Criminal marrygoraund

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 岳の部屋に医師がやってきた。恐らく朝の診察にやってきたのだろう。泣き顔を除いても、岳の顔色はが悪いのは一目瞭然だ。

「じゃあ、僕行くよ。また来るからね、またね」

 あえて岳に、そう残した。
 もし岳の立場に自分が居たら、死にたくなってしまうと考えての言葉だ。それは阻止したい。
 岳は無言で、だが浅く頷いていた。

 顔を洗ってから戻り、自室の部屋の扉を開くと、淑瑠が丸椅子に腰掛けていた。音が聞こえた事で振り向く。

「鈴夜!良かった!」
「ごめん、ちょっと出てた。またタオル忘れちゃったよ」

 鈴夜はまた無理に微笑を作り、飽和する思考を読み取られないように上手く隠した。
 淑瑠はハンカチを鞄から出してくれた。それで濡れた顔を拭う。

「……昨日はごめんね、もう大丈夫だから」
「…そう?」
「うん、泣いたら大分落ち着いたよ、ありがとう。これまた洗って返すね」

 鈴夜はベッドの方へ歩きながら会話を重ねる。淑瑠に背を向けた状態で、本当に、本当に小声で自分に言い聞かせた。

「…………今は自分が落ち込んでる場合じゃないから、頑張らなきゃ…」
「ん?何か言った?」

 切り返しを聞きながらもベッドに座り、淑瑠へと体勢を向ける。その頃にはまた上手な笑顔を作った。

「ううん、ご飯食べてきた?って」
「食べてきたよ、鈴夜はまだ…だよね」
「うん、そろそろかな、…そうだ、車屋さん行けなくてごめんね」
「いいよ、今度の土日のどっちかに行こう」
「うん」

 自分の所為で、もう誰も困らせないようにするんだ。
 鈴夜は笑顔の裏に、固い決意を改めた。

 淑瑠と鈴夜の間に、あまり会話は生まれなかった。昨日の今日で通常通りに戻れるはずはなく、淑瑠も探り探り、といった様子が伺える。
 鈴夜は、また悶々と溢れ出す悲愴感に、痛みを覚えていた。
 時々会話を交わしても、頭では考え事をしてしまっている。それは考えれば考えるほど自分の首を絞め、苦しめてゆくと分かっているのに止まらない。

「…お手洗い行ってくるね」
「あ、うん、行ってらっしゃい」

 気分が悪い。光景を思い出して、気持ちが悪くなる。
 自分は何度、人の死を目の当たりにした事だろう。現実でも夢の中でも、何度も悲劇を見てきた。
 終わりにする方法は、無いだろうか。

「あっ、水無さん…!」
「え?八坂さん?」

 樹野は顔色を見るや否や視線を斜め下に逸らし、控え目な態度を示す。

「…えっ、えっと…大丈夫ですか…?」
「あ、大丈夫です…お見舞いですか?」
「あっ、そうです」

 樹野は少し落ち着かない様子で鈴夜の前に立っていたが、唐突にお辞儀し可愛らしい声を発し始めた。

「……あっ、あの…こ、この間…えっと随分前になってしまったんですが、変な事話してしまって申し訳有りませんでした…しかも泣き顔まで見せてしまって…すみません…!」

 鈴夜は切り出された内容が何を示すのか、確りと記憶していた。
 大智と凜の事件が、そして鈴夜が巻き込まれた事件がCHSに関係するのか、と言う話をした日の事を言っているのだろう。

 不図、改まって考える。悲劇を終わりにするには、やはりこの騒ぎを終息に導くのが最低必須事項になるだろう、と。
 何度も考えてきたが、妙に急かされる気持ちになる。

「………八坂さん…この騒ぎってどうしたら終わるんでしょうか…?」

 樹野はお辞儀をしたまま黙り込んでしまった。
 自然な反応だ、きっと見つからないから悲劇は続いてしまったのだろうから。

「…………ごめんなさい…わ、わた…」

 鈴夜は詰まる声を、黙って聞いていた。

「……私も…分からないです…」
「…………そうですよね、すみません変な事聞いて、じゃあ行きますね」
「あっ、はい」

 樹野は笑顔を背け、早足でどこかへ向かう鈴夜の背中を見ていた。
私が死ねばいい、なんて言える筈が無かった。 


 お手洗いに行くと、勇之がいた。手首が真っ赤に染まっている。鈴夜は姿と色につい構えてしまった。

「あれ、鈴夜くんだ。どうしたの?」
「…え、えっと…」

 ぽたぽたと滴る雫から目が離せない。血の川の隙間に見える傷も痛々しい。
 勇之は鈴夜が釘付けになる視線を目で追い、読み取る。

「痛そう?」

 持ち上げた手首には深く傷が作られていて、血は止まる様子を見せなかった。

「…い、痛そうです…」
「落ち着くんだよねこれ、苛々したり悲しくなったりするとやるんだけど」

 鈴夜は眉を顰め、固い顔を勇之へと向けたまま絶句する。
 勇之は警戒心を剥き出しにする鈴夜を見て、可笑しそうに笑った。そのまま眉一つ動かさずペーパータオルで血を拭き取る。
 寧ろ、見ていた鈴夜の方が痛みに目を細めてしまった。

