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明け方鈴夜は、カッターナイフを手に持って刃先を腕に強く押し付けた瞬間、我に帰った。もしも淑瑠がやってきて生傷が出来ていたら、言い訳が出来ない。
鍵を渡した理由として、この行為を制止する目的も込めていた。早速の効能に自分自身驚く。
疼く心を押さえつけたまま、早速淑瑠の元へ行く為の準備を始めた。
合鍵は、机の引き出しに仕舞っておいた。
◇
同時刻、淑瑠の家のチャイムがなった。淑瑠は痛む体を起こし、ゆっくりと対応に当たる。
鈴夜だと思い扉を開けた先の人物に、淑瑠は絶句してしまった。
「お久しぶりね、今話良いかしら。出来れば誰もいない方が良いんだけど」
顔を出したのは、ねいと泉の二人組みだった。警官の制服を纏っており、直ぐに深刻な話だと悟る。
淑瑠はねいを知っていたが、ねいが淑瑠に気付いているかは定かではない。
「……良いですよ。入ってください……」
玄関に通されたねいは、淑瑠を見詰めて早々に用件を突きつけてきた。泉は何やら辺りをきょろきょろと見回していた。
「貴方の事故、事故じゃないかもしれないの」
「……えっ?」
唐突な表現に凍りつく。淑瑠自身確かに違和感を覚えていたが、事故では無いとはっきり言われるとは思わなかった。
「ブレーキ可笑しかったでしょう?」
淑瑠は事故の瞬間を鮮明に思い出していた。坂から降りて曲がり角を曲がろうとした所で、ブレーキが全く効かなくなり、そのまま横転してしまったのだ。
思い出すだけで寒気がする。
「……はい……」
「後で調べた所、細工が施されていたのが分かったわ」
淑瑠は文章一つで、とある現実を悟った。知りたくなかった、ずっと逃げ続けていた現実を。
「何か恨まれる覚えは? 変な教え方をしたり」
介入してきた泉の後半の台詞に、淑瑠は眉を顰める。まるで対象があるかのような言い草に。
「……貴方の教えていたっていう新人、事故後直ぐに自殺したのよ」
「……えっ」
淑瑠は信じられなかった、別の可能性は考慮したが、新人が関わっているとは到底思えなかった。それどころか、巻き込んでしまった可能性の方が否めない。
「家族の方が言うには、事故が引き金に」
「泉さん、そこはいいでしょ」
遮ったねいは、強い口調で、
「と言う事だから一応気をつけて頂戴」
とだけ残した。
淑瑠は、去ってゆく背中を何も出来ず見送る事しかできなかった。
◇
歩は仕事をしながら、依仁の事を考えていた。襲われてからもう10日ほど経過するが、一向に目覚める気配が無い。
もしかして彼は、一生目覚める事が無いのかもしれない。そうしたら樹野はどうするのだろうか。嘆き自分を責めるだろうか。
いや、その前に依仁の身が危ないだろう。いつ誰に襲われても可笑しくない場所にいるのだ。共にいる樹野も例外ではない。
やはり、早急に手を打たなければならない。
歩は鞄に入れたままになっている携帯を見据えて、泉の顔を想像した。
◇
美音は、ゲームセンターの五月蝿い音声を聞きながら、メール画面を見詰めていた。相変わらず新着メールはない。
――もう直ぐ、緑を救う事が出来る。
誰も悲しむ事無く自分が悲しむ事もなく、助ける事が出来るんだ。本当はちょっと怖いけれど、それでも、もう何も失うものなんて無いから。
美音は徐に、昔のメールを漁りだした。日付の古くなった文章に、恋心を重ねる。携帯をぎゅっと抱いて、その笑顔と涙を思い浮かべた。
「……鈴夜さん、会いたいです。叶うならばもう一回一緒にご飯作りたかったなぁ……淑瑠さんも皆で一緒に……」
共に作ったカルボナーラの味を思い出そうとしてみたが、記憶の中には何の味も残ってはいなかった。
◇
鈴夜はまた玄関で蹲っていた。今日は発作ではなく唯の貧血なのだが、直ぐに頼れる薬がない分、辛いものがある。
視界がぼやけて眩暈が襲い、立ち上がれず先ほどからずっとこの状態にあるのだ。
淑瑠が苦しんでいたら助けなければいけないのに。また泣きたくなっていたら、その体を抱きしめてあげたいのに。真直ぐに立つ事さえ出来ないなんて。
