アオハルメロディー

有箱

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 ライブを見ると、多分また歌いたくなってしまう。分かりきったことだ。

 しかし、黒川くんの歌声を一度で良いから聞いてみたい気持ちもある。
 私に、何度も歌唱を願ってくる黒川くんが、どんな歌を、どんな風に歌うのか──。

 葛藤と同時に、無意識の溜め息が溢れ出した。何度も溢れ、空気に溶けた。



 夜は明け、文化祭当日になった。どこを回ろうかと昨夜熱心に考えたのも虚しく、朝から仕事で駆け回っている。

 文化祭役員の忙しさは、準備だけでは終わらないらしい。積まれた仕事量を見るに、悩まずともライブの参戦は無しになりそうだ。

 そう、これでいい。正当な理由があれば、黒川くんも何も言えないだろう。



 予想は的中し、二時を回ってもほとんど暇がなかった。昼だけは適当に取ったが、仕事を上げだしたら切りがないのだ。

「白井さん、休憩取った? 私仕事変わるよ」

 役員の一人である女生徒が、駆け回る私に気付いたのか声を掛けてきた。有り難いとは思ったが、任せてしまうことに不安がある。

「あ、えっと大丈夫です」
「え、でも折角の文化祭だよ? 大丈夫?」
「……全然大丈夫です。先輩に呼ばれてるので行きますね」
「頑張るね、ありがとう」

 返事替わりに、にっこり笑ってみせ、大声で苗字を呼んでくる先輩の元へ駆けた。浮上する思いに蓋をして、はつらつと声をかける。

 本当は、わざわざ忙しくしていた。なんて口が裂けても言えそうにないな。

「先輩、用件なんでした?」
「白井、手空いてるか?」
「はい、全然」
「だったら次は──」
「えっ」

 告げられた用事、それは体育館への荷物運びだった。
 軽い荷物ではあるが、心が重かった。



 逃げていた罰かもしれない。捨て去った物に未練を残し、向き合おうともしない私に、神さまが試練を科したのかもしれない。

 結局、半端に断ることも出来ず、私は荷物を運んでいた。体育館に近づく度に、聞こえてくるメロディーに息が詰まりそうだ。

 たった数年前までは、私も同じように歌っていた。心の底から音楽が好きで、何があっても続けて来られた。

 それなのに、今は。


 扉を開けると、会場の熱気が伝わってきた。
 たかが高校生のライブだ。それなのに、心の底からの歓喜も伝わってくる。

 私の仕事は、荷物を舞台裏まで届けることだ。必然的に中まで入らなけれはならない。

 少し入ると、湧き上がる歓声が耳に入った。
 ドキドキした。懐かしい記憶と、感覚が蘇ってくる。

 不思議な気分になって、つい顔をあげてしまった。ステージ上へ視線が勝手に向かっていく──。

 そこには黒川くんがいた。彼のポジションは、嘗ての私と同じ、ギター兼ボーカルだ。

 その表情は柔らかく、楽しげで輝いている。歌だけを取れば、熟達しているとは言い難いだろう。
 それでも、本当に彼らのステージは輝いていて、思わず魅入ってしまうほどだった。

 歌が心から好きなのだと、見るだけで分かった。



 気付けば、泣いていた。理由はよく分からない。ごちゃごちゃになった思考がキャパオーバーして、外に溢れ出したのかもしれない。
 裏が暗かったからか、誰にも指摘されることは無かったが。

 しかし、泣き顔では戻るに戻れず、私は裏庭に一時避難した──のに。

「夏香さん、こんな所にいた! 探したんですよ……ってえ!? 泣いてる!?」

 中休憩の数分で、黒川くんに見つかってしまった。彼は探したと言ったが、センサーでも搭載されているのではと疑ってしまう早さだ。

「……隠れてるんだから静かに……」
「あ、すみません」

 意外と判断は早いのか、黒川くんはこっそりと私の隣に座った。
 彼がファンに付けられている可能性を考慮したが、どうでもよくなってやめた。

「夏香さん、見に来てくれてましたよね、どうでした?」
「……良かったよ」

 体操座りし、顔を膝に埋めながら答える。これは本心だ。彼のライブは純粋に素晴らしかった。

「わ、ありがとうございます……! 夏香さんに褒められるとめっちゃ嬉しいです……!」

 控えられてはいたが、声だけで分かる喜びに、妙な微笑ましさと疑問が過ぎる。

「そう言えばさ、なんでそうも私なの……? 中学の時の歌そんなに良かった?」
「はい、それはもう。だって、夏香さんたちのバンド見て、俺もやりたいって思ったんですから」

 サラッと暴露された理由は、私の心に真っ直ぐ突き刺さった。痛みとしてではなく、嬉しさとして──。



「……それが、誘ってきた理由?」
「はい」

 少し顔を上げると、黒川くんの微笑が見えた。直後、目が合い、逸らす。

「……あの、夏香さんは何で歌うこと辞めちゃったんですか? 何か嫌なことでも?」
「……言ったら諦めてくれるの?」
「内容によります」

 不思議と落胆することもなく、思わず小さな笑みまで零れた。素直な彼のステージを見て、泣いてスッキリとしたのかもしれない。

「そうだね。親に駄目って言われちゃったから。あと、歌ってても楽しいのは私だけだったのかもって思っちゃったから……」

 先程の言葉が刺さった理由は、これだ。

「そうでしたか……。でも、それって嫌いになったわけじゃないですよね。ただ手放すしかなかっただけですよね」
「黒川くんに、私の気持ちは……」

 やや遠くから、黒川くんを呼ぶ声が聞こえた。バンド仲間が探しているのだろう。

「……行ってらっしゃい。残りも頑張って」

 顔を見られず、埋めたまま答える。しかし、黒川くんの口から零れたのは回答ではなかった。

「親さんに、バレなければ良いってことですよね……?」
「えっ……?」

 体が浮き上がる。体操座りのまま抱き上げられて、そのまま進み始める。

「な、なに……!? えぇ!?」

 突然の出来事に困惑したまま、私は体育館まで連行された。
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