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有箱

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第5話:これが恋ですか

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 1、明日学校で、夢だったとはぐらかす。
 2、可笑しい奴だね! と笑い話にする。
 3、いっそ気持ちを認める。いや、無理。
 4、ならば、やっぱどうにかして銅像になる。

 などなど、ひたすら現実逃避をしていると、数秒後にやっとシンジローの声が聞こえてきた。

「ううん、俺はコジロー。シンジローはまた別の奴」

 は? と私の方が突っ込みを入れたくなったが、予想外すぎてハの字も出なかった。

『そうか、お主はコジローか。コジローよ、私はペンだ』
「ペンなのかぁ」

 見事なスルースキルを発揮したシンジローは、尻目を向けると軽く左手を上げた。何と無くだが〝すまんかった〟と言っているように思えた。
 多分、隠れた焦りを見破っていたのだろう。その上で嘘を吐いたのだ。

 突然、胸の辺りが温かく、それでいて締め付けられるような感覚に襲われた。一瞬、心臓発作かと焦ったが、違うと直ぐに分かった。
 いや、違うとも言い難い。きっとこれは、恋の病に寄るものだろうから――。

『ところでコジローよ、そこに集まった同志たちは何なのだ?』

 奴が指摘したのは、袋に詰め込まれたペンについてだった。出ないからと、処分を検討していたペン達だ。
 絶対突っ込んでくるだろうと予測はしていたが、案の定だ。「捨てる」などと告げたら怒るだろうか。

「ああ、これね。火葬してお空に届けてあげるんだよ」

 まるで幼稚園児にでも教えるかのように、シンジローは優しく言い放った。ペンは納得したのか、うんうんと声に出している。

『それならば此奴こやつらも報われるな』

 あっさりと廃棄を認めたペンの疎さより、シンジローの巧みな表現に感動してしまった。

 さすがシンジロー。やっぱ好き。

 先程までアタフタと焦っていたのが嘘だったかのように、私の心は純情に包みこまれた。

**

 その後、シンジローの力も借り、何とかペンの仕分けを全て終わらせた。小学生の――いや、もっと幼い時分から溜め込んだ筆記具は、それはもう膨大だった。
 その後、少しだけゲームの続きをし、それこそ何事もなかったかのように帰っていった。

「お母さん、これ捨てる奴なんだけど」

 リビングに顔を出すと、母親はテレビに夢中になっていた。芸人のボケに、突っ込み担当より早く突っ込みを入れている。

「お母さーん?」

 基本的に、ゴミの仕分けは母に一任してある。よく捨てる袋類のみ場所を知っている程度で、実はプラスチック等をどこに固めているかすら知らなかったりする。

「その辺り置いといて。あの、その電話の横」

 テレビから一瞬たりとも目を逸らさない母親は、用件が済むと直ぐにテレビワールドに戻って行った。
 母親のこの様子は、いつものことだ。シンジローと二人きりで遊んでも、心配は愚か探りを入れようとすらしない。

 付き合うなんて事になったら、ご近所関係はどう変化するのだろうか。
 ふと浮かんだ疑問に向き合うのが嫌で、私は指定された場所に袋を置き、漫画を読むべく自室へと戻った。

**

 あの一件が切っ掛けだったのかは分からない。けれど、シンジローへの恋心は加速するばかりで、留まるところを知らなかった。

「久しぶりに書こうかな……」

 ポツリと、誰に聞かせるでもない一人ごとを零し、机へと向き合う。既に散らかりつつある机上に日記帳を広げ、ペン立てからペンを一本引き抜いた。

 もちろん奴ではない。奴を使って何かを書くのは止めた。
 もう、あんなハラハラ感はごめんだ。
 危機が再び訪れないように願いはするが、何が起こるか分かったものではない。その時の為、情報は極力与えないと決めたのだ。

