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【2】
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◇
心配そうな顔つきのまま職場へ向かう樹野を見送った勇之は、早々に部屋に戻り携帯を手に取った。
もう一度サイトを開き、画像を凝視する。
だが、画像自体が変化する筈も無く、見辛さは変わらない。
それなのに、勇之には横たわる人物が依仁に見えてしまい仕方が無くなっていた。
――もしかして、死んだのは依仁なのか。
画面の中に見える人影に依仁の姿を当て嵌めてしまい、背筋が鋭く凍りついた。
「…ありえない…」
眉を顰めたままで、現実から目を背くけるかの如く口角を無理矢理吊り上げる。
事実を取得する方法として勇之が選らんだのは、大胆にも病院への直接連絡だった。
◇
美音は、久しぶりに自宅のリビングにいた。いつもなら夜勤めである母親が家事に勤しんで居る筈なのだが、今日は居ない。
こういう時は決まってどこかへ遊びに出かけているのだと、美音は知っていた。
「…暇だなぁ…私も一緒に連れてってくれれば良いのに…お母さんのバカ…」
無意味に口に出しながら数日振りのリビングを見渡すと、まだ袋から出されていない新聞紙を見つけた。
テレビ欄を見る積もりで、袋を破り取り出す。
「……あ、これって…」
出して直ぐ見えたトップを飾るニュースに、美音の目は直ぐ奪われていた。大きく黒い文字で書かれた見出しに惹き込まれたのだ。
¨墓参りに来ていた男性撃たれる、今逃走中の容疑者A第二の犯行か¨
美音は写真の無い、文字だけで真っ黒に埋め尽くされた記事を読みながら、その光景を思い描いていた。
「……世間は知らないんだなぁ…」
世間一般的には、鈴夜の事件と今回の事件は同一人物による犯行であると推理されているらしい。
だが、美音は知っていた。鈴夜の事件と今回の出来事が、全く関係の無い事を。
いや、自分ではなくとも、同じ共通点を持つ人間ならば直ぐに分かる事だろう。
美音は一通り記事に目を通すと、直ぐにテレビ欄へと焦点を移した。
◇
樹野は、ポケットに入れた携帯電話を時々気にしながら仕事をしていた。
しかし、いざ仕事中に鳴りだすと、客に迷惑するのでマナーモードにはしてある。それ故に、着信が入っていないか気になって仕方がないのだ。
一応バイブレーター機能にしてはあるのだが、逃していたらと考えてしまう。
「八坂さん今日どうかしたの?」
上司の強い目付きに、樹野は肩を窄めた。冷たい目を向けられているように思えたのだ。
唯でさえ緩められない緊張が高まり、声が出せない。
「朝も遅刻してきたし、集中力はないし…」
「…す、すみません…」
「何かあるなら言ってくれれば良いのに」
「すみません…!」
タイミング良く樹野の名を呼んだホールスタッフの許に、吸われるように走っていく。
その時鳴ったバイブレーターに、樹野は気付けなかった。
◇
ねいは、泉と他の同僚数名と共に、現場となった墓場に来ていた。本当は来たくなかったのだが、仕事だと言われれば来ざるを得ない。
「ねいさん不機嫌そうですね、お墓嫌いですか?」
墓場に似合わない、にこやかな泉が辺りを見回しながら問いかける。
周囲の一般人は、警察の介入によって更に不穏になった現場で、肩身を狭そうにしていた。
「聞いてますー?」
ねいはとある理由で、普段通りの対応が取れずに居た。泉はその原因を悟り、これまた軽々しく口に出す。
「あっ、もしかして弟さんの」
「五月蝿い!」
ねいの低く苛立ちに満ちた声が、泉の軽快な発言を打ち消した。
そんなねいの視線は、とある墓を見ていた。
花の無い、寂しげな墓を。
◇
樹野はあれから時間に追われ、結局隙が出来たのは休憩を許されてからになってしまった。
すぐさま駆け込んだロッカーにて、残された着信を折り返すが中々繋がらない。
≪―――……はいはい、遅かったね≫
勇之の気だるげな声が聞こえ、樹野はずっと抱いていたもやを解き放つかのように叫んだ。
「勇之君!依仁君は!」
電話越しに無言が満ち、雰囲気の暗鬱さだけが流れてくる。
≪……………落ち着いて聞いて…≫
「………え?」
樹野は、勇之の口から零れだすであろう台詞を一瞬で思い描き、聞く前に声を落としてしまっていた。
◇
鈴夜と淑瑠は、早足で病院へ向かっていた。
鈴夜は、岳からの連絡を期待して携帯を手に握っていたが、岳からの連絡は無かった。
淑瑠は、鈴夜の落ち着きの無い様子に不安しか抱けなかった。もし志喜に何かがあって、鈴夜がまた傷ついたらどうしようと考えてしまうのだ。
今でさえ無理をしていると分かるのに、鈴夜の心はもっと廃れてしまうだろう。
