アオハルメロディー

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 最終的に、私が下ろされたのは舞台裏だった。バンドメンバーは物珍しげに私を見ていたが、数秒で状況を理解し和んでいた。

「あの、黒川くん……?」
「一緒に歌いましょう!」
「はい!?」

 潔い笑顔の黒川くんとは裏腹に、私は狼狽える。なぜ、そうも清々しく行動に出られるか、一度心理分析でもしたいものだ。

「一回だけ! お願いです、これで駄目だったらもう何も言わないので!」

 顔の前で両手を合わせた黒川くんは、真剣そのものだった。幾ら憧れだと言えど、他者である私にこうも真っ直ぐぶつかってくる人など、今まで一人もいなかったのに。

「それ、本当だね……?」
「じゃあ!」
「一曲だけだからね?」
「やったぁ!」

 黒川くんの勝手な行動には慣れているのか、バンドメンバーは何だか楽しげだ。即興で曲リストの変更まで始めている。

「じゃあ、後半スタートするぞ!」

 全員に掛けた合図と共に、司会による放送が流れる。生徒達の歓声が、舞台裏まで聞こえてきた。

 緊張する。怖い。これが終わったあと、自分がどうなってしまうか分からなくて怖い。

 でも、どうしてか口元は綻んでいた。
 自ら講じた、掟を破ると言うのにね。



 表舞台は、輝いていた。懐かしき記憶が走馬灯のように流れ出し、巡っていく。

 メンバー外の人間の出現に、驚く生徒半数。面白いことが始まりそうだと、見あって笑い合う生徒半数。
 様々な顔が、ここからはよく見える。

「お待たせしました! 今日はスペシャルゲストを連れて来ました! 俺がバンド始める切っ掛けになった憧れの人、白井夏香さんです!」

 黒川くんの紹介で、驚いていた半数の生徒も笑顔になった。困惑している生徒もいるが少数だ。

 バンドメンバーと黒川くんに促され、軽く挨拶をする。溢れ出す歓声が、心を震わせた。

「よし、じゃあ早速曲行くよ! アオハルメロディー! 今日はデュエットバージョンだ!」

 ドラムを筆頭に、楽器の音色が重なり合う。聞き慣れた音色が耳を擽った。
 アオハルメロディーは、私がよく歌っていた曲だ。
 好きで、よく歌っていた曲──。

 私の声に、黒川くんの声が重なる。それは心地よく、夢でも見ている気分だった。



 たった五分未満の時が進み、曲が終わっていく。締めの伴奏が鳴り響き、次第に消えていく。
 そして、最後の音が止んだ時、体育館中が歓声で轟いた。

 頬に雫が伝った。久方ぶりに味わう楽しさに、とめどない涙が溢れ出した。

「最高でした、夏香さん!」

 後ろを振り向くと、黒川くんが飛び付いてきた。
 彼は本当に素直だ。強引で、真っ直ぐで、けれどそこが良い。

「私もありがとう。楽しかった。本当に楽しかった」

 やっぱり、私は歌うことが好きだ。
 たった一曲で、たったの数瞬で、心が全て持っていかれるほどに。

 やっぱり、好きは捨てられない。



 歌う前の怖さはどこへやら、私の心は清々しさで溢れていた。

 ライブはと言うと、バンドメンバーと黒川くんに流され、結局最後まで歌いきってしまった。
 そのまま片付けまでして撤収。

 そして、現在なぜか黒川くんと下校している。彼曰く、家の方向が同じらしい。
 黒川くんは想像通りお喋りで、会話は尽きる様子を見せなかった。

「やっぱ、夏香さん歌上手いですね!」
「ありがとう、そんなことないよ。でも嬉しいな。黒川くんのも最高だったよ」
「へへ、照れます。夏香さんの歌聞くと、俺元気出るんですよね」
「黒川くんはいつも元気な気がするけどね」
「俺だって落ち込む時は落ち込みますよー」

 背負われたギターケースが、夕日に照らされて光輝いている。無邪気な笑顔も、同じくらい輝いている。

「で、そろそろ軽音部、どうですか?」

 ニヤリと歯を見せた黒川くんは、まるで答えが分かっているかのようだった。
 実際、私の中で答えは決まったも同然だ。

「……ねぇ。黒川くんはさ、歌をやめろって言われたらどうする? それも何度も。挫けそうなくらいに」

 突然の質問に、黒川くんの瞳は丸くなった。しかし、瞬時に真剣な面持ちになり、顎に手を当て考え出す。
 だが、それも五秒ほどで終わった。

「うーん、俺なら絶対やめません! 何がなんでもやめない。勉強に差し支えると言うのなら、勉強と音楽と両方こなしてみせます。親が反対し続けるなら家だって出ます。だって、好きなこと捨ててしまったら楽しくないですから」

 配慮も遠慮も、飾りの何一つない言葉は真実味があり、それでいて勇気もくれた。
 多分、黒川くんなら実際起こっても貫いてしまうだろう。

「……それもそうだね、少し頑張ってみるよ。ありがとう、黒川くん」



 歌うことを捨てて二年半。もう一度、生きがいを取り戻そうと思う。
 好きなことはやっぱり好きで、捨てることなんて出来なくて。ただ苦しいだけで。

 そう思うくらいなら、逃げるんじゃなく真っ直ぐにぶつかってみたい。
 それが辛くても、きっと諦めてしまうよりは楽なはずだから。

「……あの、夏香さん、俺……」
「……何? 一曲って言ったのにって?」

 珍しく口ごもった黒川くんの顔は、夕日に照らされ同じ色になっていた。

「違います! えっと、なんでもなくて、俺、すっごい応援してます!」
「はは、ありがとう」

 家に帰ったら、母親に今日のことを話してみよう。そうして、全ての気持ちを打ち明けよう。


 私の青春は、まだ残っているのだから。
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