アオハルメロディー

有箱

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 歌うことが生き甲斐だった。けれど、高校受験と同時に捨てた。

 理由は簡単だ。母親に厳しく反対されたから。あと、バンド仲間が辞めると言ったから。

 言葉としては、簡単に説明できてしまう出来事だ。けれど、それでどれだけ深く傷付いただろう。

 兎にも角にも、私はもう歌わない。あの日に、そう決めたから。



 第一志望校に入学して、早二年半が経った。
 一番気の緩むこの時期、周りの生徒は部に勤しんだり恋したり、それなりに青春を謳歌しているように見える。

 ただ、それが私に当て嵌るかは別で、私は退屈で窮屈な毎日を過ごしていた。


 ──休み時間の教室は、騒がしくて苦手だ。

 教科書を読み込もうにも頭に入らない。音楽で耳を塞ぐことも出来ず、ただ喧騒に溜息を吐くしかない。

 後方で、慌ただしく扉の開く音が聞こえた。相当力を入れたのか、耳障りな程の大音だ。ドンドンと大股気味の足音も聞こえる。

「あの、白井《しらい》 夏香《なつか》さんですよね!」
「?」

 反応と同時に振り向くと、ちょうど席の真横に知らない男子が立っていた。
 白井夏香とは私の名前で、高校に入ってからは誰にも教えたことがない。
 はず、なんだけどな。

「えっと、どなたですか」
「俺、黒川《くろかわ》 春馬《はるま》って言います! 夏香さんは知らないと思うけど、同中です!」
「ああー……なるほど……」

 簡単に辻褄が合わさり、一人頷く。この二年で、何回か同じようなことがあったものだ。
 そして、その人たちには、決まって同じような話題を振られた。そう、

「あの、夏香さん! 軽音部に入ってくれませんか!?」
「……あ、いや、私歌捨てたので」
「えっ、えぇ!? 捨て……!?」
「早く戻らないとチャイムなるよ」
「あっ、本当だ! うわ、えっと、また来ます!」

 音楽についての話題だ。



 中学の頃は、精力的にバンド活動を行なっていて、校内では結構な有名人だった。
 私はボーカルとギターをしていて、ファンもいたほどだ。

 その所為か、同中出身の人間には顔と名前を覚えられていて、こちらから声をかけずとも話しかけられることがあった。
 ただ、音楽を捨てたと言った途端、言葉を詰まらせ去っていったが。

「白井さん、そっちどう?」

 声を掛けられ、我に返る。顔をあげると、先輩女生徒がこちらを見ていた。
 直ぐに用件を悟り、素早く対応する。

「あっ、もう少しです。完成したら提出しておくんで帰って貰って大丈夫です」

 今は、文化祭に向けての資料を製作中だ。各クラスや部の出し物についての纏めを行なっている。

 最初の話し合いで文化祭役員を推され、特に断る理由もなかったため引き受けた。
 ちなみに、女生徒は確かチラシ作りの役だった気がする。

「そう? なんかごめんね、友達との約束が無かったら手伝えたんだけど……」
「いえ、お気になさらず」

 軽い作り笑いで見送ると、女生徒は申し訳なさそうにしつつ去っていった。



 教室は、私だけになった。他のクラスも大体終わっているのだろう、内部も外部も静かだった。

 ──どこからか、聞き慣れた音がする。小さく篭っているけれど、何だか惹かれる音だ。

 何の気もなく耳を傾けると、それがギターの音だと直ぐに分かった。恐らく、体育館かどこかで練習でもしているのだろう。

 黒川と名乗った男子の誘いと、受験時にした決意とを思い出し、慌てて首を横に振る。

 歌いたいなんて、奏でたいなんて思ってはいけない──。

 思いを振り切ろうと、再び資料作成を再開した。けれど、現れた講堂ライブとの文字の所為で、それは叶わずに終わった。



 翌日、また彼──黒川くんがやってきた。
 確かに来るとは言っていたが、さすがに早すぎないだろうか。

 黒川くんは空いていた前の席に座り、真っ直ぐに視線を向けてくる。

「夏香さん、考えてくれました?」
「だからね、私はもう歌わないんだって」
「えぇー、そんなこと言わずに歌って下さいよー」
「歌わない。何度言っても同じです」
「えぇー」

 黒川くんが真剣ならば、真正面から向き合って伝えてみよう。そう思い、試してはみたが無駄らしい。
 黒川くんは頑固者なのか、諦める様子を見せようとしなかった。

「チャイム鳴るよ」
「あっ、本当だ! また来ます!」

 で、結局これだ。

 今までと違うタイプの人間に困惑してしまう。けれど、どうしてかあまり苛立ちは無かった。



 更に翌日、またも黒川くんはやってきた。その次の日も、次の日も、何度拒絶しようともやってくる。そして部活に誘ってくる。
 文化祭に近付くにつれ、そこにライブのお誘いも加わった。

「だから、歌いませんし行きもしません。私は勉強に身を捧げたの。分かって貰えない?」
「分からないです! それに勉強ばかりだと息が詰まりません!? たまには羽根を伸ばしましょうよー!」 
「……まぁ、それは……。じゃなくて!」

 黒川くんは頑固者で、しかも曲者でもあるらしい。無邪気な笑顔からは奔放さも伺えて、私とは真反対だと思える。

 彼を説得するのは大変そうだ。ここまで手こずったのは初めてである。
 逆に言えば、ここまで諦めない人間も初めてだけれど。

「……もうバンドは出来上がってるんでしょ? 文化祭にも出るみたいだし、私要らないじゃない。本番明日なんだから、メンバーと打ち合わせとかした方が良いんじゃない?」
「まぁ、出来てるけど、俺は夏香さんが良いんですよ! それに打ち合わせは放課後でいいです」
「なんで、そこまで私なの?」
「えっとですねー」

 意気揚々とした声を遮るように、担当教師が入ってきた。イコールで授業開始を悟り、黒川くんが慌て出す。

「明日、ライブ見に来て下さいね! 午後二時から体育館でやるんで! とりあえず見るだけでも良いんで!」

 それだけを残すと、黒川くんは急ぎ足で去っていった。
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