君に呪われて生きる

有箱

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"ミクヘ
 
 これを見てるってことは、ちゃんと退院出来たってことかな。退院おめでとう。本当に良かった。
 多分、今どういうこと?ってなってるよね。それを今から説明する。

 あ、最初に謝罪だけしとくね。本当ごめん。これは色んなことに対してのごめんだよ。怒っても良いけど悲しまないで欲しいな。いや、ミクのことだから怒んないと思うけど。"

 ルリは、事故の発生を見越していたのだろう。この事故こそが、予知した出来事だったのかもしれない。
 ただ、それならばなぜ何も教えてくれなかったのかと責めたくなった。
 しかし、謝罪を据えられ、言えなかった理由があるのだと悟る。

 回答の待つ続きへと、向かう視線が早くなった。だが、直後の文を目にすぐ止まる。用意されていた告白により、頭が真っ白になるのが分かった。
 
 "じゃあまず重大発表。重大ってことでもないって思ってくれたらいいんだけど…
 私はもうこの世に居ません。死んじゃいました。これは嘘じゃなくて本当の話です。"

 どうせ、サプライズだと言って飛び出してくるんでしょ。なんてルリらしくない姿を想像する。そんな風に現実逃避をしなければ、心が壊れそうだった。

 だが、訂正は愚か、続けられたのは――欲しかったはずの――真実だけだった。
 
 "この間の夢の中で、実は二人とも死ぬ未来を見ちゃったんだ。二人で事故に遭って先に私が死んで、ミクは後追いしちゃう夢だった。
 だから、近付くななんて言った。ずっとなんて無理だとは思ってたけど、これ読んでるってことはやっぱ無理だったね(笑)

 ミクが私を好きでいてくれてることはちゃんと知ってるよ。くれていた言葉が全部嘘じゃないことも知ってる。
 だから、私がしようとしてることは、ミクヘの呪いになると思う。

 けど、なってしまうとしても、今回だけはどうしても変えたいと思った。
 何を言われようと、嫌われようと、嘘を吐いてでもミクを生かしたいと思った。それがミクにとっての地獄でも…
 
 あ、お母さんや病院の先生は責めないで。ミクが死んでしまわないよう、嘘を吐くようお願いしたのは私だから。
 きっと、心が痛い中で吐いてくれたと思うから。責めるなら私を責めて。
 
 ミク、どうかお願い。この文を読んで、命を絶とうと考えないで。夢の通りにしないで。なんて、嫌だって言いそうだよね。
 だからミクが死なないよう、私からミクヘ、今から本当の呪いをかける。一生解けない呪いをね。"

 避けられていた理由と夢の内容が判明し、思考の中のもやがほどける。だが、心のもやは深まる一方だ。用意していた謝罪も、愛の言葉も行き場をなくして暴れている。

 ルリの口にしていた"呪い"は、始まってすらいなかった。てっきり事故の後遺症が"それ"だと思っていたのに。
 これ以上の呪いを掛けられたら、それこそ生きられる気がしなかった。だが、それを遠ざける為の呪いを、ルリは用意していると言う。そんな恐ろしい呪いをかけるなんて、ルリは酷い人間だ。

 "未来を変えられないってミクには言ってたけど、変えられなかったのは結末だけなんだ。
 ミクと駆け回っていたあの時、経過はちゃんと変わってた。結局、最終的に起きる不幸は変わらなかったってだけでね。
 
 言いたいこと分かる?なんて、小難しいこと分かる訳ないか。
 結末が変えられたか、そうじゃないかはミクに掛かってるってことだよ。

 ミクが命を捨ててしまえば、私は結局誰の未来も変えられなかったことになる。でもミクが生き続ければ、未来を変えられたってことになる。

 きっと、私の力はこの時の為にあったんだ。なんてね。でも、本当にそう思いたいから、胸を張って言いたいから後は任せるよ。私の頑張りや葛藤、水の泡にしないでね。
 
 ミク、とにかく生きて、生き続けて証明して。結末は変わったんだって。二人の力で変えたんだって。"
 
 呪いと言う鎖が心を縛る。一方的で我が儘で、私の性質につけ込んだ強力な呪いだ。
 こんな風に言われてしまっては、逃げ出せる訳がない。それを確信して、ルリはこの手紙を書き残した。
 
 私の愛を分かっていて、ルリは。
 
 "最後に一つ。私もミクが好きだよ。さすがに恋とかではないけど大好きだよ。
 優しくしてくれて、愛してくれて、ずっと私を見守り続けてくれてありがとう。どうか、生きて幸せになってね。宜しく。"
 
 文字はそこでプツリと切れた。続きを求めて指を弾いたが、それ以上はスクロール出来なかった。
 大粒の涙が溢れる。ルリとの日々や思い出が、これ以上更新されることはない。愛する人を失うことが、こんなに辛いと思わなかった。

 今すぐにでも窓から飛び降りたい。けれど、それは出来ない。
 捧げられた呪いは、すっかり私の中に浸透してしまったらしい。

「……ルリの馬鹿……ルリなんて……」

 告げるはずだった言葉は、何一つ出なかった。口から零れるのは、責め立てるものばかりだ。
 この先もきっと、呪いは永遠に苦痛として胸を食うだろう。込められた愛は霞み、ルリを責めたくなるだろう。
 
 けれど、いつの日か呪いが解けたなら。待ち遠しいその日がやって来たならば。
 その時は、私から貴方へ呪いを捧げよう。ルリが呆れるような呪いを。ルリの何倍もの愛を込めた呪いを。
 
 それまでは、君に呪われて生きる。
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