Criminal marrygoraund

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 また新しい日々が始まりを告げた。今日は月曜日で、これから5日にも及ぶ労働が続く。
 けれど、鈴夜の足取りはいつもよりも軽かった。本当に言いたい事だけを自分の意思で選び、歩に打ち明けられたのが心の安定している理由だと分かる。
 今まで隠し続けてきたが、話す事も大切だと少し思う事が出来た。
 もちろん、不安感が完全に拭いきれた訳ではなかったが。

 また歩には、助けられてしまった。礼を言っても言い切れない程に感謝は募ってゆく。
 本当にいつか、方法は分からないけれど恩返しをしよう。面と向かって、有り難う御座いました、と感謝をしよう。

「お早う御座います」
「お早う鈴夜くん、昨日はありがとう」

 歩の微笑に、今日は痛みを感じなかった。自然と笑顔が溢れてくる。

「…こちらこそ、有り難う御座いました」
「今日も出来る所まで頑張ろうか」

 まるで昔に戻ったような懐かしい台詞に、鈴夜は感慨深さを覚えた。まだ日常に退屈していた頃、同じ台詞を聞いた事がある気がする。

「…はい」

 歩と鈴夜はそれぞれの席に付き、前向きな気持ちで業務に打ち込み始めた。


 淑瑠は今朝も、作ったばかりの手料理を届けに来ていたのだが、取っ手にかかった袋の中のタッパーが空になり、綺麗に洗われているのを見て安堵していた。
 何も手につかない状態ではないと分かっただけで、ただそれだけで小さな心配が一つ消える。
 このまま少しずつでも、鈴夜の心が正常に戻っていけば本望だ。そこに自分がいなくとも。

 ――その為に、終わらせる。

 三日後の木曜は休日だ。その時に壊そう。
 淑瑠は目を閉じ、数日後の自分の姿をイメージする。その度に心に落ちるてくる鉛を、黙って受け止めた。


 柚李は自宅で、冷めた紅茶を前に携帯を触っていた。一度触り始めたら止まらなくなってしまったのだ。
 画面には、黒い文字とハングルネームが並んでいた。一読するだけで直ぐに怪しいと分かるサイト、4896だ。
 柚李もサイト閲覧者の一人だった。ネットサーフィンをしている内に辿り着き、随分前からお世話になっている。

 騒ぎの発端になっている所為なのか、参加者が昔よりも増えているのが分かる。
 だがその反面、居なくなった人間も居る事に柚李は気付いていた。
¨春野桃¨の正体は柚李も把握していて、消えた理由も確信していた。その他には¨燕¨や¨コズミン¨¨高月龍牙¨など、今では全く見なくなった人間が多数存在しているのが分かる。

 しかし書き込みがなくなった程度では、現実での生活等分かるはずもなく、消えた理由も明白には分からない。
 ただ、消えた中に殺された人間がいるのは間違いない、と柚李は予想を掻き立てた。


 ねいは依仁の働く現場に来ていた。依仁は向こうからの突然の訪問に驚きを隠せない。

「お早う、大変そうね」
「…まぁ…急にどうした?」

 同僚達は、女性の出現に誤解をしているのか、黄色い声を湧かせている。ねいは構わず、といった様子だ。

「この間¨折原さん¨が来たわよ」
「…え、ちょっと待って」

 依仁は焦りを浮かべながら上司に一声かけると、ねいの手を引き現場の裏まで導いた。

「…流石にあそこじゃ不味いだろ」
「…そうね、つい」

 鈍感なのか態となのか今一読めずに、依仁は軽い冷や汗を浮かべた。
 実は、ねいとまともに話をするのは、これで2回目だ同じ学校だったと言っても話した事すらない者同士だったため、性格もよく知らない。

