Criminal marrygoraund

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 夜が明けた。目覚めの悪い朝だ。
 また悪夢を見た。様々な不安が混ざった悪夢だ。
 岳も淑瑠も歩も消えてしまうような凄惨な悪夢。絶対に現実では見たくない、悲劇の物語。

 昨日、前を向いて頑張ってみようと決意した矢先、この様である。
 やはり、気持ちを切り替えるのは簡単ではない。寧ろ、深層意識の中では悪化している気までしてくる。

 だが、鈴夜は気持ちを忘れた訳ではなかった。頑張ろうと思った気持ちは、まだ持続している。
 悪夢は心を蝕むが、それでもそのまま考えに浸る事は退けた。

 相変わらず、窓を開くと空気は冷たい。けれどその鋭い冷気がぼんやりとした頭を覚ましてくれて、鈴夜はどうにか悪い夢を振り切る事ができた。


 文字打ちする緑の背後には、今日も美音の姿があった。ここ最近、頻繁に来ている。
 だが、家での状況を何一つ話さないし、それどころか自分の周りで起きた出来事でさえ殆ど話そうとしなかった為、美音がどんな心境で姿を現しているのか分からなかった。

「ねぇねぇ緑―、これ教えて」

 美音は机の上を占領していた物を退かし、場所を確保してその狭いスペースで勉強していた。

「後でな」

 パソコンから目を動かす事無く、返事を返す。

「えー、今教えてよ分かんない」
「…学校には行かないのか?」

 緑は溜め息を吐きながらもパソコンをスリープし、椅子を回し美音の方を向いた。

「嫌だよ、だって楽しくないし。緑といる方が楽しい」

 緑は美音が心配だった。
 美音は中学3年生で、もう直ぐ受験をしなくてはならない筈だ。だが勿論、受験に関しても何一つ話してくれない。聞いてもいつも濁すだけだ。

「…せめて保健室でもいいから行っておいたほうがいいんじゃないか?親は大丈夫なのか?」
「もー、緑心配しすぎ!大丈夫だよ、お母さんは学校行ってると思ってるし、ばれなければ大丈夫だって!上手くやるから心配しないで!」
「…そういうことじゃなくて」

 平日に毎日制服を来ていた為、見繕っている事はなんとなく推測済みだ。
 緑は違う理由で学校に行けといっているのだが、相変わらず受け入れる気はないようだ。

「それよりここ!教えて!」

 緑は渋々場所を空け、広げられた教科書と文字の綴られたノートを覗き見た。


 年末年始の纏まった休日の前に、片付けなければならない仕事が山積みになっていて、歩は今日も大忙しだった。

 実は、昨日も本来ならば休日であった所を、休みを返上して勤務していた。
 それでも会社単位で仕事が遅れているらしく、忙しい職場内は中々落ち着きを見せなかった。


 鈴夜は岳同様、引きこもっていないで先ずは外へ一歩踏み出してみようと考えた。
 勿論、始めから一人で外出するのは勇気が必要だったため、淑瑠に横に居て貰い外出する事にした。

 手始めに、近場のコンビニを目的に据えた。だが、思ったよりも恐怖に襲われ、想像よりも困難であった事に失望してしまう。
 淑瑠は鈴夜の固くなった表情を見守りながら、手が触れるくらい隣に付いて歩いた。

 鈴夜は周辺に警戒しながら、早歩きしたい気持ちを堪えて歩く。
 平日であることと、それぞれが家に篭りやすい時間帯なのか、人は殆どいなかった。それでも時々、気配を感じては振り向かないよう何度も我慢した。

「鈴夜見て、トナカイ」
「えっ?」

 緊張から俯き気味だった鈴夜が、唐突なその名称に顔を上げると、淑瑠が民家を指差していた。
 そこには、電球と電線で形作られたトナカイがあった。電源は切られているのか、光は放っていなかった。
 どうやら家の主は、イルミネーションを飾りっぱなしにしているらしい。

「あっちはウサギ…かな?」

 ウサギに見えなくもない形に、淑瑠が面白さからの笑い声を上げた。
 鈴夜はその自然な笑顔に、少し引き攣りつつも笑い返した。


 本日、樹野は休みだった。
 年末は本格的に仕事が入っていて、纏まった休日が取れるのは今日が最後になるだろう。
 故に、大掃除を施行する事にした。
 キッチンや風呂場などよく使う場所の、普段は中々手が回らない箇所を掃除してみる事にした。


