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【4】
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◇
病院の通信可能エリアにて、一通の電話が繋がっていた。
固定電話を握り締めていたのは、ねいだった。その右手に、メモ帳もボールペンもはない。
「…分かったわ、ありがとう。それじゃああの子は犯人でほぼ確定なのね?」
深刻な表情で、何度も頷く。だが、相手先の声色に深刻さはあまりない。
「じゃあこちらはこちらで調べてみるわ、ありがとう」
ねいは素早く電話を切ると、駆け足で部屋へと戻った。
◇
「眠いの?」
食事を済ませて暫く経過していたが、鈴夜は相変わらず何も話さなかった。いや、話せなかった。
「あ、うん、少し眠ろうかな」
食後の眠い時間である事に続いた不眠が重なって、眠気に襲われていたのも事実だった。
「そっか、じゃあ私はまた部屋に戻っていようかな」
「うん、ごめんね」
淑瑠は、鈴夜が布団に潜り込み眠る姿を見届けてから、また家を出た。
淑瑠が扉の向こうに去って直ぐ、鈴夜は薄く瞳を開いた。
鈴夜は眠っていなかった。眠る振りをしていただけだった。
その後、もう一度依仁に電話したが、仕事中なのか繋がる事はなかった。
酷い疲れを自覚し本当に眠ろうと思い、着信音が邪魔にならないよう鈴夜は携帯をマナーモードに設定した。
だが眠れる筈も無く、暫く目を閉じていたが、突如バイブレーターが鳴り出す。
反射的にボタンを押すと、美音からのメールが受信されていた。
[こんにちは~!早速メールしちゃいました!
でもちゃんと用件があってメールしたんですよ(。-`ω´-)?
先程柚李さんと会いまして、鈴夜さんにお話したい事があるって言っていましたよ!なんだろ~!
今度病院に来る予定とかありますかヽ(*´∀`*)ノ?
その時は是非私も会いたいので、もし宜しければ連絡ください☆]
美音からのメールは、可愛らしく色でデコレーションされていた。女の子らしい印象の画面だ。
ただその内容に引っかかる物があり、素直に和むことが出来なかった。
返信を保留した状態でメールを閉じ、鈴夜はもう一度目を閉じた。
◇
美音は送ったメールを見詰めながら、鈴夜の事を考えていた。
メール見てくれたかなとか、次はいつ会えるのかなとか、乙女のような思考回路になってしまう。
実際、美音は乙女といっても良い年頃だ。だが自分がそんな風に誰かを思うなんて、ありえない話だと思っていた。
「…うーん、これが恋心って奴か…」
美音は、客観的に見た自分と、いつかに流行りに乗って読んだ少女漫画の内容とを、照らし合わせて見極めてみる。
だが、やっぱり少し違う気がした。
昔から自分の¨好き¨は一般とずれていると思っていたが、やはり恋心も少しずれているみたいだ。
いや、これはもしかしたら恋心とは呼ばないのかもしれない。
鈴夜の事がもっと知りたい。もっと色々な顔が見たい。自分の物にしてしまいたい。
そうだ、これは独占欲と言う奴だ。恋を少し超えた恋。
当て嵌まる言葉を見つけて、美音は一人うんうんと頷いた。
◇
樹野は憂鬱だった。仕事に身が入らないほど上の空ではないが、暗い事ばかり考えてしまう。
鈴夜に、自分の辿り着いた答えや見解、可能性を打ち明けて、無理矢理楽になろうとしていた昨日の自分が分からない。
言っても、不安や不快にさせるだけだと、考えれば直ぐ分かるのに、結論を抱えきれなくて話をしてしまった。
今度会えたら、ちゃんと謝ろう。
樹野は、深い申し訳なさを感じながらそう決めた。
◇
鈴夜は、扉が開く音に目を覚ました。考え事をしながらも、いつの間にか眠ってしまったらしい。
今日は、その夢の中でも考え事をしていたが。
時刻を確認しようと携帯を見ると、依仁からの着信履歴が残っていた。また擦れ違いだ。
因みに時刻は、18時になろうとしている所だった。恐らく、夕食にやってきたのだろう。
「あ、ごめん、起こしたね」
「…ううん」
「ご飯食べれる?」
鈴夜は、瞬間的に食事風景を描いたが、どうしても食欲が湧かなかった。眠ったのに、寧ろ疲れている気しかしない。
「……もう少ししたらにする……」
◇
車内にて隣り合う樹野と依仁の脳内は、似たような内容で埋まっていた。それぞれ、言葉を交わさずに黙々考え込む。
だが、静か過ぎる空間に耐えられなくなって、いつもの事だが依仁から切り出した。思考内容からの抜粋は無しで、だ。
「雪、結構溶けたな」
路面は塗れているが、アスファルトの色がもう殆ど露になっている状態だ。
「…あ、うん…そうだね、その内大雪とか降るのかな…?」
「どうだろう?年始とかもバイト入ってんの?」
「…うん、年末年始は忙しいからたくさん入ってるよ。依仁君は?」
サービス業である樹野は、一般企業の休日に当たる日にシフトが組まれている事が多くあった。
「年末年始は短いけど休み、樹野のとこ大変だな」
依仁の勤め先も仕事自体は年がら年中あるが、家庭持ちの人間が多い為、上司の計らいで年末年始は休みに設定されている。
「…でも予定もないしバイトでも嫌じゃないかな…」
年末の自分を想像しながら、依仁はその前に通る、世間一般的なイベントを思い出した。
「クリスマスも?」
「…うん、クリスマスも一日バイトだよ」
困ったように笑う樹野を見て、依仁は自分の中で一瞬想像した予定を掻き消した。
「…そっか、がんばれ」
樹野を見送り窓を閉めていると、勇之がやってきた。
まるで、再会を再現しているようだ。
「依仁じゃん、よく会うね」
「そうだな」
疑いを抱いているせいで、声色にも滲み出してしまう。
「どうしたの?怒ってる?」
「この間も思ったけど、何でここに居んの?」
依仁は勇之の質問には答えず、素直な疑問をぶつけた。
「何でって、このアパートに住んでるからだよ」
「…マジか…」
さらりとされた回答に、依仁だけが勝手に焦る。
樹野と勇之が、同じアパートに住んでいるとの事実があるだけで不安になってくる。
「なに、駄目なの?」
「いや」
「まだ疑ってるでしょ、犯人じゃないかって」
依仁の態度を見て、勇之は直ぐに中にあるものを言い当てて見せた。
勿論の事だが、依仁は目を丸くする。
「…犯人じゃないよ、証拠は用意できないけどね」
不気味な笑顔が零れた。いつもの笑顔は、嘘と本当を見事に濁らせてくる。
依仁は、ただその場を纏める為だけの返事をした。
「…ああ、分かってるよ」
「なら良いんだけど、疑われるのってあまり心地いいものじゃないからさ」
言葉と裏腹の笑顔は、どれだけ凝視しても何も悟らせなかった。
◇
夜の8時30分頃になって、淑瑠と二人でテレビを見ていた鈴夜は、歩への連絡を急に思い出した。
病院に行っていたら申し訳ないという思いから、急いで操作を開始する。
だが、急いでかけた電話は繋がらなかった。恐らくまだ、仕事が終わっていないのだろう。
年明けまで休業させてもらう事にはしたが、今更深い罪悪感が襲ってくる。
それから約1時間後、折り返し電話がかかってきて、何時も通りの優しい声が聞こえて来た。
その頃には、淑瑠は部屋にはいなかった。
鈴夜の部屋には寝具が一つしかなく、流石に冬場の夜は越せないと判断した末の事だ。
鈴夜は無気力ゆえ何も手につかず、布団に潜り込んでいる状態にあった。
≪もしもし、電話出られなくてごめんな、今仕事終わったよ≫
≪…お疲れ様です、すみません…≫
≪気にしなくてもいいよ、それよりどうかしたかな?≫
本来の目的を思い出し、罪悪感に呑まれるのは免れた。
≪あ、あの退院しましたので、連絡を…≫
≪そうか!良かったな!≫
歩の声が跳ねた。喜びが声色から伝わってくる。
≪…ありがとうございます≫
歩の優しさは、痛くなるくらい深い。いつかこの恩返しをしようと、鈴夜は心で何度も誓った。
病院の通信可能エリアにて、一通の電話が繋がっていた。
固定電話を握り締めていたのは、ねいだった。その右手に、メモ帳もボールペンもはない。
「…分かったわ、ありがとう。それじゃああの子は犯人でほぼ確定なのね?」
深刻な表情で、何度も頷く。だが、相手先の声色に深刻さはあまりない。
「じゃあこちらはこちらで調べてみるわ、ありがとう」
ねいは素早く電話を切ると、駆け足で部屋へと戻った。
◇
「眠いの?」
食事を済ませて暫く経過していたが、鈴夜は相変わらず何も話さなかった。いや、話せなかった。
「あ、うん、少し眠ろうかな」
食後の眠い時間である事に続いた不眠が重なって、眠気に襲われていたのも事実だった。
「そっか、じゃあ私はまた部屋に戻っていようかな」
「うん、ごめんね」
淑瑠は、鈴夜が布団に潜り込み眠る姿を見届けてから、また家を出た。
淑瑠が扉の向こうに去って直ぐ、鈴夜は薄く瞳を開いた。
鈴夜は眠っていなかった。眠る振りをしていただけだった。
その後、もう一度依仁に電話したが、仕事中なのか繋がる事はなかった。
酷い疲れを自覚し本当に眠ろうと思い、着信音が邪魔にならないよう鈴夜は携帯をマナーモードに設定した。
だが眠れる筈も無く、暫く目を閉じていたが、突如バイブレーターが鳴り出す。
反射的にボタンを押すと、美音からのメールが受信されていた。
[こんにちは~!早速メールしちゃいました!
でもちゃんと用件があってメールしたんですよ(。-`ω´-)?
先程柚李さんと会いまして、鈴夜さんにお話したい事があるって言っていましたよ!なんだろ~!
今度病院に来る予定とかありますかヽ(*´∀`*)ノ?
その時は是非私も会いたいので、もし宜しければ連絡ください☆]
美音からのメールは、可愛らしく色でデコレーションされていた。女の子らしい印象の画面だ。
ただその内容に引っかかる物があり、素直に和むことが出来なかった。
返信を保留した状態でメールを閉じ、鈴夜はもう一度目を閉じた。
◇
美音は送ったメールを見詰めながら、鈴夜の事を考えていた。
メール見てくれたかなとか、次はいつ会えるのかなとか、乙女のような思考回路になってしまう。
実際、美音は乙女といっても良い年頃だ。だが自分がそんな風に誰かを思うなんて、ありえない話だと思っていた。
「…うーん、これが恋心って奴か…」
美音は、客観的に見た自分と、いつかに流行りに乗って読んだ少女漫画の内容とを、照らし合わせて見極めてみる。
だが、やっぱり少し違う気がした。
昔から自分の¨好き¨は一般とずれていると思っていたが、やはり恋心も少しずれているみたいだ。
いや、これはもしかしたら恋心とは呼ばないのかもしれない。
鈴夜の事がもっと知りたい。もっと色々な顔が見たい。自分の物にしてしまいたい。
そうだ、これは独占欲と言う奴だ。恋を少し超えた恋。
当て嵌まる言葉を見つけて、美音は一人うんうんと頷いた。
◇
樹野は憂鬱だった。仕事に身が入らないほど上の空ではないが、暗い事ばかり考えてしまう。
鈴夜に、自分の辿り着いた答えや見解、可能性を打ち明けて、無理矢理楽になろうとしていた昨日の自分が分からない。
言っても、不安や不快にさせるだけだと、考えれば直ぐ分かるのに、結論を抱えきれなくて話をしてしまった。
今度会えたら、ちゃんと謝ろう。
樹野は、深い申し訳なさを感じながらそう決めた。
◇
鈴夜は、扉が開く音に目を覚ました。考え事をしながらも、いつの間にか眠ってしまったらしい。
今日は、その夢の中でも考え事をしていたが。
時刻を確認しようと携帯を見ると、依仁からの着信履歴が残っていた。また擦れ違いだ。
因みに時刻は、18時になろうとしている所だった。恐らく、夕食にやってきたのだろう。
「あ、ごめん、起こしたね」
「…ううん」
「ご飯食べれる?」
鈴夜は、瞬間的に食事風景を描いたが、どうしても食欲が湧かなかった。眠ったのに、寧ろ疲れている気しかしない。
「……もう少ししたらにする……」
◇
車内にて隣り合う樹野と依仁の脳内は、似たような内容で埋まっていた。それぞれ、言葉を交わさずに黙々考え込む。
だが、静か過ぎる空間に耐えられなくなって、いつもの事だが依仁から切り出した。思考内容からの抜粋は無しで、だ。
「雪、結構溶けたな」
路面は塗れているが、アスファルトの色がもう殆ど露になっている状態だ。
「…あ、うん…そうだね、その内大雪とか降るのかな…?」
「どうだろう?年始とかもバイト入ってんの?」
「…うん、年末年始は忙しいからたくさん入ってるよ。依仁君は?」
サービス業である樹野は、一般企業の休日に当たる日にシフトが組まれている事が多くあった。
「年末年始は短いけど休み、樹野のとこ大変だな」
依仁の勤め先も仕事自体は年がら年中あるが、家庭持ちの人間が多い為、上司の計らいで年末年始は休みに設定されている。
「…でも予定もないしバイトでも嫌じゃないかな…」
年末の自分を想像しながら、依仁はその前に通る、世間一般的なイベントを思い出した。
「クリスマスも?」
「…うん、クリスマスも一日バイトだよ」
困ったように笑う樹野を見て、依仁は自分の中で一瞬想像した予定を掻き消した。
「…そっか、がんばれ」
樹野を見送り窓を閉めていると、勇之がやってきた。
まるで、再会を再現しているようだ。
「依仁じゃん、よく会うね」
「そうだな」
疑いを抱いているせいで、声色にも滲み出してしまう。
「どうしたの?怒ってる?」
「この間も思ったけど、何でここに居んの?」
依仁は勇之の質問には答えず、素直な疑問をぶつけた。
「何でって、このアパートに住んでるからだよ」
「…マジか…」
さらりとされた回答に、依仁だけが勝手に焦る。
樹野と勇之が、同じアパートに住んでいるとの事実があるだけで不安になってくる。
「なに、駄目なの?」
「いや」
「まだ疑ってるでしょ、犯人じゃないかって」
依仁の態度を見て、勇之は直ぐに中にあるものを言い当てて見せた。
勿論の事だが、依仁は目を丸くする。
「…犯人じゃないよ、証拠は用意できないけどね」
不気味な笑顔が零れた。いつもの笑顔は、嘘と本当を見事に濁らせてくる。
依仁は、ただその場を纏める為だけの返事をした。
「…ああ、分かってるよ」
「なら良いんだけど、疑われるのってあまり心地いいものじゃないからさ」
言葉と裏腹の笑顔は、どれだけ凝視しても何も悟らせなかった。
◇
夜の8時30分頃になって、淑瑠と二人でテレビを見ていた鈴夜は、歩への連絡を急に思い出した。
病院に行っていたら申し訳ないという思いから、急いで操作を開始する。
だが、急いでかけた電話は繋がらなかった。恐らくまだ、仕事が終わっていないのだろう。
年明けまで休業させてもらう事にはしたが、今更深い罪悪感が襲ってくる。
それから約1時間後、折り返し電話がかかってきて、何時も通りの優しい声が聞こえて来た。
その頃には、淑瑠は部屋にはいなかった。
鈴夜の部屋には寝具が一つしかなく、流石に冬場の夜は越せないと判断した末の事だ。
鈴夜は無気力ゆえ何も手につかず、布団に潜り込んでいる状態にあった。
≪もしもし、電話出られなくてごめんな、今仕事終わったよ≫
≪…お疲れ様です、すみません…≫
≪気にしなくてもいいよ、それよりどうかしたかな?≫
本来の目的を思い出し、罪悪感に呑まれるのは免れた。
≪あ、あの退院しましたので、連絡を…≫
≪そうか!良かったな!≫
歩の声が跳ねた。喜びが声色から伝わってくる。
≪…ありがとうございます≫
歩の優しさは、痛くなるくらい深い。いつかこの恩返しをしようと、鈴夜は心で何度も誓った。
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