99 / 245
1/6
しおりを挟む
はっとなり目を開くと、見慣れた白い天井があった。
目の前に、憂いと安堵を帯びた淑瑠の顔が現れる。
「鈴夜!良かった!」
まだ、夢の中にいるみたいだ。
けれど、痛いほどに強く胸を締め付けてくる光景を、よく覚えている。
上体を起こし辺りを見回すも、そこは先程とは違う部屋だった。
似ているのに違う部屋。淑瑠の他には誰も居ない、静かすぎる部屋。
「……………飛翔君は…?」
尋ねた直後、淑瑠の瞳が一瞬潤んだように見えた。だが、確かめる前に抱きすくめられてしまった。
だが鈴夜は、表情を変えなかった。心は戻らず、ただ抱かれるままで抱き返す事も出来ない。だが、
「……………落ち着いて聞いて、飛翔君は亡くなったよ」
静かな静かな声が耳を突いた時、やっと、あの出来事が紛れもない現実だったのだと実感した。
淑瑠の服に、熱い涙が滲んだ。それは瞬く間に広がってゆく。
鈴夜が堪えきれない嗚咽を鳴らす中で、淑瑠は何も言わず右手で後ろ髪を撫でた。
◇
深夜、病院から呼び出されたねいは、幾人かの仲間と共に早速捜査をしていた。
泉は医師に手錠をかけ、パトカーに乗せ、警察署まで連行中だ。
ねい達がやってきた時、医師の状態はとても落ち着いていた。殺人した人間の顔だとは到底思えなかった。
「……不快…」
ねいの呟きを聞きながらも、隣にいた同僚は何一つ返事をしなかった。
現場はとても綺麗で、調べる箇所は殆どなかった。感じた事を一応メモに記し、何枚か写真を撮る。
「話を聞いてくるから少し外すわ」
同僚は顔を上げて頷き、また同じ姿勢へと戻った。
廊下に顔を出すと、長椅子に柚李が座っていた。見えない何かを見詰めるかの如く、強い瞳で真っ直ぐ前を向いている。
警官達は皆、部屋の中か署で、患者達は部屋で睡眠中であり、他に人影は無かった。
「泉戸さんのところには行かなくてもいいの?」
「…ねいさん…」
顔を上げた柚李は、意外にも普段通りの顔をしていた。
「可笑しな顔するのね」
だがそれは、誰が見ても現状にそぐわない顔だと言うだろう。
「…まぁあの…、…実感が湧かないって言うか…なんでしょうね…確かに見たんですが…」
「もういいの?会えなくなるわよ?」
「……そう、ですね」
ねいは、似たような光景を思い出していた。
あの日は自分が、柚李の立場だった。幼い自分は泣きじゃくり、面会を拒んでしまった。
「¨友達¨なんでしょう」
「…えぇ、そうですね…行って来ます…」
柚李の後ろ姿を見て、ねいは小さく舌打ちした。
◇
「……嗚呼、分かったよ、無理しないように言っておいてくれるかな」
淑瑠は鈴夜の携帯を借り、通信可能エリアにて連絡を入れていた。相手先は歩だ。
ナースに聞いた話を、そのまま歩に伝えておいた。
電話越しの歩は、とても残念そうな声で悲しさを醸していた。
部屋に戻っても、鈴夜は真っ直ぐ窓の向こうを見詰めたままだ。その顔は酷く深刻そうで、見ていて居た堪れなくなる。
「…鈴夜、お腹すかない?」
淑瑠はただ、思考を遮りたい一心で声をかけた。追い詰める事も無く、不自然でもない台詞を選んだつもりだ。
「…え、あ、うん…今はちょっと…」
放心していたのか、鈴夜はぼんやりとしていた。
「そう、お腹すいたら言ってね」
「…ありがとう…」
淑瑠と話をしているのに、現実味がない。
分かっているのに、ちゃんと受け止めてこんなにも悲しいと感じているのに、どこかでまだ、自分が見たものは幻なのではないかと疑っている。
これが、現実逃避というやつなのだろうか。
目にも記憶にも、あの数秒間が嫌になる位鮮明に焼き付いている。
