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何やら楽しい夢から醒め、時計を見ると九時を回っていた。隣では、背を向けルリが眠っている――多分。
昨夜のよくある一件を浮かべ、腰を起こして伸びをする。大きな欠伸も放ちリビングへと下りた。
「お母さん、おはよー」
「ミクおはよう」
スーツを羽織りながら、母親が顔をあげる。本日は火曜日だ。一般的には本来学校に居るはずの時間である。しかし、だからと言って急ぐことはない。このような朝は日常の一部だ。
朝の一杯をコップに注ぐ。私もと言い、横に立った母親が目配せした。
「ルリちゃん、いつもの?」
「そう」
ルリは私の従姉妹で、同居を始めて四年になる。年は同じ十四で、血液型も身長も靴のサイズまで一致していたが、性格は間反対だった。
ネガティブでセンチメンタルで死にたがり、それがルリである。とは言え、彼女が歪んだのは訳あってのことだ。
そんなルリは、ある出来事が生じた時、いつも起きてこなくなる――いや、長時間目覚めない眠り姫になるのだ。
「そっか、また励ましてあげてね。じゃあ、私仕事行ってくるわ」
「任せて!」
母親は、使用したコップを放置し去ってゆく。手を降って見送り、トーストするべく食パンに手を着けた。その際、改めて音に耳を傾けたが、起床の気配はなかった。
ルリには変わった能力がある。それこそが予知夢を視る力だ。ただ、それは本人が望まなくとも生じる現象で、しかも全てが悲劇だった。その夢を視る際、ルリは一日ほど眠り続けるのだ。
それは幼少期からのもので、近しい存在だった私は、詳細を自然と耳に入れていた。その頃のルリは、夢の内容を全て教えてくれるような子で、私たちは共に悲劇の回避を求め奔走もした――一度だって抗えはしなかったけど。
その習慣が崩れたのが四年前、ルリの両親が事故死した時だ。その時、線が切れたようにルリは変わった。心も話も閉ざすようになり、自傷行為まで始めた。末に一度自殺未遂もしている。
だから、その日から私はルリを見守ることに決めた。不定期な登校もその為だ。ルリに合わせて行動し、ルリの為に生きている。そう言っても過言ではない。
その理由が"ルリを一人の人として愛しているから"と言うのは一生の秘密だ。
*
結局、目覚めたルリと会えたのは翌朝だった。私がすっかり眠りこけており、明確な起床時間は分からない。起きた時には机に向かい、スマホに何かを打ち込んでいた。
恐らくは夢の記録だろう。予知夢から醒めた際は、いつも同じ姿を見るから。
影を纏う背に、大きな声で挨拶する。
「ルリ、おはよう!」
だが、堂々と無視された。作業を止める様子はあれど、やっぱり振り向きはしない。しかし、こんな塩対応は慣れっこだ。
「ルリー、聞こえてたら返事して!」
ベッドから飛び起き、言いながらルリへ近付く。そのまま抱きつくと嫌そうに睨まれた。振りほどきはしなかったが。
「今日も不機嫌そうだね。あのねルリ、予知夢じゃなくてただの夢だと思えば良いんだよ」
「うるさい、ミクには分かんないでしょ」
そっぽを向かれ、数百回目のアドバイスも蹴散らされる。ルリはいつもこうだ。きっと今も、見たばかりの夢に苛まれ心を乱しているに違いない。
小さな寂しさを覚えながら、敢えて話題を変えた。
「今日は学校どうする?」
「ミクはまた付いてくる気なの?」
「うん」
「もう。そろそろ一人で行動してよ」
「私が一緒にいたいんだもん」
あからさまな溜め息を前にでも、零れるのは笑顔だ。表情が崩れないのは、ルリの本質を知っているからである。
言葉とは裏腹に、私を引き剥がそうとしない優しさも。結局は寄り添うことを許してくれる甘さも。部屋に侵入しても、ベッドに潜り込んでも、追い返しはしない寛大さも。全部。
「そんなこと言ってると、私が死んだ時困るのはミクだよ」
「知ってる。ルリが死んだら私生きれないからね。自殺なんかしたら後追いする自信あるから。だから死んじゃ駄目だよ」
これまた何回聞いたか分からない台詞に、定型文と化した答えを返す。ルリは再び深い溜め息を吐き、小さく呟いた。
「死なせてよ。お節介」
*
「ねぇルリ、今日スイーツ食べに行かない? この間美味しい店が出来たって話したじゃん?」
今日も、振り向かないルリを背中から抱き締める。視線は小難しい本へ固定されており、やっぱり私には向かなかった。
断りを未来に見ながらも、小さな可能性を期待する。
「行かない。一人で行って」
「二人で食べた方が美味しいじゃない」
「じゃあ友達と行って」
「いないよ」
案の定、完全拒否されたが。
「……私、宿題集中したい。だから部屋出てって」
それどころか撤退まで命じられ、さすがに頬が膨らんだ。
「じゃあ、一緒にやろうよ」
「集中したいって言ったの聞こえなかった?」
本が音を立て閉じられる。鋭い目線が流され、再び『出ていって』と強調された。
ここまで言われては引かざるを得ない。気だるげな了解を声で示し、腕をほどいた。その時にはもう視線はなく、ノートや教科書を並べ始めていた。
部屋を出て、隣の自室に入る。だが、敢えて物事には着手しなかった。ただ、ルリの部屋と隣あう壁に背を預ける。
