Criminal marrygoraund

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【3】

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 実は依仁も、本日は公休日だった。
 休日に組み込んでいた予定を実行する為、夕方過ぎ、とある場所へと歩きだしていた。道はもう、随分と暗がりに沈んでいる。
 目的地に拳銃は似合わないと、今日は敢えて自宅に置いてきた。

 依仁が向かったのは花屋だった。歩や淑瑠も来た場所である。
 勿論、二人と同様、墓参りの花を買うために来た。
 だが依仁は、どれが手向けの花になるかが今一分からず、性格やイメージカラーで適当に選ぶ。
 それは相手の事を考える度に数を増やし、最終的には大きな花束になった。

「お兄さん、そんなにいっぱい誰にあげるの?好きな人?」

 美しかったり可愛かったり、様々な色彩で形作られた花束を見て、レジを担当した老婦が微笑んだ。

「いや、そんなんじゃないっすよ」

 依仁は、極自然な笑顔で答える。

「そう、ラッピングどうする?」
「うーん、解いちゃうんで適当でいいっす」
「あら?解いちゃうの?」

 老婦は花の行き場に想像がつかないのか、きょとんと目を丸くしていた。

「はい」

 依仁は代金を支払うと、花を抱え車へと向かった。
 車に着いて何気なく携帯を見ると、樹野からの着信があった。直ぐに掛け直す。

≪…も、もしもし≫
≪電話ごめん、なんだった?≫
≪…え、えっと、あの、あのね…≫
≪…なんかあった…?≫
≪…えっと…≫

 ―――樹野はあの後、一つの結論を導き出していた。
 気付いた気持ちに従順に従った結果、その結論は意とも容易く出たのだった。

≪……少し時間ないかな…≫
≪今すぐ?≫
≪ええっと!そんなことは無いよ…!空いてる時でいいけど、少し話したい事があって…!≫

 早く伝えてしまいたいとの気持ちと、まだ勇気を蓄えたいとの気持ちの中で、樹野は揺れていた。
 依仁は、助手席の花束を軽く見遣る。
 話を早く聞きたいが、樹野にこの大きな花束を見られたくは無い。

≪…ごめん、今からちょっとした用事でさ。明日の朝早めに行くわ、それでどう?≫
≪…うん、有り難う待ってる…≫

 樹野は成り行きに任せ、提案を受け容れた。明日の朝までに、依仁に伝える練習をたくさんしておこう。鏡を見て、可笑しいと思われないように言うんだ。
 貴方が好きだから、危険な事はしないで下さい、と。

≪…じゃ、じゃあまた明日ね…≫

 自分で思い描いておきながら恥ずかしくなってきた樹野は、声に現れてしまう前にと会話を締め括った。

≪あぁ、じゃあな≫

 依仁から、電話は切れた。樹野は軽く深呼吸をして、鏡台の前に移動した。 


 鈴夜は、悶々とした気持ちを抱えたまま仕事を続けた。
 縋ってしまわないように、歩とは出来るだけ距離を取りながらやり過ごす。
 それは歩が忙しくしているせいか容易くて、殆ど近付かないまま定時を迎える事ができた。

「鈴夜、お疲れ様」

 玄関にて待機していた鈴夜へと、迎えにやってきた淑瑠がにっこりと微笑んだ。
 その顔を見て、あの言葉の重みを突きつけられる。

「…淑兄、ありがとう」
「今日も寒いよ、コートちゃんと着てる?」
「着てるよ、ばっちり。帰ろう」

 鈴夜は圧し掛かるプレッシャーに押し潰されながらも、普段通りの表情を浮かべてみせた。足を踏み出し、暗闇に紛らわせながら。
 淑瑠は先に玄関を出る、鈴夜の後手を優しく掬い、握った。


 美音は、満たされた気持ちで外を歩いていた。たくさん鈴夜の話を聞けて、とても嬉しいのだ。
 けれど同時に、嫉妬心なる物も湧いてきて、複雑に気持ちが絡み合う。
 けれど淑瑠も、美音にとっては大事な友人に当たる人物だ。
 故に、直接ぶつけるのはなんだか気が引ける。