「…別に哀れまなくたっていいよ。だって嫌いでしょ僕の事、鈴夜くんを苛めるしね」
「…え、えっと…」
「じゃあ行くよ」

 勇之は持参していた包帯を適当に巻くと、袖を下ろし手を振った。


 泉はストップウォッチ片手に、何やら真剣な面持ちだ。

「またやってるの?」
「はい、楽しいですよ。ねいさんもどうですか?」

 最近は専ら、定めた分数をストップウォッチの画面を見ずに丁度の所で止める、と言う遊びにはまっているらしく、よく取り組んでいた。成果は本人曰く90パーセント正解、といった所らしい。

「……緑が来ないんだけど、聞いてる?」

 ねいは本日早朝に出かけていて、朝の状態を知らなかった。携帯に電話は入っていないし、用事ができたなら直接警察署にかけてくると思ったのだ。

「嫌われたんじゃないですかー?」
「適当ね」

 だが連絡は無かったらしい。

「振りたい仕事でもあったんですか?」
「泉さんじゃあるまいし…可笑しいわね…」
「電話かけてみればいいじゃないですか」
「繋がらないもの」

 それについては、調査中には携帯をマナーモードにしてある事を知っており、違和感は無かった。
 だが、約束の時刻に姿を現さないというのは稀にしかない為、違和感となる。

「どっかで倒れてるんじゃないですか?」
「まさか」
「…ところで、今朝もどこに行っていたんですか?」

 ねいは鞄を下ろすと、カメラとメモ帳を取り出した。

「調査よ、報告聞きたい?」
「いいです」

 興味の欠片も無いと言わんばかりにそっぽを向くと、泉は本日何度目かの挑戦をし始めた。


 柚李は今日もパソコンと向き合っていた。この間得られた情報とネットに転がる他の情報を照らし合わせ、真偽を計るのだ。
 柚李の個人部屋は本で溢れている。テーマは殆どが実際起きた問題についてだったり、心理学だったり、危険物の本だったりと現実的なものが多くを占めていて、物語などのフィクション作品は一切無かった。
 勿論、CHS事件の本も数冊混在している。

 一日中パソコンと向き合っている日も多いが、散歩に出かけ知らない花を見つけるのも好きだった。
 突如メロディを鳴らし、携帯が光りだした。画面には¨大塚ねい¨の名が表示されている。

「あっ、もしもし?なんでした?」
≪急にごめん、緑が来ないの≫
「本当に急ですね」

 柚李はスマートフォンを肩と頬で挟み込み、タイピングしながら対応を重ねる。

≪何か知らない?≫
「…すみません、知らないですね…探しましょうか?」
≪いや、いいわ≫
「そうですか、それより明日なんですが―――」

 目の前に映し出された膨大な情報を、メモも無しに頭に叩き込みながら、柚李は会話も確りと刻んだ。


 結局鈴夜は、本人の意向と精神面の回復が――勿論作った物で誤魔化したのではあるが――認められ、本日中に帰宅できる事になった。
 だが、やはり通院は頻繁にした方が良いとの事だ。絶対に週一で顔を出すように言われた。
 進められる日程の間隔が狭まっていた事から、自分の状態が周りから見ても分かるくらい悪化しているのだと知った。
 
 その後、淑瑠が去ってからもう一度岳の部屋を訪ねたが、体調が悪いのか点滴を受け眠っていたので、静かに戻った。


 夕方勇之は自宅に戻っていた。袖を捲くり包帯を少し解くと、その段階でもう血の滲みが見えていた。
 樹野の表情、依仁の声色、鈴夜の反応、一日で見た様々な人の感情を思い出し、少し苛立ったり笑ったりする。
 だが最終的には心がもやもやとしてきて、ナイフを握りたくなってしまうのだ。

 同じ箇所に傷を重ねようとした瞬間、勇之の携帯がなった。
 流れるメロディーを暫く聞いていたのだが、仕方なくナイフを下ろし対応した。
 聞こえて来た声は明灯のものだった。

≪もしもし勇之?気配の事なんだけど≫

 勇之の心は躍った。追い詰める側の人間が追い詰められると言う状況が楽しい。

「分かったの?どんなやつ?」
≪うん、鈴村緑って子だったよ≫

 勇之はその名に嫌悪感を抱いた。

≪年は勇之と近めで、警察に出入りはしているけど警官ではないみたい。大丈夫だと思うけど一応口封じはしておいたから安心して≫
「…ありがとー、一応今度調査資料頂戴ね」
≪うーん、あげないけど、今度あった時見せるね。じゃあ≫

 電話が切れると携帯をベッドに放り投げ、ナイフを手に宛がい一気に引いた。
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