君に呪われて生きる

有箱

文字の大きさ
2 / 4

1―2

しおりを挟む
 いつもなら、夕飯を共にすれば元の距離に戻る――のだが今日は違った。なぜかルリは未だ不機嫌で、入室を頑なに拒否する。
 その件を母親に嘆いたら、スキンシップが濃すぎたんじゃない? と言われた。

 納得は行くが腑に落ちない。それに、ルリへのスキンシップは私自身の栄養補給でもあるのだ。だから、今さらやめられそうにない。
 ルリのことだ。きっと、すぐに許してくれるだろう。
 
 翌日、目を覚ますと、玄関から声が聞こえた。ルリと母親の声だ。反射的に飛び起き、階段を下りる。
 玄関では、身支度を澄ませた二人が靴を履いていた。

「出掛けるなら起こしてくれればいいのにー! 今から準備……」
「今日はお母さんと行くから」

 容赦ない遮断に声を失う。見ていた母親が、無言でごめんの仕草を取った。苦笑いで。
 母親がルリの味方に回るとは思わず唖然としてしまう。いや、そう思わせて裏で仲介してくれるとか――。
 時も二人も私を待たず、扉は無情に閉じられた。
 
 二時間ほど蟠りと戦ったが、悩むのも面倒だと思案をやめた。やはり、私に出来ることは一つしかない。
 帰ってきたら、改めて大好きだと伝えよう。今日はハグを我慢して。

 素直な言葉を前に意地を張れるほど、ルリは頑固ではないはずだ。それに愛さえあれば何とかなる――根拠はないが、本当にどうとでもなる気がした。



 二人が帰宅した。ルリが荷物を持ち階段を登ってくる。静かに部屋を出て、出現を待ち構えた。そうして、突然飛び出して驚かせてみる。

「ルリおかえり! どこに行ってたの? 寂しかったよ!」

 ルリは私を前にし、黙り込んだ。何とも言いがたい表情を変えるべく、次なる計画を実行する。

「ルリ、改めて言うけど私はルリが好きだよ。だから抱きつきたくなるし、一緒にいたいし、ずっと離れたくないの」

 想像の中で、ルリに抱き締められる。そんな期待を胸に反応を待った。

 だが、数秒して私に向けられたのは怒りだった。感情の細部までは読めない。しかし、察しろよと言わんばかりの鋭い瞳が私を真っ直ぐ突き刺していた。

「もう嫌。うんざり」

 尖った呟きに肩が跳ねる。それから、続けて聞こえた台詞に耳を疑った。

「……呪うから」
「えっ」
「私に近づいたら呪うから」

 あまりに非日常な単語に、思考がフリーズする。そこまで嫌われて――いや憎まれていただなんて衝撃的すぎる。愛していたのは私だけだなんて、受け入れがたかった。

「な、なんで……?」
「未来で……いや、やっぱり言わない。とにかくもうミクとは一緒にいたくない。だから近づかないで」

 不可解なワードだけを残し、ルリは去った。計画の頓挫も相まって、ただ立ち尽くす他なかった。



 どうやら私は、ルリに何かしてしまったらしい。いや、この場合してしまう、か。

 夢の中で相当酷い出来事があったのだろう。様子がそれを物語っている。
 しかし、自分の仕出かしそうなことが何一つ思い当たらなかった。呪われるほどのことで、更には悲劇になりうる事柄なんて――。



 あの日から五日、入室拒絶は当然、外出も母親とするようになってしまった。ちなみに、母親も夢の内容は知らないとのことだ。

 こうなれば、原因を突き止めて回避するしかない。私自身に関わることならば、きっと手立てはあるはずだ。
 そう初日に結論付き、目を付けたのはルリのスマホだった。寧ろ解決の糸口は、そこにしかないとすら思える。

 とは言え、簡単に中を見られるほどセキュリティは甘くない。ひっそりとパスコードは突き止めたが、スマホ自体がルリから離れることはなかった。



 玄関扉の閉まる音で目を覚ます。また二人で出掛けたのだろう。
 姿だけでも見ようとカーテンを開くと、いたのはルリ一人だった。近くに母親の気配はない。一人ぼっちのルリは、俯き力なく歩いていた。
 苦い過去が過る。ルリが死んでしまったら私は――。
 
 上着も羽織らず玄関を駆け下りる。見失う前に追い付こうと必死に走った。
 妙な気配が胸中を巡って静まらない。まるで何かが起きてしまうような、そんな気配が。

「ルリ待って! 行かないで!」

 歩行者信号でルリが止まり、やっと追い付いた。ルリは驚き、丸い目をして翻る。表情には焦りが乗り、今にも逃げ出しそうだった。実際、信号がルリの味方をし、ルリは走り出す。

「来ないで!」

 激しい拒絶は、寧ろ足を早めた。道路に飛び込みその手を取る。

「ちょっと、なんで来るの!」
「何が起こるか教えてよ! 私、絶対変えてみせるから!」
「そんなの……」

 状況に不釣り合いな、強い悲しみが讃えられる。疑問に捕らわれていると、少し遠くから異様な気配を感じた。胸のざわめきが蘇る。
 私たちの元、飛び込んできたのは大型のトラックだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...