何度も光景を巡らせていると、また涙が出てきた。
「鈴夜?」
「………ちょっとお手洗い行って来る…」
「え?あ、うん」
淑瑠は、様子の可笑しさに懸念したが、行動を監視するのも悪いと思い、素直に受け入れる選択をした。
淑瑠の了承をもらうと、直ぐに鈴夜は一人、ふらふらと部屋を出た。
◇
依仁は、サイトのトップページで何気なく見つけたニュースに目を奪われていた。
概要が簡単に説明されているページへと移った瞬間、知ってしまった。
飛翔の死を。
だが依仁は、その意外な死因と犯人に思わず眉を顰めていた。
予想していたものと、大きく違っていたのだ。
あの日目にした光景から、飛翔が死ぬとしたら絶対にあの人物が手を下すと思っていたのに。
不図、依仁は気付く。
心から、飛翔の死を、不幸を望んでいた筈なのに、気持ちに活気が生まれない。寧ろ不快だ。
最期に飛翔に会ったあの日も、彼の不幸をこの目で見た筈なのに、この手で感じた筈なのに、自分の中に喜びと言う感情は生まれなかった。
大智の仇討ちを叶えたのに喜べない事が妙に気持ち悪くて、依仁は無意識に握り拳で強く壁を叩いていた。
◇
眠る飛翔は、とても安らかな顔をしていた。自分が最後に、事件の起こる前に見ていた苦しい表情とは真逆の物だ。
柚李は俯き、目元に影を浮かべた状態でとぼとぼ歩きながら、先程見た死に顔を思い出していた。
彼にとってはこれで良かったのだと、自分に何度も言い聞かせる。
死ぬ前の数秒間は、とても辛く苦しかっただろう。でも、先を考えればこれで良かったんだ。
彼の為にも、自分の為にも。
柚李は顔を上げ、これからの未来を見据えるように強く、睨み付けるような瞳で真っ直ぐ前を見た。
目の前に、憂いと安堵を帯びた淑瑠の顔が現れる。
「鈴夜!良かった!」
まだ、夢の中にいるみたいだ。
けれど、痛いほどに強く胸を締め付けてくる光景を、よく覚えている。
上体を起こし辺りを見回すも、そこは先程とは違う部屋だった。
似ているのに違う部屋。淑瑠の他には誰も居ない、静かすぎる部屋。
「……………飛翔君は…?」
尋ねた直後、淑瑠の瞳が一瞬潤んだように見えた。だが、確かめる前に抱きすくめられてしまった。
だが鈴夜は、表情を変えなかった。心は戻らず、ただ抱かれるままで抱き返す事も出来ない。だが、
「……………落ち着いて聞いて、飛翔君は亡くなったよ」
静かな静かな声が耳を突いた時、やっと、あの出来事が紛れもない現実だったのだと実感した。
淑瑠の服に、熱い涙が滲んだ。それは瞬く間に広がってゆく。
鈴夜が堪えきれない嗚咽を鳴らす中で、淑瑠は何も言わず右手で後ろ髪を撫でた。
◇
深夜、病院から呼び出されたねいは、幾人かの仲間と共に早速捜査をしていた。
泉は医師に手錠をかけ、パトカーに乗せ、警察署まで連行中だ。
ねい達がやってきた時、医師の状態はとても落ち着いていた。殺人した人間の顔だとは到底思えなかった。
「……不快…」
ねいの呟きを聞きながらも、隣にいた同僚は何一つ返事をしなかった。
現場はとても綺麗で、調べる箇所は殆どなかった。感じた事を一応メモに記し、何枚か写真を撮る。
「話を聞いてくるから少し外すわ」
同僚は顔を上げて頷き、また同じ姿勢へと戻った。
廊下に顔を出すと、長椅子に柚李が座っていた。見えない何かを見詰めるかの如く、強い瞳で真っ直ぐ前を向いている。
警官達は皆、部屋の中か署で、患者達は部屋で睡眠中であり、他に人影は無かった。
「泉戸さんのところには行かなくてもいいの?」
「…ねいさん…」
顔を上げた柚李は、意外にも普段通りの顔をしていた。
