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涙は止まらないままで、夜が明けた。
淑瑠がやってきても、ほぼうつ伏せ状態になり、眠った振りをして泣き顔を誤魔化した。
その為、顔を見せた時には、何時も通りの笑顔を浮かべてくれた。
◇
歩は、飛翔が亡くなった事により思い立ったある行動の為、休日を利用し花屋に来ていた。
本当は当日に行きたかったのだが、時間が無く赴けなかったのだ。
因みにこの花屋は、淑瑠も勇之も利用した場所だ。
「…すみません、お供えの花少し包んでもらえますか?」
「はい、お供えですね」
花屋の老婦が、にっこりと微笑む。そうして早速花の選定を始めた。
真剣に花を選びながらも、老婦は寂しげに笑った。
「…最近若い子も3人くらい来たんですよ…さっきも来てたし…やっぱりこの時期って多いのかしら…」
「…うーん、どうでしょうね…?」
老婦は悲しい目をしながらも、美しい彩りで花を包む。
歩はその姿を見ながら、花屋に来そうな人物を幾人か想像して少し俯いた。
歩が向かったのは墓場だった。この地方の人間の、殆どがこの地に眠る。
その入り口に差し掛かった地点で、丁度黒髪を揺らし歩いてくる柚李と出会った。
「こんにちは」
柚李は歩との相対で、どうしても飛翔の事が浮かんでしまい戸惑った。
彼もきっと、事件を知ったのだろう。
「…こんにちは…失礼します」
柚李は急いでいたのか、足早に通り過ぎ、行ってしまった。
今日歩がやってきたのは、飛翔の為だけではない。
第一、飛翔の墓の場所は知らないし、あるのかも分からない。
今日は、飛翔の友人であった大智とユメ、そしてその他の幾人かの為に赴いたのだ。
久しぶりに来るこの場所に、歩は懐古する。ゆっくりと歩きながら、記憶の中に消えた笑顔を次々と思い出していた。
大智の墓にもユメの墓にも、近い内に誰かが来ていたのか、新しい花が挿し込まれていた。
歩は墓の前には花を置かず、そのまま歩いてゆき、墓場の端で流れる川の上に花束を置く。
そうして謝罪を胸に、流れてゆく彩り豊かな花束を見送った。
◇
その頃、岳と志喜は、昨日同様、鈴夜の家に来ていた。
鈴夜は不眠により体調が良くないながらも、自分を癒してくれるその表情を、自身も笑顔で見詰めていた。
岳も志喜も、不安定な状態に気付きながら敢えてそれについては触れず、美味しいお菓子を囲み、普段通りの話をした。
だが鈴夜は、岳の様子から何と無く悟ってはいた。
自分の状態に気付いた上で、こうして来てくれて話をしてくれているのだろうと。
いつもより何処と無くだが、口数が多い事から悟った。
だが、その一生懸命さに励まされ、鈴夜は純粋に、奥底に隠された気持ちを受け取る事が出来た。
落ち込んではいけない。幾ら辛くても、忘れられなくても、前向きにならなければ。
その思いが、また心に生まれた。
◇
美音は退屈だった。家に来るなと言われてしまっては行き場がない。病院には近付き難いし、かといって軽く遊びにいける家もない。
とは言え自宅に居たくもない、という最悪の状態だ。
とりあえず無鉄砲に外に出てきては見たものの、一人でショッピングモールもゲームセンターも楽しくなく、飽きてしまって、現在は一人、ハンバーガー店で考えていた。
そうだ。
美音は考え無しに携帯を手に取り、電話帳を開いた。
鈴夜の携帯が、着信音を鳴らした。
「あっ、ごめん外すね」
廊下にて目にした画面で、相手が美音であると分かった。
≪もしもし?どうしたの≫
≪こんにちはー!お久しぶりです!あの急なんですけど今から遊びませんか?≫
鈴夜は、一瞬絶句してしまった。
美音はまだ、飛翔の事件について知らないと見受けられる。
≪…ごめん、今お友達が家に来てるんだ、また今度ね≫
≪えっ、お友達?いいなー私も言っちゃだめですか?≫
鈴夜は戸惑う。淑瑠は良いだろうが、志喜と岳が分からない。
