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また1人きりの毛布の中、深く考え事をしながら長い夜は開けた。久しぶりに全く眠れなかった。
明日は一月一日である。
また何も成さないままで、一年が巡ってしまった。
だが、今年の締めくくりは、去年と比例して大分と状況が変化した。経過は、平凡な日常を連れ去っていってしまった。
飛翔の事を考えると同時に、意識的に思い出した大智との思い出を振り返り、気持ちが暗くなるのが分かる。
大智がいなくなって、早2月ほどが経過した。
その間にもたくさんの出来事があって、それはまだ終わらないままだ。
凜の出来事も、依仁と交わした話も、岳の表情の変化も、歩の優しさも、淑瑠の大切さも、自分の脆さや弱さも、色々な事を知ったふたつきだった。
もう戻らない、記憶の中に残る沢山の大智の笑顔が曇る。
純粋な気持ちで笑いあっていたあの日々を、また白い心で思い出せる日が来るのだろうかと、鈴夜は見えない未来に涙した。
「おはよう鈴夜」
声が聞こえてきて漸く、時間の経過を実感した。無意識の内に、随分と頭を悩ませてしまっていたらしい。
「…あ、おはよう淑兄…」
淑瑠は、僅かにだが瞼を晴らしている鈴夜を見て、小さく尋ねる。
「…また考え事してたの?」
「………うん、大智の事思い出してた」
他の出来事は端折って、大智の事だけを口にした。それ位なら、淑瑠に委ねてもいいだろう。
「…そっか、鈴夜もなんだ」
「…淑兄も?」
淑瑠が一瞬、自分の頭に手を置こうとして止めたように見えたが、きっと違ったのだろうと大して気にはしなかった。
「…うん」
淑瑠も、大智の事を考えていた。
今日に限らず、気持ちの空きを見つけると無意識に考えてしまう事がよくあった。
基本的には鈴夜への心配が心を埋めていたが、その中で急に現れたりするのだ。
淑瑠はその流れで、何度か考えた予定を小さく提案する。
勿論、まだ消えない傷を見せる鈴夜の前で、声にするのに抵抗感はあった。
「………ちゃんと気持ちが落ち着いたら、二人で墓参りに行こうか」
鈴夜は、現実感に胸が引き裂かれそうになった。
墓石の前に立ってしまったら、嫌でも¨死¨を認めなければならない気がする。
「…何年後になってもいいから、元気でやってるよって報告をしよう、楽しい事を色々話そう」
だが付け足された言葉に、鈴夜はまた別の感情が昂ぶるのを覚えた。込められた気持ちが前を向いていた事に、鈴夜は感化され思う。
「……うん、そうだね…」
そうだ、このままではいけない。
このまま悩み、苦しみ、記憶の中の大智の顔をも曇らせてはいけない。
「…大智に元気だよって僕も言いたい…」
大きな花束と、心からの笑顔を持って。
鈴夜は想像して、小さく笑ってみせた。
食事中、鈴夜の携帯が受信し、着信音を鳴らした。画面には¨折原歩¨と表示されている。
驚きつつ、反射的に受話すると、柔らかな声が聞こえて来た。
≪もしもし鈴夜くん、急にごめんね≫
元気そうな語気に、ほっとする。
「…あ、いえ、もう大丈夫そうですか?」
≪うん、今病院出たんだ、それを伝えたくてね、電話した≫
所謂これは退院の報告だろう。歩の状態は良好みたいだ。
「…本当ですか、良かったです」
≪休み中、また鈴夜くんの所に行ってもいいかな?≫
「…喜んで」
≪ありがとう、じゃあ向かう時は電話入れるな≫
倒れたと言っていたのが嘘のように、歩の声色は溌剌としていた。
「はい、ではお大事に」
≪ああ、良いお年を≫
「…あ、はい、良いお年を…」
年を明けやってきた次の年こそは、平凡がこの手に戻っていますように。
鈴夜は言いながら、強く願った。
◇
岳の元にメールが入った。勿論志喜からのものだ。
タイトルは無く、本文にはただ一言、
[明日初詣行かない?]