「可笑しな顔するのね」
だがそれは、誰が見ても現状にそぐわない顔だと言うだろう。
「…まぁあの…、…実感が湧かないって言うか…なんでしょうね…確かに見たんですが…」
「もういいの?会えなくなるわよ?」
「……そう、ですね」
ねいは、似たような光景を思い出していた。
あの日は自分が、柚李の立場だった。幼い自分は泣きじゃくり、面会を拒んでしまった。
「¨友達¨なんでしょう」
「…えぇ、そうですね…行って来ます…」
柚李の後ろ姿を見て、ねいは小さく舌打ちした。
◇
「……嗚呼、分かったよ、無理しないように言っておいてくれるかな」
淑瑠は鈴夜の携帯を借り、通信可能エリアにて連絡を入れていた。相手先は歩だ。
ナースに聞いた話を、そのまま歩に伝えておいた。
電話越しの歩は、とても残念そうな声で悲しさを醸していた。
部屋に戻っても、鈴夜は真っ直ぐ窓の向こうを見詰めたままだ。その顔は酷く深刻そうで、見ていて居た堪れなくなる。
「…鈴夜、お腹すかない?」
淑瑠はただ、思考を遮りたい一心で声をかけた。追い詰める事も無く、不自然でもない台詞を選んだつもりだ。
「…え、あ、うん…今はちょっと…」
放心していたのか、鈴夜はぼんやりとしていた。
「そう、お腹すいたら言ってね」
「…ありがとう…」
淑瑠と話をしているのに、現実味がない。
分かっているのに、ちゃんと受け止めてこんなにも悲しいと感じているのに、どこかでまだ、自分が見たものは幻なのではないかと疑っている。
これが、現実逃避というやつなのだろうか。
目にも記憶にも、あの数秒間が嫌になる位鮮明に焼き付いている。
何度も光景を巡らせていると、また涙が出てきた。
「鈴夜?」
「………ちょっとお手洗い行って来る…」
「え?あ、うん」
淑瑠は、様子の可笑しさに懸念したが、行動を監視するのも悪いと思い、素直に受け入れる選択をした。
淑瑠の了承をもらうと、直ぐに鈴夜は一人、ふらふらと部屋を出た。
◇
依仁は、サイトのトップページで何気なく見つけたニュースに目を奪われていた。
概要が簡単に説明されているページへと移った瞬間、知ってしまった。
飛翔の死を。
だが依仁は、その意外な死因と犯人に思わず眉を顰めていた。
予想していたものと、大きく違っていたのだ。
あの日目にした光景から、飛翔が死ぬとしたら絶対にあの人物が手を下すと思っていたのに。
不図、依仁は気付く。
心から、飛翔の死を、不幸を望んでいた筈なのに、気持ちに活気が生まれない。寧ろ不快だ。
最期に飛翔に会ったあの日も、彼の不幸をこの目で見た筈なのに、この手で感じた筈なのに、自分の中に喜びと言う感情は生まれなかった。
大智の仇討ちを叶えたのに喜べない事が妙に気持ち悪くて、依仁は無意識に握り拳で強く壁を叩いていた。
◇
眠る飛翔は、とても安らかな顔をしていた。自分が最後に、事件の起こる前に見ていた苦しい表情とは真逆の物だ。
柚李は俯き、目元に影を浮かべた状態でとぼとぼ歩きながら、先程見た死に顔を思い出していた。
彼にとってはこれで良かったのだと、自分に何度も言い聞かせる。
死ぬ前の数秒間は、とても辛く苦しかっただろう。でも、先を考えればこれで良かったんだ。
彼の為にも、自分の為にも。
柚李は顔を上げ、これからの未来を見据えるように強く、睨み付けるような瞳で真っ直ぐ前を見た。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
1
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる