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【4】
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◇
美音は、納まらない欲望を雰囲気だけでも満たす為に、旅行のパンフレットを読んでいた。
今は飛行機一本で外国にも行ける時代なのかと、空想を膨らます。
バスも飛行機も、まだ一度も乗った事が無いから、一度は乗ってみたいものだ。空の旅は、きっと素敵だろう。
だが、母親は相変わらず自分に無関心で、頼んだって応答してくれないのが目に見える。
しかし、大好きな鈴夜と共に旅行に行くのも、求めている物とは違う気がする。
ああ、決まらない。楽しくて決められない。
美音は思い立ち、メール機能を開いていた。
[緑は旅行どこに行きたいですか?私は海外とか一回行ってみたいなぁo(≧▽≦)o]
送信画面を見送り、美音はニコニコとページを捲った。
◇
「……そっかぁ…やっぱり、そうかぁ…」
動かない空気の中、落ちた声と目の前にある顔に、淑瑠と歩は声を失っていた。
鈴夜は、泣きながら笑っていた。苦しそうに、だがいつもと変わらない笑顔を浮かべていたのだ。
「……鈴夜くん…!」
歩は、言葉を用意できないもどかしさで、その体をぎゅっと抱いた。鈴夜の心が散らばってしまわないように強く。
「…折原…さん…苦しい、です…」
「こんな時位、無理はするな!」
淑瑠は焼きつく笑顔を見ながら、唖然としてしまっていた。やはり、率直に言うのは間違っていたのかもしれないと激しく後悔する。
「………ごめん、私が悲しませたくないとか…言ったから」
誰にも届きそうも無い程度の小声を落とし、淑瑠は走って部屋を出た。
「……折原、さん、大丈夫…ですから……」
鈴夜の腕は、震えていた。歩を突き放す事も受け容れる事もできず、力なく放ったまま動かせない。
「…辛い時は、無理しなくて良いから、泣きたいだけ泣いても良いから」
「………………電話…しなければ良かった…」
くぐもった声が、落とされる。歩は背を撫でながら、静かに耳を傾ける。
「……………榛原さんが踏み切りに行くのを、止めれば良かった…」
鈴夜の中では、後悔が溢れ出し止まらなくなっていた。
岳の心配を、自分の中だけで留めておけば。岳の居場所を教えていなければ。止めて欲しいと、志喜に縋らなければ。
助けを、求めなければ。
「…………僕が…僕が岳さんを助けて、死んでいれば良かった…!」
「…それは違うよ、鈴夜くん…」
「…でも、もしかしたらこうなるかもしれないって分かってた筈なのに…!!」
鈴夜の腕が歩の背に添えられ、その儘コートを強く握った。
「何で考えられなかったんだろう…!何で…!何で…!!」
心の叫びを、慰めながらも歩はじっと聞く。鈴夜が自分を責める度、否定しながら。
◇
俯く淑瑠の元に、上から声が降ってきた。
「あれ、淑瑠じゃん」
見上げると、病院服に身を包んだ依仁が立っていた。
「…依仁…」
「……どうした?」
いつもなら冷たい瞳を向けてくるはずの淑瑠が、沈んだままである事に依仁は多大な違和感を抱いていた。
淑瑠は軽く溜め息を零し、憂鬱の表情を隠す。
「…そっちこそどうしたの、もしかして…」
聞きながら、淑瑠はニュースでの情報や、また別の場所で取得した情報を思い出していた。
「多分思ってる通りだわ」
「…依仁、だったんだ…大変だったね…」
労いまでかけてきた事に、依仁は違和感を膨らます。淑瑠の落ち込む原因等、一つしかないように思えるが。
「…お前らしくないな、¨鈴夜¨か?」
淑瑠は当てられ絶句した。だが罪悪感に苛まれ、いつものような流し文句が出てこない。
「………なんで分かるの、依仁のくせに…」
弱い部分を見られているのが妙に嫌で、でも繕えなくて、また俯く。
「…なんでって、普通に…」
「…………傷つけちゃった…」
依仁は、打ち明けられた本音に、思わず声を呑みこんだ。
相当悩みこんでいる事は、声色や表情から十二分に理解できる。
「………励まさなきゃいけないのに、傷つけたんだ………………自分が、情けない…」
依仁は考えた末、大胆に淑瑠の横に腰掛けた。淑瑠は、一瞥だけする。