 淑瑠よりも、自分が鈴夜に近付くのは可能なのだろうか。
 美音は再思考した。
 鈴夜を思う度に、その存在ごと独り占めしてしまいたいと考えてしまう。淑瑠も知らない鈴夜を知りたいと、見て見たいと心が求めてしまう。
 大好きな鈴夜の全部を知りたいと心が願った。


 雲に月が隠された暗い空の下でも、墓参りをする人間は何人かいた。
 全く人のいない時刻を選んだつもりだったが想定外だ。夜でも人はいるらしい。
 だが、暗がりゆえ顔は見られないだろうと判断し、花束を抱え車を降りた。
 数ある視線が自分を見ているような気がしたが、無理矢理気持ちを振り切って歩く。

 まず、一人目。体が覚えた道順通りに歩き、その墓の前に立つ。
 刻まれている名は闇に溶けてしまい、右目の視力だけでは読めない。
 けれどそこが誰の墓なのか、依仁は知っていた。
 そこに一本、そして隣の墓にも一本、供えてゆく。
 とある墓の前では、花は挿さずに謝罪と祈りを捧げた。

 一時間ほど歩き、花は最後の一本になった。人は大分と減り、飾られた提灯の灯りだけが、ふわりと揺れている。

「来るの遅くなったわ、大智」

 目の前にあるのは、大智の墓だった。
 本当は命日に行きたかったのだが、同じ目的を持つ物との相対を恐れ、態と外してやってきたのだ。
 依仁の手に最後に残った花は、仄かなオレンジ色の可愛らしい花だった。
 その花を花瓶に挿すべく、屈み込もうとしたその時だった―――。


≪そうなんです、そういった仕事もあるみたいですよ≫

 志喜と岳は、本日何度目かの電話をしていた。
 いざ会えないとなると妙に寂しくなってくるもので、会えていた時よりも多くの会話を重ねるようになった。
 志喜も、時間は限られている筈なのに、暇を見つけては電話をかけてきてくれる。
 岳は、自分がまだ大切にされていると、その度深く実感し、有り難味を噛み締めるのだった。

≪したい事は見つかりそう?≫
≪…そうですね、まだ現実にするには道のりは遠そうですが…≫
≪…志喜さんは…あ、あるのですか…≫

 会話の中のひょんな流れから名前で呼ぶ事になってしまったのだが、岳は慣れる事ができず、まだ躊躇いを含めてしまうのだった。
 だが、嬉しさは胸に溢れている。

≪してみたい事?≫
≪…うーん、今の状態に満足してるからなぁ…でもするならやっぱ接客業とかいいなぁ≫
≪…なるほど、似合いますね≫

 志喜が客と戯れる姿を思い描き、岳は一人微笑んだ。

≪あっ、もうこんな時間や、また明日電話するな≫
≪はい、また明日。おやすみなさい≫
≪お休み、いい夢を!≫

 岳は通信の切れた携帯を見詰め、それ以上別の用の為弄ってしまわないようにと、最近の慣習に従い携帯を裏返した。


 ――――少ない筈の人間の、五月蝿い悲鳴が聞こえる。自分の元に近付く、見知らぬ男の声も。
 状況が整理できず、依仁は酷く混乱していた。コートの背に血を滲ませ、うつ伏せで倒れこんだ状態で。

 胸が熱くて、痛い。呼吸も苦しくて、頭が回らない。

 先程、後ろからの急な衝撃に襲われた。背中からの抉られるような痛みと、血液を沸騰させるほどの熱に、体が硬直してしまい、足元から崩れ落ちたのだ。
 呻りながら、必死に呼吸を維持する。けれど乱れる。混乱する脳内が叫ぶ。
 怖い、誰か助けてくれ、と。

「―っかり――んだ!直ぐ――急車―!」

 音も消えかけ、真っ白になってゆく意識が¨死¨を宣告して来る。
 死ぬのか、まだ目的を果たしていないのに。彼女を守る為に、生きなければならないのに。
 これは、ここにいる皆からの報復なのか。
 …だったら、抗えないかもな。

 体から力が抜けてゆく中で、依仁は強く後悔していた。
 ―――でも、こんな事になるなら、ちゃんと樹野に言っておくんだった。
 好きです、と。
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