Criminal marrygoraund

有箱

文字の大きさ
上 下
222 / 245

3/19

しおりを挟む
 明け方鈴夜は、カッターナイフを手に持って刃先を腕に強く押し付けた瞬間、我に帰った。もしも淑瑠がやってきて生傷が出来ていたら、言い訳が出来ない。

 鍵を渡した理由として、この行為を制止する目的も込めていた。早速の効能に自分自身驚く。
 疼く心を押さえつけたまま、早速淑瑠の元へ行く為の準備を始めた。
 合鍵は、机の引き出しに仕舞っておいた。


 同時刻、淑瑠の家のチャイムがなった。淑瑠は痛む体を起こし、ゆっくりと対応に当たる。
 鈴夜だと思い扉を開けた先の人物に、淑瑠は絶句してしまった。

「お久しぶりね、今話良いかしら。出来れば誰もいない方が良いんだけど」

 顔を出したのは、ねいと泉の二人組みだった。警官の制服を纏っており、直ぐに深刻な話だと悟る。
 淑瑠はねいを知っていたが、ねいが淑瑠に気付いているかは定かではない。

「……良いですよ。入ってください……」

 玄関に通されたねいは、淑瑠を見詰めて早々に用件を突きつけてきた。泉は何やら辺りをきょろきょろと見回していた。

「貴方の事故、事故じゃないかもしれないの」
「……えっ?」

 唐突な表現に凍りつく。淑瑠自身確かに違和感を覚えていたが、事故では無いとはっきり言われるとは思わなかった。

「ブレーキ可笑しかったでしょう?」

 淑瑠は事故の瞬間を鮮明に思い出していた。坂から降りて曲がり角を曲がろうとした所で、ブレーキが全く効かなくなり、そのまま横転してしまったのだ。
 思い出すだけで寒気がする。

「……はい……」
「後で調べた所、細工が施されていたのが分かったわ」

 淑瑠は文章一つで、とある現実を悟った。知りたくなかった、ずっと逃げ続けていた現実を。

「何か恨まれる覚えは? 変な教え方をしたり」

 介入してきた泉の後半の台詞に、淑瑠は眉を顰める。まるで対象があるかのような言い草に。

「……貴方の教えていたっていう新人、事故後直ぐに自殺したのよ」
「……えっ」

 淑瑠は信じられなかった、別の可能性は考慮したが、新人が関わっているとは到底思えなかった。それどころか、巻き込んでしまった可能性の方が否めない。

「家族の方が言うには、事故が引き金に」
「泉さん、そこはいいでしょ」

 遮ったねいは、強い口調で、 

「と言う事だから一応気をつけて頂戴」

 とだけ残した。
 淑瑠は、去ってゆく背中を何も出来ず見送る事しかできなかった。


 歩は仕事をしながら、依仁の事を考えていた。襲われてからもう10日ほど経過するが、一向に目覚める気配が無い。
 もしかして彼は、一生目覚める事が無いのかもしれない。そうしたら樹野はどうするのだろうか。嘆き自分を責めるだろうか。
 いや、その前に依仁の身が危ないだろう。いつ誰に襲われても可笑しくない場所にいるのだ。共にいる樹野も例外ではない。

 やはり、早急に手を打たなければならない。
 歩は鞄に入れたままになっている携帯を見据えて、泉の顔を想像した。


 美音は、ゲームセンターの五月蝿い音声を聞きながら、メール画面を見詰めていた。相変わらず新着メールはない。

 ――もう直ぐ、緑を救う事が出来る。
 誰も悲しむ事無く自分が悲しむ事もなく、助ける事が出来るんだ。本当はちょっと怖いけれど、それでも、もう何も失うものなんて無いから。

 美音は徐に、昔のメールを漁りだした。日付の古くなった文章に、恋心を重ねる。携帯をぎゅっと抱いて、その笑顔と涙を思い浮かべた。

「……鈴夜さん、会いたいです。叶うならばもう一回一緒にご飯作りたかったなぁ……淑瑠さんも皆で一緒に……」

 共に作ったカルボナーラの味を思い出そうとしてみたが、記憶の中には何の味も残ってはいなかった。


 鈴夜はまた玄関で蹲っていた。今日は発作ではなく唯の貧血なのだが、直ぐに頼れる薬がない分、辛いものがある。
 視界がぼやけて眩暈が襲い、立ち上がれず先ほどからずっとこの状態にあるのだ。

 淑瑠が苦しんでいたら助けなければいけないのに。また泣きたくなっていたら、その体を抱きしめてあげたいのに。真直ぐに立つ事さえ出来ないなんて。
 鈴夜は、勝手に落ちてくる涙を、息を止めて堪えた。


 柚李は自宅でねいと話をしていた。目の前ではまたパソコンが他事を映し出している。

「多分樹野ちゃんは全く関係ないですよ、丁度その日は病欠だったらしいので」
≪……そうなの、なんだか腑に落ちないわね≫

 ねいからは、小学生時代、依仁と樹野が一緒に居た記憶があると聞かされていた。補足だが、樹野は依仁によく慰められていたらしい。

「…なぜですか?浅羽さんと一緒にいたから?」
≪そうよ。そもそも八坂さんは浅羽さんが加害者だって知っているのかしら?≫

 柚李も抱いた疑問がねいの口から出た事で、疑惑が更に深まる。

「……そうですね……知らなかったら可哀想ですよね。騙されているみたいで……」

 柚李から見る樹野の愛は本物だ。理解に苦しむほどに。加害者だと知っていたのなら、更に分からなくなるだろう。

「ちょっと聞いてみます」
≪浅羽さんとの過去の関係性も聞いてみてね≫
「……はい……」

 柚李は、揺らぐ心に重い蓋を落として、逃げ出そうとする気持ちを縛り付けた。


 淑瑠は扉の前で、唖然としていた。現実が容赦なく突き刺さり、恐怖を煽る。ずっと、どこか他人事の振りをしてきたのに、気付かない内に渦中に飲み込まれていた。
 淑瑠は気付いてしまっていた。一連の騒ぎに巻き込まれている事を。恐らく自分が、事故を装った偽装殺人で殺されかけた事を。CHSの関係者として狙われている事を。
 身震いがする。底知れない恐怖が湧きあがってくる。実際に巻き込まれる事が、こんなに怖いと思わなかった。

 ポケットの携帯が着信を告げた。気を張っている状態での音楽に、一瞬凍りついたが直ぐに確認した。鈴夜からで、少し遅くなるとの連絡だった。
 不図浮かぶ。共にいる事で、鈴夜の身も危険に合わせてしまうかもしれない。既に巻き込まれた事があるのだ、危険なポジションにいる事は間違いないだろう。

 関係者が二人となれば、格好の餌食になってしまうに違いない。それでは守るどころか傷つける事になってしまう。
 それでは駄目だ。どうにかしなければ。鈴夜を守る為に取るべき行動は―――。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

薫る薔薇に盲目の愛を

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:54

今宵、鼠の姫は皇子に鳴かされる

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,420pt お気に入り:10

選んでください、聖女様!

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:52

1泊2日のバスツアーで出会った魔性の女と筋肉男

恋愛 / 完結 24h.ポイント:255pt お気に入り:99

明らかに不倫していますよね?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:6,972pt お気に入り:121

死が見える…

ホラー / 完結 24h.ポイント:3,067pt お気に入り:2

断罪されて死に戻ったけど、私は絶対悪くない!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,051pt お気に入り:208

処理中です...