鈴夜は、勝手に落ちてくる涙を、息を止めて堪えた。
◇
柚李は自宅でねいと話をしていた。目の前ではまたパソコンが他事を映し出している。
「多分樹野ちゃんは全く関係ないですよ、丁度その日は病欠だったらしいので」
≪……そうなの、なんだか腑に落ちないわね≫
ねいからは、小学生時代、依仁と樹野が一緒に居た記憶があると聞かされていた。補足だが、樹野は依仁によく慰められていたらしい。
「…なぜですか?浅羽さんと一緒にいたから?」
≪そうよ。そもそも八坂さんは浅羽さんが加害者だって知っているのかしら?≫
柚李も抱いた疑問がねいの口から出た事で、疑惑が更に深まる。
「……そうですね……知らなかったら可哀想ですよね。騙されているみたいで……」
柚李から見る樹野の愛は本物だ。理解に苦しむほどに。加害者だと知っていたのなら、更に分からなくなるだろう。
「ちょっと聞いてみます」
≪浅羽さんとの過去の関係性も聞いてみてね≫
「……はい……」
柚李は、揺らぐ心に重い蓋を落として、逃げ出そうとする気持ちを縛り付けた。
◇
淑瑠は扉の前で、唖然としていた。現実が容赦なく突き刺さり、恐怖を煽る。ずっと、どこか他人事の振りをしてきたのに、気付かない内に渦中に飲み込まれていた。
淑瑠は気付いてしまっていた。一連の騒ぎに巻き込まれている事を。恐らく自分が、事故を装った偽装殺人で殺されかけた事を。CHSの関係者として狙われている事を。
身震いがする。底知れない恐怖が湧きあがってくる。実際に巻き込まれる事が、こんなに怖いと思わなかった。
ポケットの携帯が着信を告げた。気を張っている状態での音楽に、一瞬凍りついたが直ぐに確認した。鈴夜からで、少し遅くなるとの連絡だった。
不図浮かぶ。共にいる事で、鈴夜の身も危険に合わせてしまうかもしれない。既に巻き込まれた事があるのだ、危険なポジションにいる事は間違いないだろう。
関係者が二人となれば、格好の餌食になってしまうに違いない。それでは守るどころか傷つける事になってしまう。
それでは駄目だ。どうにかしなければ。鈴夜を守る為に取るべき行動は―――。
鍵を渡した理由として、この行為を制止する目的も込めていた。早速の効能に自分自身驚く。
疼く心を押さえつけたまま、早速淑瑠の元へ行く為の準備を始めた。
合鍵は、机の引き出しに仕舞っておいた。
◇
同時刻、淑瑠の家のチャイムがなった。淑瑠は痛む体を起こし、ゆっくりと対応に当たる。
鈴夜だと思い扉を開けた先の人物に、淑瑠は絶句してしまった。
「お久しぶりね、今話良いかしら。出来れば誰もいない方が良いんだけど」
顔を出したのは、ねいと泉の二人組みだった。警官の制服を纏っており、直ぐに深刻な話だと悟る。
淑瑠はねいを知っていたが、ねいが淑瑠に気付いているかは定かではない。
「……良いですよ。入ってください……」
玄関に通されたねいは、淑瑠を見詰めて早々に用件を突きつけてきた。泉は何やら辺りをきょろきょろと見回していた。
「貴方の事故、事故じゃないかもしれないの」
「……えっ?」
唐突な表現に凍りつく。淑瑠自身確かに違和感を覚えていたが、事故では無いとはっきり言われるとは思わなかった。
「ブレーキ可笑しかったでしょう?」
淑瑠は事故の瞬間を鮮明に思い出していた。坂から降りて曲がり角を曲がろうとした所で、ブレーキが全く効かなくなり、そのまま横転してしまったのだ。
思い出すだけで寒気がする。
「……はい……」
「後で調べた所、細工が施されていたのが分かったわ」
淑瑠は文章一つで、とある現実を悟った。知りたくなかった、ずっと逃げ続けていた現実を。
「何か恨まれる覚えは? 変な教え方をしたり」
介入してきた泉の後半の台詞に、淑瑠は眉を顰める。まるで対象があるかのような言い草に。
「……貴方の教えていたっていう新人、事故後直ぐに自殺したのよ」
「……えっ」
淑瑠は信じられなかった、別の可能性は考慮したが、新人が関わっているとは到底思えなかった。それどころか、巻き込んでしまった可能性の方が否めない。
「家族の方が言うには、事故が引き金に」