 選別の生き残りであるペン先を紙に引っ掛けると、意外にもさらりと文字が綴れた。奴よりか書き心地は劣るものの、ストレスになる程ではない。

 ふと、奴が喋り出した日の事を思い出した。いつもの様に筆記していたら、突然声を出したのだ。あの時は本当に驚いた。
 その時と同じように、これらのペンも喋りだすのではないだろうか。唐突な疑念が湧き、小さな恐怖感も浮かんだ。

 ペンの中でコミュニティが出来ていたら。考えるだけで恐ろしい。情報は通じ、それぞれ考察やら何やらしているかもしれない。
 何も知らなかった、あの頃に時を戻して欲しいと願った。切実に願った。

**

 とは言え、あのお喋りが無いのも何かが足りない感じがする。うるさくないのは良い。何だか物足りないというのだろうか――上手く表現できないが、妙に寂しいのだ。
 それほどに、ペンとの日々が日常に溶け込んでいたと思うとまた恐ろしい。ただ人より順応力があるだけならば、寧ろ自信に繋がるのだが。

 少しだけ話させてやろうかとも思ったが、大きなメリットが見つからず止めた。

**

「ウオコさ、最近また目が死んでるよ、何かあった?」
「いや、普通の目なんで御気になさらず」

 友だちに突っ込みを入れられ、親譲りのスピードで突っ込み返しをした訳だが、実際に最近疲れてはいる。
 原因はペンではない。シンジローの所為だ――というと語弊があるのだが、強ち間違いではない。

「ウオコ帰ろうぜー。あれ、朝より目ェ死んでね」
「おう、帰る。これが普通じゃ」

 原因は、この煌く笑顔だ。それにイケメンボイス、無邪気さ、気取らない様子、滲み出る雰囲気、その他上げ出すと切りがないほどの魅力が、私の目を死なせるのだ。
 端的に言えば、恋の病に掛かっているのである。

 自覚はある。故に、恋って面倒臭い……とも思った。けれど、普通の病の進行が誰にも止められないように、恋の病も止まらないらしい。

 〝女子女子していて私には似合わない〟と幾ら思えど〝シンジローにとって私は友だち〟と幾ら言い聞かせようとも、乙女な方の私は聞く耳を持たない。

「じゃあねウオコ、ちゃんと寝ろよー」
「これが普通の目だわ!」

 友だちに笑い声で見送られ、シンジローと隣同士歩き出す。何年もこうしてきているお陰で自然体を貫けるが、内心ドキドキだった。

 下駄箱に辿り着き、各々靴を履き替える。爪先を地に当て、足にフィットさせた所で顔を上げた。
 すると、シンジローは靴の変わりに封筒を持って立っていた。履き替えもせず、じっと見詰めている。

「何それ」
「うーん、名前も何も書いてないんだよなぁ」

 シンジローは、真っ白な封筒を表裏と何度か裏返した。しかし、ピンと来ないのか表情が冴えない。
 下駄箱に入っている手紙と言えば、恐らく四種類程度しかない。一つは果たし状、一つは不幸の手紙、一つは苛めっこからの罵倒の手紙、そしてもう一つは。

「それってラブ……ここで読むの!?」

 相当、気になったのだろうか。ラブレターかもしれないそれを、シンジローは普通に読み出した。
 チラチラと、女子の可愛らしい文字が見える。やはりラブレターのようだ。 

「あ、呼び出し状だわ。放課後って書いてあるからちょっと行ってくるな」

 果たし状とも取れる表現の所為で、どんな文章が綴られているのか気にはなったが、さすがに覗けないと目を背けた。

「えっと、待ってれば良い?」

 なぜ「帰る」が先に出なかった私。と後悔しながらも、言ってしまっては仕方がないと流した。

「おう、出たところででも待っててくれ」
「はーい、いってら」
「いってきー」

 緩く振った手に大振りで返され、複雑な気分になった。元気な犬を見る時のような気持ちと、遠くへ旅立たれる時のような気持ちが共存しているのだ。

 告白でも、されるのかな。
 向かう先に待っているものを、一人きり壁に持たれながら考えた。そして憂いた。
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