顔が思い出せないのだろう。
そしてから、黒髪でショートヘアの男の人だった、と在り来たりなキーワードをあげた。
結局、片鱗を掴むことさえ出来ず、食事は開始された。
本日、節約術の一つとして、飲料は自宅で用意し持ってきている。その為、コンビニでは購入しておらず、帝に飲料を持ち込んでいることは知られていない。
疑われる心配は、一先ず無いということだ。
軽く触ったところ、ペットボトルの口は既に開封されていると分かった。細工の臭いが漂っていて、どうにも口を付ける気になれない。
だが、命令に背けば、待っているのは怖い仕置きだ。
周囲を囲む何の気ない会話も、雰囲気も、落ち着いて味わえない。時間が刻々と消費されてゆくことに、焦りしか生まれない。
「それ、詰まらないですか?」
「へっ?」
声に注意を向けると、侑也が箸を止めて白都を見ていた。視線は緩やかに下がり、手元のパンへ、そして置かれたペットボトルへと移動する。
「爺ちゃん婆ちゃんが、『よくパンは詰まるから好かない』とか言ってるんで」
何の気もないはずの発言に、なぜか急かされている気分になる。そのため、白都は一瞬黙り込んでしまった。
だが、直ぐに切り替え笑ってみせる。
「うーん、言われるとそうかも」
「自覚無かったんですか」
小さく笑声を加えた侑也の笑みに、自らも笑声を重ね、ペットボトルを見詰める。
毒が入っていたらどうしよう。
物怖じしつつも、白都は意を決して一口だけ含んでみることにした。
――口内に苦味が広がり、表情が歪む。
だが、植え付いた意識が即刻顔色を装わせた。
「どうかしました?」
「ううん、なんでもない」
「そうですか」
完遂する為の時間が、一秒一秒減ってゆく。だが、白都は苦痛に苛まれる恐怖に駆られ、再度含むことが出来なかった。
既に屋上に置かれている可能性を疑い、授業が終わり次第すぐに来てみたが、物品一つ無かった。
フェンスに肘を着いたまま、今後の流れをモヤモヤと想像する。理不尽に未実行とされ、罰せられたらとの憂慮が過ぎった。
「あれ、白都くん一人?」
「あっ、相澤さん」
鞄と弁当箱の包みを持ち、現れたのは和月だった。珍しく今日は一人だ。
「相澤さんも一人ですか?」
「うん、穂積は午後授業で、日向は先生に呼ばれてたから、もう少ししたら来るんじゃないかな?」
「そうですか」
「帝君と設楽くんは?」
「帝は多分もう来ますよ。侑也はどうだろう……」
白都が急いでいたからか、帝とは鉢合わせなかった。侑也に至っては、合同授業も無く投稿しているかさえ怪しい。
「今日もパン?」
和月は、白都の指先から下がったコンビニの袋を直視している。
「そうです。あ、でも帝におにぎり貰いました」
今朝方、恒例行動としてコンビニに寄った際、パン二つしか買わなかった白都を見た帝が、見兼ねておにぎりを購入し――半ば強引に――くれたのだ。
「そっか、帝君は優しいね」
「はい」
「良い友人を持ったねー」
和月は白都の横に並び、フェンスに肘を着く。空を仰いだ、その目はどこか寂しそうだ。
「……穂積さんは違うんですか?」
「穂積ね、大事な友達だよ。でも困ったこともあるからなぁ……」
「困ったこと……ですか?」
内容に耳を欹てた時、聞こえたのは声ではなく扉の開く音だった。
振り向くと、帝と日向、侑也の三人が立っていた。
「揃ったね、そろそろご飯にしよっか」
和月は中途半端に話を終わらせると、笑顔で二人へと近付いていく。
だが、擦れ違う形で、白都の元に日向が駆けて来た。とは言え、急ぐ気がないのか、早歩きとほぼ変わらないスピードだ。
「日向くんどうしたの?」
「…………これ……」
差し出された品物に、白都は背筋を凍らせる。
その手には、透明の水で満たされたペットボトルがあったのだ。何の変哲もない500mlサイズのものである。
「ど、どうしたの?」
「…………忘れていったから、渡して欲しいと言われました……けど……」
直接渡るとは、想像の範疇に無かった。共犯者の可能性は大だが、それでも顔を見せる行為に及ぶとは意外だ。
「……ありがとう。えっと誰が?」
白都は自然体で受け取りながらも、逸る心を抑えきれずに問いかける。
日向は首を傾げ、何秒か停止した。恐らく、顔が思い出せないのだろう。
そしてから、黒髪でショートヘアの男の人だった、と在り来たりなキーワードをあげた。
結局、片鱗を掴むことさえ出来ず、食事は開始された。
本日、節約術の一つとして、飲料は自宅で用意し持ってきている。その為、コンビニでは購入しておらず、帝に飲料を持ち込んでいることは知られていない。
疑われる心配は、一先ず無いということだ。
軽く触ったところ、ペットボトルの口は既に開封されていると分かった。細工の臭いが漂っていて、どうにも口を付ける気になれない。
だが、命令に背けば、待っているのは怖い仕置きだ。
周囲を囲む何の気ない会話も、雰囲気も、落ち着いて味わえない。時間が刻々と消費されてゆくことに、焦りしか生まれない。
「それ、詰まらないですか?」
「へっ?」
声に注意を向けると、侑也が箸を止めて白都を見ていた。視線は緩やかに下がり、手元のパンへ、そして置かれたペットボトルへと移動する。
「爺ちゃん婆ちゃんが、『よくパンは詰まるから好かない』とか言ってるんで」
何の気もないはずの発言に、なぜか急かされている気分になる。そのため、白都は一瞬黙り込んでしまった。
だが、直ぐに切り替え笑ってみせる。
「うーん、言われるとそうかも」
「自覚無かったんですか」
小さく笑声を加えた侑也の笑みに、自らも笑声を重ね、ペットボトルを見詰める。
毒が入っていたらどうしよう。
物怖じしつつも、白都は意を決して一口だけ含んでみることにした。
――口内に苦味が広がり、表情が歪む。
だが、植え付いた意識が即刻顔色を装わせた。
「どうかしました?」
「ううん、なんでもない」
「そうですか」
完遂する為の時間が、一秒一秒減ってゆく。だが、白都は苦痛に苛まれる恐怖に駆られ、再度含むことが出来なかった。
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