「…鈴夜、きっと大丈夫だよ」
「…でも連絡が無い…」
鈴夜は、手に持ったままの携帯を更に固く握る。
「…でもきっと大丈夫だよ」
もう少し根拠のある励ましをしたいと思いつつも、適切な言葉が見つけられないもどかしさが淑瑠を襲った。
そもそもなぜ、岳は志喜を見つける事が出来たのだろう。
基本的な疑問も、鈴夜の脳内に浮かぶ。
倒れた原因はなんなのか。彼の身は本当に無事なのか。
また何らかの形でCHS事件が関わっているのではないか。
考え始めると、思考は停止を知らないのか止め処無く溢れてくる。
病院が見えると、鈴夜は直ぐに淑瑠の前に踏み出し、玄関へと走り出した。
◇
少しの間が、何分間もの長さを体感させる。
樹野は早くなる鼓動を聞きながら、勇之の言葉を待ち続けた。
≪…………依仁は死んだよ…≫
「…え…」
唐突な発声に驚きつつも、受け止めた瞬間一気に溢れ出す涙が、勇之の静かで重い言葉が、強く胸を突き刺した。
「…嘘、だよね…」
後悔ばかりが押し寄せる。自分が早く決断しなかったばかりに、依仁の命は消えてしまった。
自分がもっと早く決断して、危険に関わらないで欲しいと言っていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。
樹野は、降り注ぐ罪悪感に嗚咽を鳴らし始めた。
≪えっ、やっぱ泣くの?≫
勇之の意外そうな声に、驚きが隠せなかった。
まるで何も感じていないような語気に、不快感まで溢れてくる。
「…だっ…て、だって…勇之君は…か、悲しくないの…?」
嗚咽に邪魔され、発音を途切れさせながらも、樹野は必死に言葉を組み上げた。
≪…悲しくないよ?≫
非道だ、彼はやっぱりおかしい。
樹野は、悲しみに紛れて顔を出した怒りの感情が、込み上げるがままに叫んでいた。
「…どうして!勇之君は変だよ…!おかしい…!」
≪嘘だからだよ≫
「…へ?」
勇之の言葉が、一瞬上手く飲み込めなかった。
¨嘘¨と言うのは¨依仁が死んだ¨という報告が嘘なのか、それとも¨悲しくない¨という言葉が嘘なのか混乱してしまう。
≪だから、依仁は死んでないよ。吃驚した?≫
直接¨嘘¨の内容が告げられ、漸く樹野は理解した。その瞬間、死を信じ、涙まで流してしまった恥ずかしさと、知りながら泣き声を聞いていた勇之への怒りが上り詰めてきた。
「………ゆ、勇之君の馬鹿!!」
心配そうな顔つきのまま職場へ向かう樹野を見送った勇之は、早々に部屋に戻り携帯を手に取った。
もう一度サイトを開き、画像を凝視する。
だが、画像自体が変化する筈も無く、見辛さは変わらない。
それなのに、勇之には横たわる人物が依仁に見えてしまい仕方が無くなっていた。
――もしかして、死んだのは依仁なのか。
画面の中に見える人影に依仁の姿を当て嵌めてしまい、背筋が鋭く凍りついた。
「…ありえない…」
眉を顰めたままで、現実から目を背くけるかの如く口角を無理矢理吊り上げる。
事実を取得する方法として勇之が選らんだのは、大胆にも病院への直接連絡だった。
◇
美音は、久しぶりに自宅のリビングにいた。いつもなら夜勤めである母親が家事に勤しんで居る筈なのだが、今日は居ない。
こういう時は決まってどこかへ遊びに出かけているのだと、美音は知っていた。
「…暇だなぁ…私も一緒に連れてってくれれば良いのに…お母さんのバカ…」
無意味に口に出しながら数日振りのリビングを見渡すと、まだ袋から出されていない新聞紙を見つけた。
テレビ欄を見る積もりで、袋を破り取り出す。
「……あ、これって…」
出して直ぐ見えたトップを飾るニュースに、美音の目は直ぐ奪われていた。大きく黒い文字で書かれた見出しに惹き込まれたのだ。
¨墓参りに来ていた男性撃たれる、今逃走中の容疑者A第二の犯行か¨
美音は写真の無い、文字だけで真っ黒に埋め尽くされた記事を読みながら、その光景を思い描いていた。
「……世間は知らないんだなぁ…」
世間一般的には、鈴夜の事件と今回の事件は同一人物による犯行であると推理されているらしい。
だが、美音は知っていた。鈴夜の事件と今回の出来事が、全く関係の無い事を。
いや、自分ではなくとも、同じ共通点を持つ人間ならば直ぐに分かる事だろう。
美音は一通り記事に目を通すと、直ぐにテレビ欄へと焦点を移した。
◇
樹野は、ポケットに入れた携帯電話を時々気にしながら仕事をしていた。
しかし、いざ仕事中に鳴りだすと、客に迷惑するのでマナーモードにはしてある。それ故に、着信が入っていないか気になって仕方がないのだ。
一応バイブレーター機能にしてはあるのだが、逃していたらと考えてしまう。
「八坂さん今日どうかしたの?」