その態勢のまま、目を閉じ耳を澄ませた。ルリがまた、死のうとしないように。
昨夜のよくある一件を浮かべ、腰を起こして伸びをする。大きな欠伸も放ちリビングへと下りた。
「お母さん、おはよー」
「ミクおはよう」
スーツを羽織りながら、母親が顔をあげる。本日は火曜日だ。一般的には本来学校に居るはずの時間である。しかし、だからと言って急ぐことはない。このような朝は日常の一部だ。
朝の一杯をコップに注ぐ。私もと言い、横に立った母親が目配せした。
「ルリちゃん、いつもの?」
「そう」
ルリは私の従姉妹で、同居を始めて四年になる。年は同じ十四で、血液型も身長も靴のサイズまで一致していたが、性格は間反対だった。
ネガティブでセンチメンタルで死にたがり、それがルリである。とは言え、彼女が歪んだのは訳あってのことだ。
そんなルリは、ある出来事が生じた時、いつも起きてこなくなる――いや、長時間目覚めない眠り姫になるのだ。
「そっか、また励ましてあげてね。じゃあ、私仕事行ってくるわ」
「任せて!」
母親は、使用したコップを放置し去ってゆく。手を降って見送り、トーストするべく食パンに手を着けた。その際、改めて音に耳を傾けたが、起床の気配はなかった。
ルリには変わった能力がある。それこそが予知夢を視る力だ。ただ、それは本人が望まなくとも生じる現象で、しかも全てが悲劇だった。その夢を視る際、ルリは一日ほど眠り続けるのだ。
それは幼少期からのもので、近しい存在だった私は、詳細を自然と耳に入れていた。その頃のルリは、夢の内容を全て教えてくれるような子で、私たちは共に悲劇の回避を求め奔走もした――一度だって抗えはしなかったけど。
その習慣が崩れたのが四年前、ルリの両親が事故死した時だ。その時、線が切れたようにルリは変わった。心も話も閉ざすようになり、自傷行為まで始めた。末に一度自殺未遂もしている。
だから、その日から私はルリを見守ることに決めた。不定期な登校もその為だ。ルリに合わせて行動し、ルリの為に生きている。そう言っても過言ではない。
その理由が"ルリを一人の人として愛しているから"と言うのは一生の秘密だ。
*
結局、目覚めたルリと会えたのは翌朝だった。私がすっかり眠りこけており、明確な起床時間は分からない。起きた時には机に向かい、スマホに何かを打ち込んでいた。
恐らくは夢の記録だろう。予知夢から醒めた際は、いつも同じ姿を見るから。
影を纏う背に、大きな声で挨拶する。
「ルリ、おはよう!」
だが、堂々と無視された。作業を止める様子はあれど、やっぱり振り向きはしない。しかし、こんな塩対応は慣れっこだ。
「ルリー、聞こえてたら返事して!」
ベッドから飛び起き、言いながらルリへ近付く。そのまま抱きつくと嫌そうに睨まれた。振りほどきはしなかったが。
「今日も不機嫌そうだね。あのねルリ、予知夢じゃなくてただの夢だと思えば良いんだよ」
「うるさい、ミクには分かんないでしょ」
そっぽを向かれ、数百回目のアドバイスも蹴散らされる。ルリはいつもこうだ。きっと今も、見たばかりの夢に苛まれ心を乱しているに違いない。
小さな寂しさを覚えながら、敢えて話題を変えた。
「今日は学校どうする?」
「ミクはまた付いてくる気なの?」
「うん」
「もう。そろそろ一人で行動してよ」
「私が一緒にいたいんだもん」
あからさまな溜め息を前にでも、零れるのは笑顔だ。表情が崩れないのは、ルリの本質を知っているからである。
言葉とは裏腹に、私を引き剥がそうとしない優しさも。結局は寄り添うことを許してくれる甘さも。部屋に侵入しても、ベッドに潜り込んでも、追い返しはしない寛大さも。全部。
「そんなこと言ってると、私が死んだ時困るのはミクだよ」
「知ってる。ルリが死んだら私生きれないからね。自殺なんかしたら後追いする自信あるから。だから死んじゃ駄目だよ」
これまた何回聞いたか分からない台詞に、定型文と化した答えを返す。ルリは再び深い溜め息を吐き、小さく呟いた。
「死なせてよ。お節介」
*
「ねぇルリ、今日スイーツ食べに行かない? この間美味しい店が出来たって話したじゃん?」
今日も、振り向かないルリを背中から抱き締める。視線は小難しい本へ固定されており、やっぱり私には向かなかった。
断りを未来に見ながらも、小さな可能性を期待する。
「行かない。一人で行って」
「二人で食べた方が美味しいじゃない」
「じゃあ友達と行って」
「いないよ」
案の定、完全拒否されたが。
「……私、宿題集中したい。だから部屋出てって」
それどころか撤退まで命じられ、さすがに頬が膨らんだ。
「じゃあ、一緒にやろうよ」
「集中したいって言ったの聞こえなかった?」
本が音を立て閉じられる。鋭い目線が流され、再び『出ていって』と強調された。
ここまで言われては引かざるを得ない。気だるげな了解を声で示し、腕をほどいた。その時にはもう視線はなく、ノートや教科書を並べ始めていた。
部屋を出て、隣の自室に入る。だが、敢えて物事には着手しなかった。ただ、ルリの部屋と隣あう壁に背を預ける。
その態勢のまま、目を閉じ耳を澄ませた。ルリがまた、死のうとしないように。
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