Criminal marrygoraund

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【3】

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 従業員が皆帰宅した後、勇之と明灯は職場に戻り、向き合った状態になり一対一で話していた。

「鈴夜くんに何してたの?」
「何もしてないよ、事故だって」

 勇之の表情はいつも通り変わらなかった。明灯は真剣な眼差しを、不敵な笑みを浮かべた勇之へと向け続ける。
 数秒見詰めて、不安を煽ってみるも効果は無く、仕方が無い溜め息と共に明灯は零した。

「…歩さんが勘付いてたよ」

 勇之は吊り上げていた口元を下げ、不快を表す。

「…なんだ、ほぼ確信済みか」

 どうやら観念したらしい。焦らす事も無くあっさりと事実を認めた勇之に対し、明灯は一瞬絶句してしまった。
 よくある事、ではあるが、明灯には勇之の考えが理解出来なかった。

「やめなよ、弱い子苛めるの。痛みは知ってるでしょ?」
「だって、好きなんだもん壊すの」

 何度この台詞を聞いた事だろう。
 明灯は、どこか幼稚さの滲む勇之に対して、表情には表さないが、飽きれに似た気持ちを感じた。

「…可哀想だからその辺にしといてよ、鈴夜くん本当に壊れちゃうでしょ」
「…はーい」
「謝るんだよ」
「はーい」

 何気なく見た時計の針が、いつもなら既に帰宅している時刻に達していた。そのため帰宅を目的に明灯は立ち上がる。

「じゃあ、話はこれで終わり。次会ったらちゃんと謝るんだよ」
「…はーい」

 反省の色が見えない勇之を背景に置いて、明灯は一人で部屋を出て行った。

 勇之は明灯が去ってから暫くして会社を出て、アパートの前までやってきた。しかし、このまま家に入ってしまうのもどこか苛立たしく、敢えて徒歩で少し遊べる施設がある方まで出てみる事にした。
 勿論気配が消えた事前提で、だ。なのにまだ気配は消えてはいなかった。

「…明灯さん嘘つきだなぁ…それか緑が懲りてないのかなぁ…」

 追尾者――恐らくはそこにいるであろう緑に聞こえるように言って見せるが、気配は止まなかった。
 勇之は急に思い立ち、鞄にそっと手を入れると、人気の無い道へと進路を変えた。


 鈴夜は、岳の部屋から音が聞こえたのに気付き、走っていた。気を紛らわせるという思惑も僅かに含め、岳に会いにきたのだ。

「岳さん!どうしたの!」

 勢いよく扉を開くと、ベッドと窓の間に位置する地点で岳は蹲っていた。酷く呼吸を乱し、苦しげにしている。

「だ、大丈夫!?」

 駆け寄り、体に触れようとする手を、岳は弱弱しくも振り払った。鈴夜は力ではなく行為に負け、その手を引いてしまった。

「…何でも、無いですから…」

 顔面は蒼白になっていて、明らかに正常ではないと分かる。

「…先生、呼ぶよ…」

 ナースコールを使う為、振り返り見た地点で、外された点滴が目に付いた。シーツに液が滲んでいる。
 岳の精神異常を突きつけられた気がして、ショックで鈴夜まで息苦しくなってきた。
 だがそれでも、早く現状を改善する為にと、すかさずナースコールに手を伸ばし、押した。


 淑瑠は帰り道中、帰宅してもずっと離れない鈴夜の表情に悲しみを抱いていた。
 鈴夜は笑顔だった。けれどその笑顔は完璧な作り物だった。誰が見ても分かる、作り物。

 恐らく鈴夜自身は上手く出来ていると思っているのだろうが、その意識のずれが更に悲しみを生んでくる。
 彼の一生懸命に繕おうとしている気持ちが、ひしひしと伝わってきて何も言えなくなってしまうのだ。