「…いつも上手く出来なくて、無理させてばっかで…」
依仁の手の平が、淑瑠の頭に触れる。
想定外の行動に驚き横を見ると、依仁は素っ気無い顔で、前を見ていた。誰も居らず、何もない場所を。
淑瑠は、その行為の意味をよく理解していた。
「………慰められるなんて…本当に、情けないよ…」
◇
夕暮れの鮮やかな色が、オレンジに揺れる光が、今日だけは嫌に不気味で、見ていて気味が悪くなってくる。
「…すみません、折原さん…またご迷惑お掛けしました…」
その後暫く悲しみをぶつけて、今鈴夜はベッドに、歩は丸椅子に座っていた。
泣きすぎて火照った体が熱くて、シーツを半分位まで捲くってしまう。
「いいや、大分落ち着いたかな?」
「………落ち…つ…き…ま…」
雫がまた流れ、枕に染みを作る。
「良いんだよ」
「……ごめんなさい…あの、淑兄…は…」
鈴夜が気付いた頃には、淑瑠は部屋から居なくなっていた。きっと嘆く声を聞き、気まずくなってしまったのだろう。
だとしたら謝りたい。自分の所為で、辛くさせた事を謝罪したい。
「うーん、外にいるかな。呼んでみようか?」
「……お願いします」
扉を開くと、項垂れ座る淑瑠の姿が確認できた。依仁は既に居ない。
「淑瑠君、鈴夜くんが呼んでいたよ」
呼びかけると、淑瑠は強張った顔をあげた。
「……歩さん、私…」
「大丈夫だよ」
その声色が、まるで慰めのように優しくて、淑瑠はその手の平を無意識に思い出した。
「…はい…」
淑瑠は何度か深呼吸し、扉を開く。その先には、瞼を腫らし、まるで夕日の中に佇んでいるかのような鈴夜が座っていた。
「……鈴夜、ごめん急に出て行ってしまって…」
鈴夜はまた微笑む。だが先程の物よりは、大分と自然的だ。
だがそれでも、笑顔はナイフのように突き刺さる。全て自分の為なのだと、理解は出来る。
「……大丈夫だよ。僕もごめん、辛くさせたよね」
「…ううん、鈴夜辛いのに何もしてあげられなくて御免」
絶句した鈴夜の頬に、また雫が伝った。口元を笑顔の形に維持したままで、懸命に拭っている。
「……あれ、…ごめん、僕…」
淑瑠は歩同様、その体を抱きしめていた。
「…私も、ごめん、何も出来なくてごめん」
◇
歩と淑瑠は、二人して帰路についていた。鈴夜無しで歩くのは随分と久しぶりだ。
淑瑠は鈴夜を心配しながらも、凛々しく前を見る歩の横顔をじっと見ていた。
言葉は生まれず無言ではあるのだが、その存在は随分と心を立たせてくれる。
「じゃあ、私はこの辺りで…」
淑瑠が視線を前方に傾けると、駅方面への道路が見えた。
「…淑瑠君も、考えすぎないようにな」
にっこりと微笑む歩は、相変わらず偉大だ。
「…………歩さん、鈴夜の事有り難う御座いました…私では至らないところがあるので、これからも鈴夜の事お願いします」
淑瑠は、心からの願いを込めて深々とお辞儀する。
「…淑瑠君が居てこそだよ、顔上げて」
促され顔を上げるが、その顔を見た瞬間泣きそうになってしまった。
だが、堪えて淑瑠も微笑んだ。
◇
勇之は部屋にて、引き出しからまた、とある物を引っ張り出していた。
常に常備している物とは別の、もっと小さな小型ナイフを机の上に出す。仕掛け型になっていて、ボタンを押すと広がる仕組みになっている便利なやつだ。
広げ表れた、まだ新品同様に輝く刀身を見て、嬉しそうに微笑んだ。
◇
病院の夜はとても暗い。廊下の灯りが消えると、心の拠り所がなくなった感じがして急に心細くなる。
淑瑠と歩は、医師に許可を取り付き添ってくれようとしたのだが、鈴夜がその行為を咎めた。
まだ迷惑行為を恐れる意識は根付いたままで、これ以上自分の悲しみに付き合わせてはいけないと思ったのだ。
余韻はまだ続いている。出来事は収束したはずなのに、まだ続いているような不安感に駆られる。
また、後悔が胸を締め付けてきた。
いつもそうだ、動いても動かなくても、自分の行動が誰かを不幸にする。大切な人を殺してしまう。
たくさんの人を悲しませ、辛くさせる。重荷になっている自覚もある。
これ以上は何も起きて欲しくないと、何度願っただろう。
でも、叶ってはくれなかった。
自分の所為で、自分の選択が間違った所為で皆死んでいった。皆を殺したも同然だ。
