Criminal marrygoraund

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 ねいは泉と共にまた捜査に来ていた。事件現場の血跡は日に日に色褪せて行き、過去の物へと姿を変えてゆく。

「いやー、早半月経ちましたが一向に進展ありませんねー」 

 人の出入りが多かったのか、倉庫には様々な人間の居た痕跡が残されていて、捜査は難攻を極めた。

「そうね」

 ねいは現場の隅々までを再度見回りながら、丁度真ん中で座って何かをしている泉の声に答えた。ただ、距離があり返答が聞こえているかは分からない。

「今日口数少ないですねー」
「…仕事中だから当たり前でしょ」

 態と小声で突っ込みを入れたが、聞こえていないので反応される訳も無く、泉は新たな話題を叫び始めた。

「こう証拠とかが上手い事消えていると流石って思いますよねー、綾崎さんや青木さんの時みたいですねー、プロですかねー、どこかで殺人教室でも開いているんですかねー、ねいさんどう思いますかーねいさん聞いてますかー!!」

 余程相手にしてほしいのか泉は次々と単語を並べてゆく。最後には直接的に呼ばれて、ねいは仕方が無く泉の元へと向かう事にした。
 座り込み何かしていると思いきや、泉は携帯ゲームをしているだけだった。不真面目すぎて頭を叩きたくなったが、いつもの事なので止めておいた。

「犯人は前々から計画していたのかも知れないわね。どうも衝動的な殺人だとは思えないのよ」

 殺人方法然り、証拠隠滅の完璧さ然り、完璧すぎて畏怖の念さえ起きるほどだ。

「自首とかしないかなー、そうすれば楽なのに」
「……すると良いわね」

 ねいは暫く面白みの無い画面を見詰めていたが、飽きてきた為、捜査の続きを始めた。
 現場の血跡を再度見た時、不図調書を読んでいたとき感じた違和感に気付いた。
 勇之の居た場所の方が、血が多く染み付いている気がしたのだ。
 加えて調査書から、勇之の方が強い憎しみを受けていたのではないか、との予想が出来上がった。 


 一通り話し合いに必要な書類を並べてから、歩は真ん前に座る明灯を直視した。明灯は目を逸らさずに真直ぐ歩の視線に応える。

「勇之の話ってなんですか?何言われても驚かないので大丈夫ですよ」

 明灯はまるで、話の内容が分かっているかのように優しい笑みを湛えた。歩は覚悟を受け取り、鞄の底を手繰る。

「これ…なんだが」

 手に取ったのはナイフだった。ただ、今は刃が仕舞われていて一見武器には見えない。

「…勇之のナイフ、ですね?」
「…やっぱりそうだったのか…」

 しかしその状態にありながらも、明灯は物の名を確りと言い当てて見せた。想像が確信に変わったところで、出来事の真相を追究する。

「…見た事がありましたから…」

 申し訳なさはあったが折角の機会だ、隠す事はやめようと思った。

「…倉庫で勇之君と鈴夜くんが一緒に居た時、物が散乱しただろう。その物の中に、開いた状態で紛れていたんだ」

 明灯は歩の言いたい事を直ぐに飲み込んだのか、何度か頷いた。そして愁いた瞳のまま、僅かに口角を吊り上げる。

「…多分歩さんの思っておられる通りです。彼には悪い事をしましたね…すみませんでした…」
「…知っていたのか?」
「知ったのはあの日です。私もずっと謝ろうと思っていたのですが、色々あって結局話す機会さえなく…」
「すまない、辛いよな…」

 ¨色々¨が勇之の事件を示していると気付いた歩は、即座に慰めた。

「…いえ、水無さんと少しお話させて頂いても宜しいですか?勇之の代わりに謝らせてください」

 歩は躊躇った。鈴夜は勘付かれていると思っていないかもしれない。それに明灯にとっても、勇之の代わりの謝罪など心地良くないに決まっている。
 だがそれでも何かが楽になるならば、と歩は見えない希望を想像し、頷いた。

「……分かった。そうだな呼んで来よう」

 この決意が、良い方向へと向かう事を願って。

 だが、鈴夜は席には居なかった。隣の部下に尋ねると、急にどこかへ消えたとの事だ。
 きっと本調子でないのに無理をしたから、また具合を悪くしてしまったのだろう、と想定する。

 しかしこれでは話が出来ないな。
 考えながらも、調子の悪い鈴夜を探し連れて行く訳にも行かず、歩は残念そうに踵を返した。


 淑瑠は、運転をしながら事故当時の光景を思い出していた。休憩時は鈴夜の事ばかり考えているというのに、運転を始めるといつも事故の記憶に苛まれるのだ。
 息苦しくなったり、震えが起きたりなど身体的な変化はないが、とても緊張する。
 それでもいつかは鈴夜が望むように、以前のような充実した生活を手繰り寄せるんだ、と強く前を見詰めた。


 鈴夜は得体の知れない恐怖感から漸く逃れられて、浅く息をしていた。壁を背にして手の平で汗を拭う。
 何度か体感した発作のような苦痛に、鈴夜は恐怖を抱えていた。自分は何か複雑な病にでもかかっているのではないかと、錯覚してしまうくらいの苦しさが突然襲うのだ。

 原因は分かっているつもりだ。多分、精神的なものだろう。
 ¨分かっているのに対処出来ない¨という現実に打ちのめされそうになりながらも、不審視されてはならないと個室の扉を開き、部署へと戻った。

 部署に戻って席を見ても、歩はまだ戻ってきていなかった。

「…長い事あけてたね、ごめん」
「全然長くないよ、寧ろもう大丈夫?随分辛そうだったけど」
「えっ?えっと…うん…」

 体感的には長かった苦痛が、意外にも短時間であった事を知り、鈴夜は慄いた。だが、表情には出さないように飲み込み、再度続きに取り掛かった。


「…そうですか、残念です…」

 目の前の明灯は本当に残念そうで、思わず歩も同じ顔をしてしまった。

「…すまないな、部屋を出てたみたいで…」
「……また明日にします。今日は話をしましょう」

 明灯は状況を判断し、仕方ないというように書類を引き寄せる。歩も促されて資料を手に取った。

「…本当に御免な、辛い事を思い出させた上に…」
「良いんですよ。さぁ仕事に戻りましょう、前回の続きですが…」

 隙を与えず職務に戻った明灯の明らかな態度に、歩は声を飲み込むしかなかった。


 帰宅して直ぐ、鈴夜はカッターを握り締めていた。怖さを、不安を打ち消す為に傷を作る。
 この行為が短期間で習慣化してしまい、何時の間にか止められなくなっていた。10日の内に刻み付けた幾つもの線が、心の傷の深さを物語っている。

 だが、自分の中で限度を超した恐怖を浄化するには、この方法しか思いつかないのだ。駄目だと分かりながらも止まらないのだ。
 鈴夜は、切った部分から落ちそうになっている雫を急いで舐め取り、口内を血の味で満たした。
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