一度会っているとは言え、特に人見知りの岳は。
≪えっ?えっと、聞いてみるね、ちょっと待ってて≫
鈴夜は部屋に戻り、電話の内容を明確に伝えた。
岳は少し戸惑いを見せたものの、淑瑠と志喜の許容を受け入れ、最終的には誘っても良いとの判断に傾いた。
その為美音も、お茶会に参加する事になった。
道を教え、電話を切って暫くすると、チャイムが鳴り美音が姿を見せた。とても嬉しそうに笑っている。
「電話とお願い突然すみませんでした、でもすっごい嬉しいですありがとうございます!」
「ううん、いいよ、上がって」
美音はどこかそわそわとし、辺りを見回しながら鈴夜の後について歩いた。
まるで、始めて他人の家に上がりこむようなその様子に、鈴夜は小さく微笑んだ。
美音の性格と志喜の性格が噛み合って、直ぐに部屋は賑やかになった。
身振り手振りも見ていて面白く、時間が経過するのはとても早かった。
帰宅の為、玄関の外に立った美音は、気持ちを表現するため大きく素早いお辞儀をした。
相変わらず、太陽のような笑顔をしている。
「今日はありがとうございましたー!すっごいすっごい楽しかったです!また来てもいいですか?」
「うん、いいよ」
「じゃあまたね、水無さん、淑瑠さん」
「またね」
それぞれ別れを告げ、3人は帰宅していった。
去った後に寂しさが冷たく吹き込み、賑やかな時間が随分と心を楽にしてくれていた事を、今日もひしひしと痛いくらい感じた。
「楽しかったね」
「うん、凄く」
二人して履いた靴を脱ぎながら、余韻を噛み締める。
「また来てくれると良いね」
「うん、そうだね」
淑瑠は、鈴夜が微笑んでくれれば、それで十分嬉しかった。
勿論、賑やかな時間自体楽しいと思ったが、それは鈴夜の笑顔あってこそなのだ。
このまま、楽しい時間で彼の記憶を埋め尽くしてあげたい。そして、嫌な事は全て忘れて笑ってほしい。
なんて、到底届かなさそうな願いを真剣に掲げた。
淑瑠がやってきても、ほぼうつ伏せ状態になり、眠った振りをして泣き顔を誤魔化した。
その為、顔を見せた時には、何時も通りの笑顔を浮かべてくれた。
◇
歩は、飛翔が亡くなった事により思い立ったある行動の為、休日を利用し花屋に来ていた。
本当は当日に行きたかったのだが、時間が無く赴けなかったのだ。
因みにこの花屋は、淑瑠も勇之も利用した場所だ。
「…すみません、お供えの花少し包んでもらえますか?」
「はい、お供えですね」
花屋の老婦が、にっこりと微笑む。そうして早速花の選定を始めた。
真剣に花を選びながらも、老婦は寂しげに笑った。
「…最近若い子も3人くらい来たんですよ…さっきも来てたし…やっぱりこの時期って多いのかしら…」
「…うーん、どうでしょうね…?」
老婦は悲しい目をしながらも、美しい彩りで花を包む。
歩はその姿を見ながら、花屋に来そうな人物を幾人か想像して少し俯いた。
歩が向かったのは墓場だった。この地方の人間の、殆どがこの地に眠る。
その入り口に差し掛かった地点で、丁度黒髪を揺らし歩いてくる柚李と出会った。
「こんにちは」
柚李は歩との相対で、どうしても飛翔の事が浮かんでしまい戸惑った。
彼もきっと、事件を知ったのだろう。
「…こんにちは…失礼します」
柚李は急いでいたのか、足早に通り過ぎ、行ってしまった。
今日歩がやってきたのは、飛翔の為だけではない。
第一、飛翔の墓の場所は知らないし、あるのかも分からない。
今日は、飛翔の友人であった大智とユメ、そしてその他の幾人かの為に赴いたのだ。
久しぶりに来るこの場所に、歩は懐古する。ゆっくりと歩きながら、記憶の中に消えた笑顔を次々と思い出していた。
大智の墓にもユメの墓にも、近い内に誰かが来ていたのか、新しい花が挿し込まれていた。
歩は墓の前には花を置かず、そのまま歩いてゆき、墓場の端で流れる川の上に花束を置く。