「…用件は?」
「犯人候補の話、知りたがっていたでしょう?」

 依仁は唖然とした。協力を要請したのは自分なのだが、当時は保留で終わり、話は終わってしまったものだとばかり思っていた。

「とはいっても絞れた訳じゃないの、結構大変な捜査になりそうって言いたかっただけ」

 鋭い目付きをしながらも、意外に柔らかい性格の持ち主なのかもしれないと依仁は受け止める。いや、演技でなければの話だが。

「まず事件生存者ね。当時の全校生徒と先生の数と、加害者6人の数を引けば10人位だと言えるでしょう。一番線が濃いのはこの辺りかしら」

 全てサイトから抜き出した情報である。更に細かい情報として――ねいは口には出さなかったが――教師が2人生徒が8人という情報もあった。

「被害者家族は普通の家族構成から考えると、まぁ3人家族として20人にも及ぶわね」

 依仁は数字的な推理を導いた事が無かった為、聞きながら難しさに眉をしかめてしまう。

「……改めて考えると膨大な数だな…どこにいるとかはわかんの?」
「生憎な事に当時の資料が消えてしまっているのよ、だから生存者名簿も今はないわ」
「……まじか」

 しかも数字が分かっているだけで、肝心の個人情報が一切無いというのだ。これでは、捜索は途方もない作業となる事だろう。
 ねいは顎に手を当て、何やら考える仕草を取っている。真剣な姿を見ていると、改めてねいの思惑に疑念が湧いた。

「…それよりさ、何で協力応じてくれたの?」

 要請しながら抱くべきではないと分かりながらも、素直に応じる態度が信じられないのだ。

「大事な人守るんでしょう?」

 ねいは何言ってるの、と言わんばかりの呆れ顔だ。
 依仁は、昔ねいの横に毎日のように付いて歩いていた、笑顔の素敵な少年の姿を思い出した。最期は血に塗れ息絶えた少年を。

「…ごめん」
「何が?」
「…いいや、なんでも」
「今日はとりあえずそれだけ。何の価値もない情報でしょうけど、無闇矢鱈に探しても意味無いからやめなさいって言いに来たのよ。と言うか犯人探しなんか本当はやめればいいのにと思っているわ」

 結論を最後に一気に纏められて、依仁は軽く圧倒されてしまった。樹野と同じことを言い切ったねいの心理が、今一読めなくて依仁はまた首を傾げた。


 美音はゲームセンターで、また緑の事を考えていた。
 今日も詰まらない銃撃ゲームで暇を潰す。せめて相手が人間だったら、多少のハラハラ感は味わえただろうか。
 ゾンビを生身の人間に見立てて、的を合わせてみる。画面には丸い印が現れて、標準を定められるようになっていて、いとも簡単に急所を狙える仕組みになっている。

「ああ!やっぱりつまんない…!」

 どんなに思考を切り替えても、直ぐに後悔や無力さばかりが頭の中をいっぱいにしてきて、靄々感が拭いきれない。

「…緑が人を殺していないって、どうしたら信じてもらえるのかな…」

 美音はもう一度玩具の拳銃を構えた瞬間、不図過ぎった衝動に過去の自分を重ね合わせた。


 無理をし続けた体は、そう簡単に回復してくれないらしく、自宅に辿り着いた頃には精神共々疲弊していた。
 病院に寄り点滴を受けて来た筈なのに、回復している気配がない。

 鈴夜はドアノブにかかっていた手料理を手に取り、玄関へと入った。
 温もりの消えた料理を袋ごと掲げ見ながら、不図考える。
 淑瑠も歩と同じように、自分を責めながら心配してくれているんだろうか。こんな自分の状態に気付き、慰めようとしてくれているのだろうか。

 いや、考えるまでもない事だ。
 淑瑠は大智が居なくなった日も、事件に巻き込まれた日も、何時だって自分の事は全て犠牲にして、見守り助けてくれていた。それは心配してくれていたからだ。大切に思ってくれていたからだ。
 改めて噛み締めた時、鈴夜は訳あれど避けてしまっていた事実に申し訳なさを感じた。
 淑瑠にも、謝らなければならないな。

 鈴夜は、レンジの中でハンバーグが回っている様子を見ながら、何度か頷いた。


 明灯は深夜、突然の息苦しさに目覚めた。咳が止まらず、呼吸が困難を極める。昨夜定位置に置いておいた吸入器を手探りでとって、すぐさま薬品を吸い込む。

 暫くして正常に戻った明灯は、放心しながらも滲んだ汗を服の袖で拭った。
 最近発作が急に増えだして、嫌になってしまう。
 喘息は昔から持っている病気で一時は陰を潜めていたが、事件で娘を失ったのを切っ掛けにまた発症し始めた。

 それから15年、徐々に無くなりつつあったのだが、勇之と緑の事件の日からぶり返し始めたのだ。
 改めて布団の中に潜り込んだまでは良いが、脳内に浮かぶとある光景の所為で睡眠に入ることが出来なかった。

 明灯は眼鏡を棚の上から取り、掛けると、重い体を持ち上げ仕方なくベッドを出た。
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