との文字があった。
岳は始めて行く場所に、そして恐らく賑わしくなる空気に少しばかり不安を覚えたが、向かう気持ちは不安を飲み込んだ。
[お願いします]
楽しみも詰まった期待と、形の見えない不安を胸に、岳は携帯を見詰め微笑んだ。
不図、岳は気付く。
自分がこんなに、幸せな気持ちを味わっても良いのだろうかと。
携帯の画面右下には、サイトへ直ぐ飛ぶ為のアイコンが表示されている。
岳は現実を見たいような、けれど見てしまってはいけないような葛藤に駆られた。
末に、そのアイコンを消す選択を選んだ。
◇
美音から見た柚李は、酷く疲れていた。部屋の前の長椅子に浅く腰掛けたまま、目の下に隈を浮かべ俯いている。
きっと昨日も、眠れなかったのだろう。
因みに今朝方、集中治療室から移動し、元いた部屋に飛翔達は戻ってきていた。
「……柚李さん大丈夫?」
「あ、美音さん、来られていたのですか、大丈夫ですよ」
存在に気付き困り笑う柚李に、それ以上何も言えず美音は横に深く腰掛けた。
「…やっぱり飛翔君が死んじゃったら悲しい?」
「…え?急にどうしたんですか?」
柚李は、質問の根本が読み取れず戸惑う。
それに、質問自体が邪道だ。
「…ううん、何と無くなんだけど…」
「悲しいですよ、美音さんは居ませんか?そういう人?」
柚李から見た美音は、とても優しくいい子ではあるのだが、大きく何かに欠けている印象だった。
「…うーん」
「ご友人でなくとも、ご家族の方とか…」
「…そうだな、お母さんとお父さんは別に…」
「…えっと、じゃあ好きな方とか…」
美音は、頬を赤く染めた。
非道な答えの後の少女らしい表情の変化に、柚李はどこと無く安心感を抱いてしまった。
「え、えっと…」
「柚李ちゃん、飛翔君眠ってくれたよ」
「あっ、はい!」
囁く声の方に目を向けると、音も無く扉を開いた先、あの担当医が立っていた。医師も、酷く疲れた顔をしている。
「…先生も大丈夫…?」
美音は、柚李より先に腰を浮かせていた。医師は目の前の美音に、にっこりと愛想よく微笑んだ。
しかし美音には、それが作り物だと直ぐに分かった。
「…飛翔君、寝てくれなかったんですか?」
「…まぁね、じゃあ僕は仕事に戻るから、美音ちゃんいいかな?」
敢えて柚李とは言わずに美音といった医師の真意を、何と無く読み取った美音は確りと頷く。
「私、飛翔君ちゃんと見てます!」
真っ直ぐ揃え、伸ばした指先を額に宛てると、柚李を誘わず美音は部屋へと入室した。
柚李も、自分の為を思い一人で入ったであろう美音の配慮を感じながらも、やはり心配で後に付いていった。
◇
簡単に考え方は改まらないようで、その後も鈴夜はずっと溢れ出してくる葛藤と戦いを続けていた。
元の生活へと戻る為には、この一件も、自分の中で上手いこと整理する必要があるだろう。
その為にも、心から飛翔を許すのは必須事項である。
「テレビ賑わしいね」
年始を迎える為の特番が数多く汲まれていて、箱の中は何時もより浮かれた空気が広がっている。どこにチャンネルを合わせても、大体空気は変わらない。
「…年末だね」
「え、うん?」
唐突にそんな当然の事を吐いて来るものだから、鈴夜は疑問符しか浮かべられなかった。
「明日から新しい年になるんだね」
「…う、うん」
淑瑠自体も様々な課題と向き合っていて、ゆっくりと一般の空気を感じる暇が取れていなかった。
その為、箱の雰囲気を浴びて、今更年末なんだと実感していた所だ。
「来年はどんな年にしたい?」
箱の中で賑やかな笑顔と共に交わされる恒例の会話に、淑瑠は自然と乗っかっていた。
今は少し辛くても、鈴夜の行く道にたくさんの希望を据えておきたいと思った。
平凡な、有触れた未来へ向かう為に。
「…えっと、そうだな…」
鈴夜は正直、困惑しか出てこなかった。
去年なら、有触れた未来に対し、少し無茶な願いを掲げる事も出来ていただろう。冗談半分での発言も出来ただろう。
でも、今は。
「…いい年にしたい」
状況の全く違う、どこかの誰かも口にしていそうな台詞の奥に、鈴夜は深い深い気持ちを織り込んだ。
何にも怯えなくても、大きな悲しみを味わわなくても、過ごしてゆけるような日々に帰れますように。
少なくとも、知っている人々皆が、何気ない日常を過ごし純粋な気持ちで笑顔を浮かべられる、そんな日々が訪れますように。
この町に、一日でも早く安心が戻りますように。
「そうだね、私も同じだよ」
淑瑠が、にっこりと微笑む。
「来年は良い年になりますように」
明日は一月一日である。
また何も成さないままで、一年が巡ってしまった。
だが、今年の締めくくりは、去年と比例して大分と状況が変化した。経過は、平凡な日常を連れ去っていってしまった。
飛翔の事を考えると同時に、意識的に思い出した大智との思い出を振り返り、気持ちが暗くなるのが分かる。
大智がいなくなって、早2月ほどが経過した。
その間にもたくさんの出来事があって、それはまだ終わらないままだ。
凜の出来事も、依仁と交わした話も、岳の表情の変化も、歩の優しさも、淑瑠の大切さも、自分の脆さや弱さも、色々な事を知ったふたつきだった。
もう戻らない、記憶の中に残る沢山の大智の笑顔が曇る。
純粋な気持ちで笑いあっていたあの日々を、また白い心で思い出せる日が来るのだろうかと、鈴夜は見えない未来に涙した。
「おはよう鈴夜」
声が聞こえてきて漸く、時間の経過を実感した。無意識の内に、随分と頭を悩ませてしまっていたらしい。
「…あ、おはよう淑兄…」
淑瑠は、僅かにだが瞼を晴らしている鈴夜を見て、小さく尋ねる。
「…また考え事してたの?」
「………うん、大智の事思い出してた」
他の出来事は端折って、大智の事だけを口にした。それ位なら、淑瑠に委ねてもいいだろう。
「…そっか、鈴夜もなんだ」
「…淑兄も?」
淑瑠が一瞬、自分の頭に手を置こうとして止めたように見えたが、きっと違ったのだろうと大して気にはしなかった。
「…うん」
淑瑠も、大智の事を考えていた。
今日に限らず、気持ちの空きを見つけると無意識に考えてしまう事がよくあった。
基本的には鈴夜への心配が心を埋めていたが、その中で急に現れたりするのだ。
淑瑠はその流れで、何度か考えた予定を小さく提案する。
勿論、まだ消えない傷を見せる鈴夜の前で、声にするのに抵抗感はあった。
「………ちゃんと気持ちが落ち着いたら、二人で墓参りに行こうか」
鈴夜は、現実感に胸が引き裂かれそうになった。
墓石の前に立ってしまったら、嫌でも¨死¨を認めなければならない気がする。
「…何年後になってもいいから、元気でやってるよって報告をしよう、楽しい事を色々話そう」
だが付け足された言葉に、鈴夜はまた別の感情が昂ぶるのを覚えた。込められた気持ちが前を向いていた事に、鈴夜は感化され思う。
「……うん、そうだね…」
そうだ、このままではいけない。
このまま悩み、苦しみ、記憶の中の大智の顔をも曇らせてはいけない。
「…大智に元気だよって僕も言いたい…」
大きな花束と、心からの笑顔を持って。
鈴夜は想像して、小さく笑ってみせた。
食事中、鈴夜の携帯が受信し、着信音を鳴らした。画面には¨折原歩¨と表示されている。
驚きつつ、反射的に受話すると、柔らかな声が聞こえて来た。
≪もしもし鈴夜くん、急にごめんね≫
元気そうな語気に、ほっとする。
「…あ、いえ、もう大丈夫そうですか?」
≪うん、今病院出たんだ、それを伝えたくてね、電話した≫
所謂これは退院の報告だろう。歩の状態は良好みたいだ。
「…本当ですか、良かったです」
≪休み中、また鈴夜くんの所に行ってもいいかな?≫
「…喜んで」
≪ありがとう、じゃあ向かう時は電話入れるな≫
倒れたと言っていたのが嘘のように、歩の声色は溌剌としていた。
「はい、ではお大事に」
≪ああ、良いお年を≫
「…あ、はい、良いお年を…」
年を明けやってきた次の年こそは、平凡がこの手に戻っていますように。
鈴夜は言いながら、強く願った。
◇
岳の元にメールが入った。勿論志喜からのものだ。
タイトルは無く、本文にはただ一言、
[明日初詣行かない?]