そうして謝罪を胸に、流れてゆく彩り豊かな花束を見送った。
◇
その頃、岳と志喜は、昨日同様、鈴夜の家に来ていた。
鈴夜は不眠により体調が良くないながらも、自分を癒してくれるその表情を、自身も笑顔で見詰めていた。
岳も志喜も、不安定な状態に気付きながら敢えてそれについては触れず、美味しいお菓子を囲み、普段通りの話をした。
だが鈴夜は、岳の様子から何と無く悟ってはいた。
自分の状態に気付いた上で、こうして来てくれて話をしてくれているのだろうと。
いつもより何処と無くだが、口数が多い事から悟った。
だが、その一生懸命さに励まされ、鈴夜は純粋に、奥底に隠された気持ちを受け取る事が出来た。
落ち込んではいけない。幾ら辛くても、忘れられなくても、前向きにならなければ。
その思いが、また心に生まれた。
◇
美音は退屈だった。家に来るなと言われてしまっては行き場がない。病院には近付き難いし、かといって軽く遊びにいける家もない。
とは言え自宅に居たくもない、という最悪の状態だ。
とりあえず無鉄砲に外に出てきては見たものの、一人でショッピングモールもゲームセンターも楽しくなく、飽きてしまって、現在は一人、ハンバーガー店で考えていた。
そうだ。
美音は考え無しに携帯を手に取り、電話帳を開いた。
鈴夜の携帯が、着信音を鳴らした。
「あっ、ごめん外すね」
廊下にて目にした画面で、相手が美音であると分かった。
≪もしもし?どうしたの≫
≪こんにちはー!お久しぶりです!あの急なんですけど今から遊びませんか?≫
鈴夜は、一瞬絶句してしまった。
美音はまだ、飛翔の事件について知らないと見受けられる。
≪…ごめん、今お友達が家に来てるんだ、また今度ね≫
≪えっ、お友達?いいなー私も言っちゃだめですか?≫
鈴夜は戸惑う。淑瑠は良いだろうが、志喜と岳が分からない。
一度会っているとは言え、特に人見知りの岳は。
≪えっ?えっと、聞いてみるね、ちょっと待ってて≫
鈴夜は部屋に戻り、電話の内容を明確に伝えた。
岳は少し戸惑いを見せたものの、淑瑠と志喜の許容を受け入れ、最終的には誘っても良いとの判断に傾いた。
その為美音も、お茶会に参加する事になった。
道を教え、電話を切って暫くすると、チャイムが鳴り美音が姿を見せた。とても嬉しそうに笑っている。
「電話とお願い突然すみませんでした、でもすっごい嬉しいですありがとうございます!」
「ううん、いいよ、上がって」
美音はどこかそわそわとし、辺りを見回しながら鈴夜の後について歩いた。
まるで、始めて他人の家に上がりこむようなその様子に、鈴夜は小さく微笑んだ。
美音の性格と志喜の性格が噛み合って、直ぐに部屋は賑やかになった。
身振り手振りも見ていて面白く、時間が経過するのはとても早かった。
帰宅の為、玄関の外に立った美音は、気持ちを表現するため大きく素早いお辞儀をした。
相変わらず、太陽のような笑顔をしている。
「今日はありがとうございましたー!すっごいすっごい楽しかったです!また来てもいいですか?」
「うん、いいよ」
「じゃあまたね、水無さん、淑瑠さん」
「またね」
それぞれ別れを告げ、3人は帰宅していった。
去った後に寂しさが冷たく吹き込み、賑やかな時間が随分と心を楽にしてくれていた事を、今日もひしひしと痛いくらい感じた。
「楽しかったね」
「うん、凄く」
二人して履いた靴を脱ぎながら、余韻を噛み締める。
「また来てくれると良いね」
「うん、そうだね」
淑瑠は、鈴夜が微笑んでくれれば、それで十分嬉しかった。
勿論、賑やかな時間自体楽しいと思ったが、それは鈴夜の笑顔あってこそなのだ。
このまま、楽しい時間で彼の記憶を埋め尽くしてあげたい。そして、嫌な事は全て忘れて笑ってほしい。
なんて、到底届かなさそうな願いを真剣に掲げた。
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