 目標であるコンビニに着いた物の、入る勇気は無く、そのまま踵を返した。
 不図、後ろからの気配に気付く。
 ふっと振り向くと、勇之がニコニコして手を振っていた。

「久しぶり鈴夜くん、淑瑠も」

 鈴夜は、依仁の注意を思い出した。無意識に警戒してしまう。

「…勇之、久しぶり」

 淑瑠も、知り合いに遭遇した割には固い表情を浮かべている。依仁との相対時よりは酷くはないが、良い関係だったとは考え辛い表情だ。

「どうしたの?二人とも入らないの?」

 勇之の手にぶら下がるレジ袋の中には、コンビニで購入したであろうサンドイッチとカフェオレと煙草がある。
 恐らく、出てきた所で姿を目にし、声をかけてきたのだろう。
 答えを戸惑う鈴夜の代わりに、淑瑠が回答した。

「今日は散歩してるだけだからね」
「そう、鈴夜くん調子よくなったみたいだね」

 にっこりと浮かべた笑顔は、やっぱりどこか不気味だ。いや、不敵な笑顔という表現も合っているかもしれない。

「…えっと、どうも…」
「仕事やめたの?」
「…いえ、今はまだ少し休ませてもらってます」

 歩の報告だと、恐らく勇之は軽い事故にあったと聞いている筈だ。頻繁に出入りしていると思われる勇之なら、自分が長い事休んでいる事を―――その理由を知っていても可笑しくはないだろう。

「そう、仕事場で会えるの楽しみにしてるよ、またね」

 勇之は反対方向へ向かうらしく、背を向け手を振り去っていった。
 淑瑠もその背を、じっと見詰めていた。
 そして、完全に去ったのを確信すると小さく零す。

「………同僚…みたいなもの…?」
「……えっと、取引先相手の人だよ…」
「そっか、仕事してたんだ…」

 意外なポイントに驚いたのはさておき、鈴夜も淑瑠と同じ疑問を抱いていた。

「…淑兄も知り合い?」
「うん、まぁ小中と学校一緒ってだけだよ」

 淑瑠の表情から固さは消えていた。何時もの柔らかな淑瑠だ。

「…そっか」

 次々と繋がる関係性に、鈴夜は不安の種がまた一つ芽生えるのを感じた。


 一通り掃除を終えて、樹野は押入れの中の物を整理整頓していた。ずっと仕舞いっ放しで、見る事さえ忘れていた物がたくさんあり、この際処分しようと思い立ったのだ。

 まず目に付いたのは、奥に仕舞われているのにも関わらず存在感を放つアルバムだった。
 アルバムに挟んである写真の数々を思い出し、手に取る事を少し躊躇ったが、それらを引き出した。

 まず、適当に一冊開くと、小さい頃の自分が映った写真があった。今は遠くに住む父親と母親と、今一緒に暮らしている愛犬の母親犬と、幼い自分が映る写真だ。懐かしい。
 だが樹野は、その写真に暖かさを感じなかった。寧ろ、嫌な思い出が浮かんできた。

 次々と開いてゆくと、入学式の写真が目に止まった。一つ年上で一年早く入学した依仁と、並んで映る自分の姿だ。
 嬉しそうに笑っている自分の表情を見て、樹野は胸の痛みを覚えた。

 その後も、幾つもの学校行事の度に、撮影された写真が何枚も飾られていた。一年を巡り思い返す事が出来るくらい、たくさんの写真だ。
 それは時を経るごとに、一緒に映る人数が増えていっていた。そこには、幼い頃の大智や、岳、淑瑠の姿もあった。
 その他にも何人もの人間がいたが、樹野が2年生になる頃には特定の人間ばかりが映るようになっていた。

 開いていったページは、中途半端なところで真っ白なり終わっていた。
 あと何十枚も貼れるだけの余白を残し、使われなくなったアルバムを見て、樹野は思わず泣いてしまった。


 鈴夜は家に辿り着くと、大きく溜め息を吐いた。

「鈴夜、大丈夫?」
「…うん、大丈夫だよ、付き合ってくれてありがとう」

 予想以上の恐怖感に失望も抱きながら、自分の頑張りに対する達成感もあり、鈴夜は複雑な気持ちに駆られていた。だが、

「ううん、頑張ったね」

 と称賛を受け、鈴夜は昨日の気持ちを思い出した。
 新しい不安は芽を出し、上へと伸びようとしている。
 けれど、年始には復帰するという歩との口約束も、普通に戻って生活するという願いも、叶える為にはその気持ちを固く守り続けなければならないのだ。
 鈴夜は、良い方向へと気持ちを傾ける事に力を注いだ。


 夜中、依仁はベッドから飛び起きていた。眠ろうとした瞬間に、昨日見た文章と合致するシーンを思い出したのだ。
 同僚と飲みに行った日の帰り、自分は書き込みと似た状況を見ていた。

 そう、飛翔達の向かおうとしていた先に、事件現場があると今になって気付いたのだ。
 そもそも場所の件を除外しても、あの時間に外に出ているなんて明らかに不審だろう。

 書き込みのせいで先入観を抱いているとも考えたが、依仁の中からどうしてもあの光景が拭えなくなっていた。
 故に、明日仕事が終わったら病院へ行って、あの不審な二人の調査をしてみようと決めた。
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