Criminal marrygoraund

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「岳さんの馬鹿!!!」

 聴いた瞬間は黙り込んでしまったが、酷いもどかしさに苛まれた結果、鈴夜は叫んでいた。

「…え…?」

 岳の視線が漸く鈴夜を捕らえた。大粒の涙によって濡れた顔を見てか、眉が大きくハの字を描く。

「…そんなの、出来る訳…無い…よ…岳さんの馬鹿…」

 声にしながら次々溢れだす涙を、必死に両袖で拭い続ける。それでも堪えきれない雫は何粒も零れた。

「…岳さ…んが死んじゃっ…たら、僕もう立ち…直れなくなる…よ…だから…そんな事…言わない…で…お願い…」
「………鈴夜さん…」

 岳の目もまた潤みだす。だが必死に堪え、零さないように耐えている様子だ。

「……御免なさい…御免なさい…御免なさい…!また困らせて御免なさい…!!」

 岳は口元を強く塞ぎ、くぐもった声を放った。

「…違う、んだ…!僕は唯…岳さんに…!!」
「…御免、なさい…!」

 岳は点滴を無視してベッドを降り、窓の方へと体を向ける。鈴夜は反射的にその手を掴んだ。

「………生きているのは、苦しいんです…」
「駄目、だよ!駄目…!」
「何やってんだ!!」

 声を聞きつけ入ってきたのは依仁だった。樹野は入る事が出来ないのか、閉まりゆく扉の向こう側に居るのが見えた。

「やめろ岳!」

 近付いてくる依仁を、岳は酷く怯えた顔で見詰める。

「…わ、私…は…」

 依仁は岳の肩を掴み引き寄せた。その瞬間、岳の体の力が抜け二人一緒に崩れ落ちる。

「岳さん!」
「…え?何?どうなってんの?」

 急に転倒に巻き込まれた依仁は、混乱してたじろいでいた。岳の額には汗が滲んでいる。鈴夜はすぐさま駆け寄り岳の額に触れた。

「…熱…出てたんだ。先生呼ぶね…」

 鈴夜は安心する反面、止まらない鼓動の高鳴りにどう対処すればいいか分からなくなった。
 そんな中で、どうにか平常心を保ち、ナースコールを押し要請した。

 岳の部屋の前で俯き座る鈴夜の横に、依仁が腰掛けた。樹野は先に帰ったのか、既に付近には居ない。

「大丈夫っすか?」
「…どうでしょう…でも、辛いでしょうね…」
「………あの、水無さんに言ってるんすよ…?」

 鈴夜は、岳にかけられるべき言葉が自分にかけられていた事に目を丸くしてしまった。情けなさから影が浮かぶ。

「……そんな酷い顔していますか?」
「してるっすよ」
「……そうですか。分かりやすいん…ですかね…」

 落ち込みを見せる鈴夜の心情が、依仁には理解出来なかった。だが、優しい鈴夜の事だ、無駄な心配まで抱え込んでいるんだろう、と考える。
 よく泣き、悩む姿が樹野とよく似ている。

「………まぁ、良いんじゃないっすか?」
「…え?」
「感情が読みやすいの、悪い事じゃないっすよ」

 鈴夜は新たな意見に、驚愕の気持ちしか出て来なかった。

「……でも、心配させてしまいますよ…」
「分からないよりは、俺は好きっす」
「……そうですか…」

 複雑に絡む意識が、混乱を招く。けれどそれでも。

「……でも、頑張ります…」
「頑張る?」

 つい口から出た決意に率直に突っ込まれ、鈴夜は口に手を当てていた。依仁は目を泳がせる鈴夜を見て、何と無くで回答した。

「………じゃあ頑張ってください、適度に、ストレス溜まったら話くらい聞きますから」

 言いながら軽くその頭に触れる。そして立ち上がると、出口方面へと歩いていった。
 鈴夜は突然の慰めに唖然としていた。その行為が、歩と淑瑠の使う方法と酷似していた事があまりにも衝撃的だった。 


 樹野はそわそわしながら待合室にいた。依仁の姿を見つけ、すぐさま駆け寄る。

「…み、水無さん大丈夫かな?」

 依仁は鈴夜の思い詰めた顔を、もう一度思い出してから首を傾げた。

「分かんね、明日仕事?」
「…う、うん」

 樹野は、心配が消化されないまま切り替えられた会話に戸惑ってしまった。

「じゃあ早速明日から送るわ」
「…ありがとう、お願いします…」

 樹野は真向かいの依仁に、浅くお辞儀した。顔を上げた樹野に向かって、少し困った様子でぽつりと落とす。

「早く終わってほしいよなー」

 樹野は、内容の変化に小さく微笑みを作った。

「…そうだね、早く終わるといいね」 


 夜、部屋に歩がやってきた。
 鈴夜はあれから暫く岳の部屋に居たのだが、全く目覚める様子が無かったため戻ってきていた。
 医師に岳の様子を伝えると同時に、頻繁に顔を出して欲しいとお願いしておいた。

「鈴夜くん、調子はどうかな?」
「…もう大丈夫です」

 鈴夜はやはり、微笑んでいた。既に無理は癖になってしまったのかもしれない。

「そうか、良かった」

 そう声にした歩は、疲れているのか顔色が悪い。鈴夜は負担を考え、また思いを詰まらせた。

「……またお休みしてしまってすみません、何度も何度も本当にすみません…」

 笑顔は消し、斜め下を見詰める。深い罪悪感が、鈴夜の中に落ちてきて、その形を大きくして行く。

「良いんだよ。仕方ないじゃないか、思うように行かない事もある、鈴夜くんのせいじゃないよ」
「…でも…」

 体の弱さはコントロール出来る物ではない、といってくれているのだろう。体調は自己管理するものとも言うが。

「…そう、ですね」

 鈴夜はその意味とは別に、勇之との出来事や事件を思い浮かべていた。

 無力さを痛感させる出来事の数々は、突然自分を襲ってくる。思うように行かない以前に、思ってもいない事に襲われるのだ、対処法なんて無い。
 それでも、自分が生き方を間違えたせいなのだと思ってしまうのだ。運命だから自分は悪くない、とはどうしても思えない。

「……もっと、強くなりたいです…」
「……もう十分強いよ、強すぎる位だ」

 鈴夜は歩の映す自分の姿がイメージできず、きょとんとしてしまった。明らかに弱みばかりを曝け出しているのに、何が¨強い¨というのだろうか。

「……頑張り過ぎなくていいからな、辛い事があったら言ってくれればいいから」

 分からず考えている中でそっと零された歩の台詞に、鈴夜は突き刺さる感覚を覚えた。
 まさに、今ぴったりの台詞だったのだ。
 今すぐ、勇之との出来事を詳細まで全て吐き出してしまいたくなる。けれどその口を、すぐさま噤む。

「…ありがとうございます、また何かあったら話きいて下さい…」

 鈴夜は態と頼る振りを含め、言葉に信憑性を持たせた。
 耳にした歩がほんの一瞬絶句した――気がしたが直ぐに微笑んだ。

「ああ、いつでも」

 歩はちらりと腕時計を見ると、帰宅する時間なのかゆっくりと立ち上がる。

「そろそろ行くよ、またな」
「はい、ありがとうございました、お気をつけて」

 背を向け扉に近付くと、一旦停止し振り向く。

「…そう言えば今日勇之君って来たりしたか?」

 その名に鈴夜は、反射的に肩を窄めていた。だが、無理矢理自然体を作る。

「…いいえ?」

 歩は違和感から疑問符を浮かべたが、また直ぐに顔を扉に向けると、ひらひらと手を振り出て行った。

「そうか、ありがとう。じゃあまたな」

 消灯時間が訪れると、自然の法則とでも言うように鈴夜は涙を流していた。
 誰も顔を覗かせない時間が暫く続くと考えると、我慢出来なくなってしまうのだ。
 笑顔でいる事が苦しい。きっと誰も居なかったなら一日中泣いて過ごすだろう。

 そう断言できる位には、常に泣きたい気持ちが付き纏っている。そうして、駄目だと分かりながらも、涙してしまうのだ。
 泣いてる場合ではないと頭で分かっていても、涙が止まらないのだ。

 勇之との一件を歩に話して、楽になってしまいたい。
 けれど、話してしまえば、次は歩が標的にされるかもしれない。それは絶対に嫌だ。
 その為には、自分が耐えるとの選択しか残らない訳だが、それを完全に受け入れてしまうのを心が拒むのだ。頭では決めていても、心が嫌だと叫ぶのだ。

 誰にも知られず虐めが無くなる方法はないだろうか。
 勇之ともっと距離を置けば、一人きりの時間を作らなければ、自分が仕事を辞めれば、自分が消えるか勇之が消えれば――。

 鈴夜は勢い良く首を横に振った。
 勇之の不幸を望んでいる訳じゃない。けれど思いついてしまった方法に、また鈴夜は涙していた。
 自分が闇に落ちてゆく感覚に、溺れる感覚に怯えながらも、鈴夜は飲まれるがままに体を震わせた。
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