「泉さん、そこはいいでしょ」
遮ったねいは、強い口調で、
「と言う事だから一応気をつけて頂戴」
とだけ残した。
淑瑠は、去ってゆく背中を何も出来ず見送る事しかできなかった。
◇
歩は仕事をしながら、依仁の事を考えていた。襲われてからもう10日ほど経過するが、一向に目覚める気配が無い。
もしかして彼は、一生目覚める事が無いのかもしれない。そうしたら樹野はどうするのだろうか。嘆き自分を責めるだろうか。
いや、その前に依仁の身が危ないだろう。いつ誰に襲われても可笑しくない場所にいるのだ。共にいる樹野も例外ではない。
やはり、早急に手を打たなければならない。
歩は鞄に入れたままになっている携帯を見据えて、泉の顔を想像した。
◇
美音は、ゲームセンターの五月蝿い音声を聞きながら、メール画面を見詰めていた。相変わらず新着メールはない。
――もう直ぐ、緑を救う事が出来る。
誰も悲しむ事無く自分が悲しむ事もなく、助ける事が出来るんだ。本当はちょっと怖いけれど、それでも、もう何も失うものなんて無いから。
美音は徐に、昔のメールを漁りだした。日付の古くなった文章に、恋心を重ねる。携帯をぎゅっと抱いて、その笑顔と涙を思い浮かべた。
「……鈴夜さん、会いたいです。叶うならばもう一回一緒にご飯作りたかったなぁ……淑瑠さんも皆で一緒に……」
共に作ったカルボナーラの味を思い出そうとしてみたが、記憶の中には何の味も残ってはいなかった。
◇
鈴夜はまた玄関で蹲っていた。今日は発作ではなく唯の貧血なのだが、直ぐに頼れる薬がない分、辛いものがある。
視界がぼやけて眩暈が襲い、立ち上がれず先ほどからずっとこの状態にあるのだ。
淑瑠が苦しんでいたら助けなければいけないのに。また泣きたくなっていたら、その体を抱きしめてあげたいのに。真直ぐに立つ事さえ出来ないなんて。
鈴夜は、勝手に落ちてくる涙を、息を止めて堪えた。
◇
柚李は自宅でねいと話をしていた。目の前ではまたパソコンが他事を映し出している。
「多分樹野ちゃんは全く関係ないですよ、丁度その日は病欠だったらしいので」
≪……そうなの、なんだか腑に落ちないわね≫
ねいからは、小学生時代、依仁と樹野が一緒に居た記憶があると聞かされていた。補足だが、樹野は依仁によく慰められていたらしい。
「…なぜですか?浅羽さんと一緒にいたから?」
≪そうよ。そもそも八坂さんは浅羽さんが加害者だって知っているのかしら?≫
柚李も抱いた疑問がねいの口から出た事で、疑惑が更に深まる。
「……そうですね……知らなかったら可哀想ですよね。騙されているみたいで……」
柚李から見る樹野の愛は本物だ。理解に苦しむほどに。加害者だと知っていたのなら、更に分からなくなるだろう。
「ちょっと聞いてみます」
≪浅羽さんとの過去の関係性も聞いてみてね≫
「……はい……」
柚李は、揺らぐ心に重い蓋を落として、逃げ出そうとする気持ちを縛り付けた。
◇
淑瑠は扉の前で、唖然としていた。現実が容赦なく突き刺さり、恐怖を煽る。ずっと、どこか他人事の振りをしてきたのに、気付かない内に渦中に飲み込まれていた。
淑瑠は気付いてしまっていた。一連の騒ぎに巻き込まれている事を。恐らく自分が、事故を装った偽装殺人で殺されかけた事を。CHSの関係者として狙われている事を。
身震いがする。底知れない恐怖が湧きあがってくる。実際に巻き込まれる事が、こんなに怖いと思わなかった。
ポケットの携帯が着信を告げた。気を張っている状態での音楽に、一瞬凍りついたが直ぐに確認した。鈴夜からで、少し遅くなるとの連絡だった。
不図浮かぶ。共にいる事で、鈴夜の身も危険に合わせてしまうかもしれない。既に巻き込まれた事があるのだ、危険なポジションにいる事は間違いないだろう。
関係者が二人となれば、格好の餌食になってしまうに違いない。それでは守るどころか傷つける事になってしまう。
それでは駄目だ。どうにかしなければ。鈴夜を守る為に取るべき行動は―――。
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