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第6話:これが恋ですか……

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 今頃、何を話しているのだろう。なんてストーカー染みた事を考えながら、まだ明るい空を仰ぐ。
 しばらく見ていると、横から私を呼ぶ声が聞こえた。

「えっ! 早くね!?」

 いつの間にか距離を詰め、立っていたのはシンジローだ。戻ってきたのだ。

「だってそんなに話してねぇもん」
「いや、でも十分じゅっぷん経った!?」

 微妙な分数が口に上る。空とシンジローを交互に見てみたが、見送る前と全く変わっていなかった。

「うーん、どうだろう。まぁ良いじゃん、帰ろうぜ」
「あ、うん」

 何食わぬ顔をし、歩き始めたシンジローを睨んでみたが、見てきた何かが透けて見えることは無かった。

 告白か、告白なのか、違うのか。
 
 何も語らない背中に、またも浮かんだ俳句をぶつける。熱い視線に気付いたのか、シンジローが振り向いた。

「今日さ、遊びに行っても良い?」
「はい?」

 熱意を込めて見ているというのに、シンジローは何も感じなかったらしい。熱視線を送っているのに、いつもの死んだ目と変わらないと言うのだろうか。

「良いけどあのさ」

 さすがに我慢ならず、私は疑問を放出していた。シンジローは普段通りだ。普段通りイケメンだ。じゃなくて。

「さっきの呼び出し状? あれなんだったの? 女子? 男子?」
「……あー」

 真横に詰めて詰問すると、シンジローは斜め上へと視線を向けた。同じ方向を見ると、太陽光で目が眩んだ。
 シンジローは太陽神なのではないか。と一瞬疑ったが、回答により一掃された。

「女子から告白された」

 珍しく赤らんだ頬を見て、愕然とする。自分が女子として見られていなかったのだと改めて実感した。
 いや、自分でも女かと疑う時はあるけどさ。

「付き合うの?」

 NOでお願いします、NOで! その他の答えは受け付けないよ。……いや、決めたなら仕方ないけどさ。シンジローイケメンだから、他の子が放って置かないのは何と無く分かってたしねー!!

 表面と異なる私が心で飛び回っていたが、ばれないよう全て捻じ伏せた。

 シンジローは、「うーん」と曖昧な返事を漏らしている。こんな時まで色男だなんて、最高だなぁちくしょう。と横顔を見詰めていると、不意に爽やかな笑顔が向けられた。

 一瞬、少女漫画の如くときめきそうになったが、それもプライドで捻じ伏せる。私が頬を染めている姿など、自分でも見たくはない。

「断る!」

 端的な言葉が空に反響した時、私は飛び跳ねていた。もちろん、心の中での出来事だ。

「え、可愛い子だったんじゃないの?」
「めっちゃ可愛かったー」
「付き合わなくて良いわけ」

 裏腹な態度を取ってしまう自分を、乙女ウオコが頭突いている。だが、直後のイケメンボイスで、それは止まった。

「だってさ、付き合ったらウオコと遊べなくなるじゃん」
「……シ、シンジロー」

 ドラマが発展しそうなシチュエーションに面し、一瞬我を忘れてしまった。恐るべし恋の魔力に絆されないよう、必死に己を制御する。

「ば、馬鹿じゃないの! そんなの……!」 

 リミッターを掛けるべくツンデレの王道台詞を残し、私は一歩先へと踏み出した。

**

 シンジローと分かれた直後、直ぐに封印が解けた。乙女ウオコが放出され、一気に顔面がにやけ出す。
 遊べなくなるから。との幼稚な理由ではあるが、自分を優先してくれたのは素直に嬉しい。

 それに、もしかすると理由は作り物で、本当は――。
 なんて有り得ないな。今までのシンジローの態度を振り返り、即刻で納得した。

 そうして冷静さを取り戻した所で、急に焦燥感が上ってきた。

 シンジローは格好良い。明るくて楽しいし、お茶目で可愛い。同じような事を言っているように聞こえるだろうが、明るいとお茶目は全然違うぞ諸君。 
 兎にも角にも、他の女子が放っておかないだろう。一度告白を断っているからといい、二度も三度も同じ結果になるとは言い切れない。