鈴夜はまた泣いていた。一度は完全に停止したと思った涙が、またぽろぽろと落ちてきた。
美音は、納まらない欲望を雰囲気だけでも満たす為に、旅行のパンフレットを読んでいた。
今は飛行機一本で外国にも行ける時代なのかと、空想を膨らます。
バスも飛行機も、まだ一度も乗った事が無いから、一度は乗ってみたいものだ。空の旅は、きっと素敵だろう。
だが、母親は相変わらず自分に無関心で、頼んだって応答してくれないのが目に見える。
しかし、大好きな鈴夜と共に旅行に行くのも、求めている物とは違う気がする。
ああ、決まらない。楽しくて決められない。
美音は思い立ち、メール機能を開いていた。
[緑は旅行どこに行きたいですか?私は海外とか一回行ってみたいなぁo(≧▽≦)o]
送信画面を見送り、美音はニコニコとページを捲った。
◇
「……そっかぁ…やっぱり、そうかぁ…」
動かない空気の中、落ちた声と目の前にある顔に、淑瑠と歩は声を失っていた。
鈴夜は、泣きながら笑っていた。苦しそうに、だがいつもと変わらない笑顔を浮かべていたのだ。
「……鈴夜くん…!」
歩は、言葉を用意できないもどかしさで、その体をぎゅっと抱いた。鈴夜の心が散らばってしまわないように強く。
「…折原…さん…苦しい、です…」
「こんな時位、無理はするな!」
淑瑠は焼きつく笑顔を見ながら、唖然としてしまっていた。やはり、率直に言うのは間違っていたのかもしれないと激しく後悔する。
「………ごめん、私が悲しませたくないとか…言ったから」
誰にも届きそうも無い程度の小声を落とし、淑瑠は走って部屋を出た。
「……折原、さん、大丈夫…ですから……」
鈴夜の腕は、震えていた。歩を突き放す事も受け容れる事もできず、力なく放ったまま動かせない。
「…辛い時は、無理しなくて良いから、泣きたいだけ泣いても良いから」
「………………電話…しなければ良かった…」
くぐもった声が、落とされる。歩は背を撫でながら、静かに耳を傾ける。
「……………榛原さんが踏み切りに行くのを、止めれば良かった…」
鈴夜の中では、後悔が溢れ出し止まらなくなっていた。
岳の心配を、自分の中だけで留めておけば。岳の居場所を教えていなければ。止めて欲しいと、志喜に縋らなければ。
助けを、求めなければ。
「…………僕が…僕が岳さんを助けて、死んでいれば良かった…!」
「…それは違うよ、鈴夜くん…」
「…でも、もしかしたらこうなるかもしれないって分かってた筈なのに…!!」
鈴夜の腕が歩の背に添えられ、その儘コートを強く握った。
「何で考えられなかったんだろう…!何で…!何で…!!」
心の叫びを、慰めながらも歩はじっと聞く。鈴夜が自分を責める度、否定しながら。
◇
俯く淑瑠の元に、上から声が降ってきた。
「あれ、淑瑠じゃん」
見上げると、病院服に身を包んだ依仁が立っていた。
「…依仁…」
「……どうした?」
いつもなら冷たい瞳を向けてくるはずの淑瑠が、沈んだままである事に依仁は多大な違和感を抱いていた。
淑瑠は軽く溜め息を零し、憂鬱の表情を隠す。
「…そっちこそどうしたの、もしかして…」
聞きながら、淑瑠はニュースでの情報や、また別の場所で取得した情報を思い出していた。
「多分思ってる通りだわ」
「…依仁、だったんだ…大変だったね…」
労いまでかけてきた事に、依仁は違和感を膨らます。淑瑠の落ち込む原因等、一つしかないように思えるが。
「…お前らしくないな、¨鈴夜¨か?」
淑瑠は当てられ絶句した。だが罪悪感に苛まれ、いつものような流し文句が出てこない。
「………なんで分かるの、依仁のくせに…」
弱い部分を見られているのが妙に嫌で、でも繕えなくて、また俯く。
「…なんでって、普通に…」
「…………傷つけちゃった…」
依仁は、打ち明けられた本音に、思わず声を呑みこんだ。
相当悩みこんでいる事は、声色や表情から十二分に理解できる。
「………励まさなきゃいけないのに、傷つけたんだ………………自分が、情けない…」
依仁は考えた末、大胆に淑瑠の横に腰掛けた。淑瑠は、一瞥だけする。
「…いつも上手く出来なくて、無理させてばっかで…」
依仁の手の平が、淑瑠の頭に触れる。
想定外の行動に驚き横を見ると、依仁は素っ気無い顔で、前を見ていた。誰も居らず、何もない場所を。