 一緒に笑おうにも辛すぎて笑えないし、無理を咎め止めさせる事もできない。
 自分は何の為に、鈴夜の近くに身を置いているのだろうか。支える為と言う明白な理由は持っていたつもりだったが、実際は欠片も支えにはなっておらず、寧ろ追い詰める結果になってしまっている気がして心苦しい。
 離れた方が良いのだろうか。でも、そうしたら誰が不安定な状態にある鈴夜を見守れるというのだろうか。

 淑瑠は巡り巡る矛盾に、明かりの無い暗い部屋の中、大きな大きな溜め息を漏らした。


 鞄に手を添えながら曲がり角を曲がった瞬間、後方から勢い良く飛び掛ってくる気配を感じた。
 勇之は想像通りの事態に、僅かに口角を吊り上げ反射行動を起こす。

 ――――勇之の目の前には、正しくは首の近くには、鋭い刃を光らせるナイフがあった。後ろから手を回される形で突きつけられている。
 だがそのナイフは寸止めされて、動かない。

 なぜなら勇之が、遅い来た相手に、後ろ手でスタンガンを向けたからだ。まだスイッチは押していない為、膠着状態にある。

「逃げずにナイフだけ下ろして。変な動きしたらスイッチ押すからね」

 勇之は相手がゆっくりナイフを下ろしたのを確認すると、スタンガンは離さないまま器用に振り向いた。

「さぁて、誰かなー緑かなー?」

 だが、そこにいたのは見覚えの無い女性だった。黒い髪のセミロングの女性、そう柚李だった。

「誰?何しにきたの?」

 柚李は既に腹部に当てられている状態のスタンガンを警戒しているのか、冷や汗を浮かべたまま微動だにしない。

「…なんで襲ったわけ?こうなると思わなかったの?」
「少しは」

 柚李は警戒しながらも、僅かに笑ってみせた。

「余裕だね、このままスイッチ押して警察に引き渡す事も出来るんだよ」

 だが、皮肉が過ぎる勇之に飽きれを表す。光のない瞳を真直ぐに勇之へと向ける。

「……そうしたら、世間に貴方がCHSの加害者である事をばらします、そして他の大事なお友達もそうであるという事も全て公表します」

 勇之は、追い詰められている筈の柚李の余裕さに純粋な尊敬を抱いた。だがそういう相手こそ、逆の顔が見たくなるものだ。

「……今ここで殺す事も出来るのに?」

 柚李は相変わらずな勇之の前で、柔らかな微笑を浮かべて見せた。

「可能性は考えてましたから、用意は出来ていますよ。本当に私を殺せば、貴方のお友達――いや、依仁さんも死ぬ事になるでしょう」

 まるで何も怖くない、と言わんばかりに。
 勇之は背景に用意されているからくりの存在を認識し、黙り込んだ。この女の背後には誰かがいる。

「だから今日の事は、お互いのため秘密にしませんか?」

 勇之は、メリットとデメリットをいくつか脳内で並べ、結果スタンガンを下ろした。
 それでも柚李は、黒い笑顔でその場に立ったまま逃げなかった。その行為が更に信憑性を高める。

「…分かったよ、それよりその情報どこで知った?」

 柚李はじっと自分を見詰めてくる勇之の瞳の奥に、良く知る感情が潜んでいるのを読み取った。
 故に、可笑しそうにくすくすと笑う。

「……貴方のお仲間に、裏切り者がいらっしゃるようですよ?」

 勇之は想像が確信に変わった瞬間、予想した人物の名を零していた。

「………緑か…」
「なんだ、もう知っていらっしゃったのですか」

 柚李はきょとんとしながらも、軽い声を発していた。
 こうもあっさり認めてしまうなんて二人の関係性が疑われる。だが、

「………不快だね」

 勇之は、緑に対する憎しみが強くなるのを感じた。

「じゃあ私はそろそろ…依仁さんの為にも自分の為にも、秘密でお願いしますよ」
「…分かったよ、勿論そっちも今日の事は仲間に喋らないでね」
「了解です」

 柚李は緩やかな足取りで、元来た道を戻っていった。
 その背が曲がり角に消えると、勇之は誰もいない道を睨み付けた。

「…裏切り者め」
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