君に呪われて生きる

有箱

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 体が痛い。息が苦しい。私を呼び覚ましたのは、そんな無意識だった。
 現実を手繰るようにして目を開ける。すると、あったのは白い世界だった。

 夢現の区別が付かず困惑する。何より、激しい苦痛が現実を曖昧にさせた。それほどまでに経験のない痛みだった。呪い――その単語が脳を支配するほどには。
 
 それから数分、痛み止めの投与により激痛は緩和された。そこでやっと、自分が事故に遭い病院にいるのだと理解した。
 身体中が使い物にならず、指一本動かせない。こんな恐怖は初めてだ。大問題への直面事態が人生初かもしれない。
 不安が、ここまで精神を乱すなんて思わなかった。

 同じく事故に遭ったルリの安否が気になる。ルリが死んでしまっていたら――想像しただけで寒気がした。
 だが、確認しようにも声が出ず、無力さだけを飲み込む結果になった。
 
 それから更に数分後、母親が焦った顔で駆け付けた。喜びと悲しみの表情を曖昧に揺らし、涙し始める。それほどまでに酷い姿をしているのだと、鏡を見ずとも分かった。

 薬の効果が薄れ、体の感覚が戻ってくる。様々な要素に潰されそうになり、瞳が潤んだ。そんな瞳でルリの安否を訴える。何とか唇を震わせ、質問の存在を知らせた。
 母親は悟ったのだろう。それか、心を読んだのかもしれない。私の目を見て、ただ静かに呟いた。

「ルリちゃんからの伝言預かってるよ。家に帰ってきたら部屋に来てって」

 朗報に、僅かだが心が和らぐ。恐らくルリは被害を免れ、軽傷で済んだのだろう。
 だが、結局ルリはなぜ私を避けたのか。夢の内容はなんだったのか。それは起こったのか、これから起こるのか。呪いと言うのは何なのか――この時点では何一つ分からなかった。

 ただ、最後の疑問については、直ぐに実感することとなったが。
 なぜなら、その日から私の日々は地獄と化したからだ。



 呪われた理由は分からない。だが、この苦痛こそが呪いであると、実感せざるを得なかった。それまでに酷い後遺症が私を苦しめた。
 痛みに苛まれ、体の自由を制限され、心もズタボロになった。それこそ、ネガティブでセンチメンタルで死にたがりになってしまうほどには。今さらルリの気持ちを理解するとは思わなかった。

 もしかしたら、彼女はこの心を理解させるため私を呪ったのかもしれない――なんて悠長な考え、痛みの前では吹き飛んだが。

 ただ、そんな私の希望となったのも、またルリだった。彼女に会い真実を聞くまでは死ねないと、必死にリハビリに励んだ。
 初めて憎しみを覚えたり、怨みそうになったりもしたが、それ以上の愛が全てを抑え込んだ。

 とにかく今は、ルリを怒らせた理由が知りたい。夢の中で私がしてしまったことを、いや既に現実でしてしまっているかもしれない何かを、ちゃんと知って謝りたい。
 それから、その上でもう一度愛を伝えたい。嫌われていても、憎まれていても、もう家族でも何でもないと言われたとしても。
 
 結局、回復までに数ヵ月の時間を要してしまった。思い通りにならない悔しさに弱音を吐き、何度も現実から逃げたくなったが耐えた。横で手招く死神を、見る日が来るとは思わなかった。
 
 その間、ルリは一度も見舞いには来なかった。最初以降、母親を通じての伝言や報告もなく、ルリの欠片一つない日々を送り続けた。
 一体何が、そんなにも私とルリを遠ざけるのか――。
 恐ろしさと恋しさを裏腹に持ち、私は退院の日を迎えた。



「ルリただいまー! 帰ったよルリー!」

 階段下から叫ぶ。だが、返事はない。改めて深い怒りを想像し、少しだけ足が竦んだ。
 だが、全てを知り、向き合うと決めたのだ。逃げたくはないし、何より溝が出来たままは嫌だ。

 階段をゆっくりと上がり、部屋をノックする。だが、反応はなかった。寧ろ、あまりに静かで逆に不審だ。
 まるで、誰もいないかのような静けさに怖くなる。いても立ってもいられず、中の状況を伺おうと浅く扉を押した。

「……ルリ?」

 ――ゆっくり開いていった先、ルリの姿はなかった。代わりと言うように、スマホが残されている。その下には小さなメモが挟まれていた。

"見ていいよ"

 堂々と降りた許可を前に、指先が動き出す。記憶したパスコードを打ち込み、画面を開いた。
 すると、既にメモアプリが開かれた状態になっていた。その中の一件に――一番上のメモに"ミクヘ"と書かれたデータがある。
 吸われるように開いていた。表れたのは、手紙のような文章だった。
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