との文字があった。
岳は始めて行く場所に、そして恐らく賑わしくなる空気に少しばかり不安を覚えたが、向かう気持ちは不安を飲み込んだ。
[お願いします]
楽しみも詰まった期待と、形の見えない不安を胸に、岳は携帯を見詰め微笑んだ。
不図、岳は気付く。
自分がこんなに、幸せな気持ちを味わっても良いのだろうかと。
携帯の画面右下には、サイトへ直ぐ飛ぶ為のアイコンが表示されている。
岳は現実を見たいような、けれど見てしまってはいけないような葛藤に駆られた。
末に、そのアイコンを消す選択を選んだ。
◇
美音から見た柚李は、酷く疲れていた。部屋の前の長椅子に浅く腰掛けたまま、目の下に隈を浮かべ俯いている。
きっと昨日も、眠れなかったのだろう。
因みに今朝方、集中治療室から移動し、元いた部屋に飛翔達は戻ってきていた。
「……柚李さん大丈夫?」
「あ、美音さん、来られていたのですか、大丈夫ですよ」
存在に気付き困り笑う柚李に、それ以上何も言えず美音は横に深く腰掛けた。
「…やっぱり飛翔君が死んじゃったら悲しい?」
「…え?急にどうしたんですか?」
柚李は、質問の根本が読み取れず戸惑う。
それに、質問自体が邪道だ。
「…ううん、何と無くなんだけど…」
「悲しいですよ、美音さんは居ませんか?そういう人?」
柚李から見た美音は、とても優しくいい子ではあるのだが、大きく何かに欠けている印象だった。
「…うーん」
「ご友人でなくとも、ご家族の方とか…」
「…そうだな、お母さんとお父さんは別に…」
「…えっと、じゃあ好きな方とか…」
美音は、頬を赤く染めた。
非道な答えの後の少女らしい表情の変化に、柚李はどこと無く安心感を抱いてしまった。
「え、えっと…」
「柚李ちゃん、飛翔君眠ってくれたよ」
「あっ、はい!」
囁く声の方に目を向けると、音も無く扉を開いた先、あの担当医が立っていた。医師も、酷く疲れた顔をしている。
「…先生も大丈夫…?」
美音は、柚李より先に腰を浮かせていた。医師は目の前の美音に、にっこりと愛想よく微笑んだ。
しかし美音には、それが作り物だと直ぐに分かった。
「…飛翔君、寝てくれなかったんですか?」
「…まぁね、じゃあ僕は仕事に戻るから、美音ちゃんいいかな?」
敢えて柚李とは言わずに美音といった医師の真意を、何と無く読み取った美音は確りと頷く。
「私、飛翔君ちゃんと見てます!」
真っ直ぐ揃え、伸ばした指先を額に宛てると、柚李を誘わず美音は部屋へと入室した。
柚李も、自分の為を思い一人で入ったであろう美音の配慮を感じながらも、やはり心配で後に付いていった。
◇
簡単に考え方は改まらないようで、その後も鈴夜はずっと溢れ出してくる葛藤と戦いを続けていた。
元の生活へと戻る為には、この一件も、自分の中で上手いこと整理する必要があるだろう。
その為にも、心から飛翔を許すのは必須事項である。
「テレビ賑わしいね」
年始を迎える為の特番が数多く汲まれていて、箱の中は何時もより浮かれた空気が広がっている。どこにチャンネルを合わせても、大体空気は変わらない。
「…年末だね」
「え、うん?」
唐突にそんな当然の事を吐いて来るものだから、鈴夜は疑問符しか浮かべられなかった。
「明日から新しい年になるんだね」
「…う、うん」
淑瑠自体も様々な課題と向き合っていて、ゆっくりと一般の空気を感じる暇が取れていなかった。
その為、箱の雰囲気を浴びて、今更年末なんだと実感していた所だ。
「来年はどんな年にしたい?」
箱の中で賑やかな笑顔と共に交わされる恒例の会話に、淑瑠は自然と乗っかっていた。
今は少し辛くても、鈴夜の行く道にたくさんの希望を据えておきたいと思った。
平凡な、有触れた未来へ向かう為に。
「…えっと、そうだな…」
鈴夜は正直、困惑しか出てこなかった。
去年なら、有触れた未来に対し、少し無茶な願いを掲げる事も出来ていただろう。冗談半分での発言も出来ただろう。
でも、今は。
「…いい年にしたい」
状況の全く違う、どこかの誰かも口にしていそうな台詞の奥に、鈴夜は深い深い気持ちを織り込んだ。
何にも怯えなくても、大きな悲しみを味わわなくても、過ごしてゆけるような日々に帰れますように。
少なくとも、知っている人々皆が、何気ない日常を過ごし純粋な気持ちで笑顔を浮かべられる、そんな日々が訪れますように。
この町に、一日でも早く安心が戻りますように。
「そうだね、私も同じだよ」
淑瑠が、にっこりと微笑む。
「来年は良い年になりますように」
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