上司の強い目付きに、樹野は肩を窄めた。冷たい目を向けられているように思えたのだ。
唯でさえ緩められない緊張が高まり、声が出せない。
「朝も遅刻してきたし、集中力はないし…」
「…す、すみません…」
「何かあるなら言ってくれれば良いのに」
「すみません…!」
タイミング良く樹野の名を呼んだホールスタッフの許に、吸われるように走っていく。
その時鳴ったバイブレーターに、樹野は気付けなかった。
◇
ねいは、泉と他の同僚数名と共に、現場となった墓場に来ていた。本当は来たくなかったのだが、仕事だと言われれば来ざるを得ない。
「ねいさん不機嫌そうですね、お墓嫌いですか?」
墓場に似合わない、にこやかな泉が辺りを見回しながら問いかける。
周囲の一般人は、警察の介入によって更に不穏になった現場で、肩身を狭そうにしていた。
「聞いてますー?」
ねいはとある理由で、普段通りの対応が取れずに居た。泉はその原因を悟り、これまた軽々しく口に出す。
「あっ、もしかして弟さんの」
「五月蝿い!」
ねいの低く苛立ちに満ちた声が、泉の軽快な発言を打ち消した。
そんなねいの視線は、とある墓を見ていた。
花の無い、寂しげな墓を。
◇
樹野はあれから時間に追われ、結局隙が出来たのは休憩を許されてからになってしまった。
すぐさま駆け込んだロッカーにて、残された着信を折り返すが中々繋がらない。
≪―――……はいはい、遅かったね≫
勇之の気だるげな声が聞こえ、樹野はずっと抱いていたもやを解き放つかのように叫んだ。
「勇之君!依仁君は!」
電話越しに無言が満ち、雰囲気の暗鬱さだけが流れてくる。
≪……………落ち着いて聞いて…≫
「………え?」
樹野は、勇之の口から零れだすであろう台詞を一瞬で思い描き、聞く前に声を落としてしまっていた。
◇
鈴夜と淑瑠は、早足で病院へ向かっていた。
鈴夜は、岳からの連絡を期待して携帯を手に握っていたが、岳からの連絡は無かった。
淑瑠は、鈴夜の落ち着きの無い様子に不安しか抱けなかった。もし志喜に何かがあって、鈴夜がまた傷ついたらどうしようと考えてしまうのだ。
今でさえ無理をしていると分かるのに、鈴夜の心はもっと廃れてしまうだろう。
「…鈴夜、きっと大丈夫だよ」
「…でも連絡が無い…」
鈴夜は、手に持ったままの携帯を更に固く握る。
「…でもきっと大丈夫だよ」
もう少し根拠のある励ましをしたいと思いつつも、適切な言葉が見つけられないもどかしさが淑瑠を襲った。
そもそもなぜ、岳は志喜を見つける事が出来たのだろう。
基本的な疑問も、鈴夜の脳内に浮かぶ。
倒れた原因はなんなのか。彼の身は本当に無事なのか。
また何らかの形でCHS事件が関わっているのではないか。
考え始めると、思考は停止を知らないのか止め処無く溢れてくる。
病院が見えると、鈴夜は直ぐに淑瑠の前に踏み出し、玄関へと走り出した。
◇
少しの間が、何分間もの長さを体感させる。
樹野は早くなる鼓動を聞きながら、勇之の言葉を待ち続けた。
≪…………依仁は死んだよ…≫
「…え…」
唐突な発声に驚きつつも、受け止めた瞬間一気に溢れ出す涙が、勇之の静かで重い言葉が、強く胸を突き刺した。
「…嘘、だよね…」
後悔ばかりが押し寄せる。自分が早く決断しなかったばかりに、依仁の命は消えてしまった。
自分がもっと早く決断して、危険に関わらないで欲しいと言っていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。
樹野は、降り注ぐ罪悪感に嗚咽を鳴らし始めた。
≪えっ、やっぱ泣くの?≫
勇之の意外そうな声に、驚きが隠せなかった。
まるで何も感じていないような語気に、不快感まで溢れてくる。
「…だっ…て、だって…勇之君は…か、悲しくないの…?」
嗚咽に邪魔され、発音を途切れさせながらも、樹野は必死に言葉を組み上げた。
≪…悲しくないよ?≫
非道だ、彼はやっぱりおかしい。
樹野は、悲しみに紛れて顔を出した怒りの感情が、込み上げるがままに叫んでいた。
「…どうして!勇之君は変だよ…!おかしい…!」
≪嘘だからだよ≫
「…へ?」
勇之の言葉が、一瞬上手く飲み込めなかった。
¨嘘¨と言うのは¨依仁が死んだ¨という報告が嘘なのか、それとも¨悲しくない¨という言葉が嘘なのか混乱してしまう。
≪だから、依仁は死んでないよ。吃驚した?≫
直接¨嘘¨の内容が告げられ、漸く樹野は理解した。その瞬間、死を信じ、涙まで流してしまった恥ずかしさと、知りながら泣き声を聞いていた勇之への怒りが上り詰めてきた。
「………ゆ、勇之君の馬鹿!!」
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