淑瑠は、その行為の意味をよく理解していた。
「………慰められるなんて…本当に、情けないよ…」
◇
夕暮れの鮮やかな色が、オレンジに揺れる光が、今日だけは嫌に不気味で、見ていて気味が悪くなってくる。
「…すみません、折原さん…またご迷惑お掛けしました…」
その後暫く悲しみをぶつけて、今鈴夜はベッドに、歩は丸椅子に座っていた。
泣きすぎて火照った体が熱くて、シーツを半分位まで捲くってしまう。
「いいや、大分落ち着いたかな?」
「………落ち…つ…き…ま…」
雫がまた流れ、枕に染みを作る。
「良いんだよ」
「……ごめんなさい…あの、淑兄…は…」
鈴夜が気付いた頃には、淑瑠は部屋から居なくなっていた。きっと嘆く声を聞き、気まずくなってしまったのだろう。
だとしたら謝りたい。自分の所為で、辛くさせた事を謝罪したい。
「うーん、外にいるかな。呼んでみようか?」
「……お願いします」
扉を開くと、項垂れ座る淑瑠の姿が確認できた。依仁は既に居ない。
「淑瑠君、鈴夜くんが呼んでいたよ」
呼びかけると、淑瑠は強張った顔をあげた。
「……歩さん、私…」
「大丈夫だよ」
その声色が、まるで慰めのように優しくて、淑瑠はその手の平を無意識に思い出した。
「…はい…」
淑瑠は何度か深呼吸し、扉を開く。その先には、瞼を腫らし、まるで夕日の中に佇んでいるかのような鈴夜が座っていた。
「……鈴夜、ごめん急に出て行ってしまって…」
鈴夜はまた微笑む。だが先程の物よりは、大分と自然的だ。
だがそれでも、笑顔はナイフのように突き刺さる。全て自分の為なのだと、理解は出来る。
「……大丈夫だよ。僕もごめん、辛くさせたよね」
「…ううん、鈴夜辛いのに何もしてあげられなくて御免」
絶句した鈴夜の頬に、また雫が伝った。口元を笑顔の形に維持したままで、懸命に拭っている。
「……あれ、…ごめん、僕…」
淑瑠は歩同様、その体を抱きしめていた。
「…私も、ごめん、何も出来なくてごめん」
◇
歩と淑瑠は、二人して帰路についていた。鈴夜無しで歩くのは随分と久しぶりだ。
淑瑠は鈴夜を心配しながらも、凛々しく前を見る歩の横顔をじっと見ていた。
言葉は生まれず無言ではあるのだが、その存在は随分と心を立たせてくれる。
「じゃあ、私はこの辺りで…」
淑瑠が視線を前方に傾けると、駅方面への道路が見えた。
「…淑瑠君も、考えすぎないようにな」
にっこりと微笑む歩は、相変わらず偉大だ。
「…………歩さん、鈴夜の事有り難う御座いました…私では至らないところがあるので、これからも鈴夜の事お願いします」
淑瑠は、心からの願いを込めて深々とお辞儀する。
「…淑瑠君が居てこそだよ、顔上げて」
促され顔を上げるが、その顔を見た瞬間泣きそうになってしまった。
だが、堪えて淑瑠も微笑んだ。
◇
勇之は部屋にて、引き出しからまた、とある物を引っ張り出していた。
常に常備している物とは別の、もっと小さな小型ナイフを机の上に出す。仕掛け型になっていて、ボタンを押すと広がる仕組みになっている便利なやつだ。
広げ表れた、まだ新品同様に輝く刀身を見て、嬉しそうに微笑んだ。
◇
病院の夜はとても暗い。廊下の灯りが消えると、心の拠り所がなくなった感じがして急に心細くなる。
淑瑠と歩は、医師に許可を取り付き添ってくれようとしたのだが、鈴夜がその行為を咎めた。
まだ迷惑行為を恐れる意識は根付いたままで、これ以上自分の悲しみに付き合わせてはいけないと思ったのだ。
余韻はまだ続いている。出来事は収束したはずなのに、まだ続いているような不安感に駆られる。
また、後悔が胸を締め付けてきた。
いつもそうだ、動いても動かなくても、自分の行動が誰かを不幸にする。大切な人を殺してしまう。
たくさんの人を悲しませ、辛くさせる。重荷になっている自覚もある。
これ以上は何も起きて欲しくないと、何度願っただろう。
でも、叶ってはくれなかった。
自分の所為で、自分の選択が間違った所為で皆死んでいった。皆を殺したも同然だ。
鈴夜はまた泣いていた。一度は完全に停止したと思った涙が、またぽろぽろと落ちてきた。
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