 今回が、たまたまタイプでは無かっただけの話かもしれないのだ。
 いつかは誰かと付き合ってしまうかもしれないな。ああどうしよう。どうしよう。

 今まで一度も直面した事の無い大問題に、私の心は転がされっ放しだった。

***

〝今日もアイツはキラキラしてた。いつも通りの日々 変わらない挨拶…どれもが幸せなはずなのに 何かモヤモヤしてしまう これが恋の病って奴か 厄介〝

 後半につれ乱れてゆく字は、まるで心情を反映しているかのようだった。いや、今実際イライラしている。
 悲しいも苦しいも違う。イライラするのだ。

 現状を簡潔に説明しよう。日記にも綴った通り、今私とシンジローは停滞している。言うなれば変わらないのだ。
 それなのに、私個人だけが変わっている。そんな厄介な状態にある。拗らせた病は、まだまだ治りそうにない。

 親指と人差し指の間の、ペンへと視線を流してみた。透明ボディの格好良いペンだ。奴はしばらく使っていない。

 喋りだして、的確な意見でも物申してくれないかな。

 久しぶりに意見を請いたくなったが、もちろんそのペンは語らない。
 やはり、特殊なのは奴くらいのようだ。

 チラリと、ペン立てを見遣ってみる。静かに立てられた、黒いお喋りペンが突き刺さっている。
 久しぶりに、起こしてみようか。
 あの鬱陶しささえ上回るほどに、今話がしたい気分なのだ。

 相談事なら大人や友人が最適なのかもしれない。
 しかし、しかしだ。反応は大方目に見えている。乙女チックな内容に爆笑されるのがオチだろう。そうして、話のネタにされるに違いない。しかも絶対後日まで引き摺る。

 想像があまりにもリアルだった為、候補から人間が消えた。一気に相談相手が消え去った為、残りは必然的にペンだけとなった。
 相手としては心許ないが、監視さえしていれば情報が流出する事はない――。

 三分くらい悩んだ末、私はペンを起こす事にした。

***

 紙に少しペン先を引っ掛からせながらも、以前同様の濃く黒い線が引かれる。

「おい、馬鹿にしないで聞いてくれ」

 見えているかすら分からないペンへと、鬼の形相で話を持ちかけた。

『ウオコ、今日も厳ついな。良いぞ、話したまえ』

 余分な一言をくっつけてきた事はスルーし、ようやく出来た話相手へと思いをぶちまける。
 既に馬鹿にされているような気もしたが、私の口は止まらなかった。
 それほどに溜め込んでいたのだと、私自身が驚くほどに思いを発射し続けた。

**

『それはもう、ウオコの事が好きなんじゃない?』

 急に口調が変わったペンは、唐突に意見を申してきた。私の中で急速に消え失せた見解だ。

「いやなんでそうなるの有り得なくね私だよ?」

 挙動不審になりすぎて、一字一句噛まずに早撃ちする。

『ウオコよ、ペンの一生は短い』
「は?」
『しかし、人の人生は長い。とは言え、過ぎてしまえば戻れはしないのだが』

 至極当然のことを、いかにも名言のように語りだすペンは、攻守交替と言わんばかりに喋りだした。しかし、言っている事は分かっても言いたい事は分からなかった。

『――可能性があるならば、一歩踏み出すのが賢明だと私は思うのだがね? どうだいウオコ』
「……はぁ」

 久しぶりの語りは、やはり鬱陶しかった。しかし、外に出せたからか気持ちは少しスッキリしている。
 こうして話が出来たのは、彼が無機物……無機物? だからかもしれない。

 これでも奴的には真剣なのか、ペンはこれまた大胆な提案をしてきた。

『インクを全て散らすくらいの勢いで、告白をしてみるのはいかがだろうか?』

 ペンから、『ニヤリ』との擬音こえが聞こえた。
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