happy birthdayを君に

有箱

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episode:颯(後編)

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 私の手には、少し上等な花束がある。型崩れしないよう守りながら、慣れた道を早歩きした。

 事件から、今日で二年が経過した。スパークランドに出掛けた日が、今じゃ夢だったかのようだ。
 あの後の二年間は、一人で誕生日を過ごした。しかし、敢えて自分でプレゼントやケーキを用意し、自らを労った。今年も一年頑張ったねと聞かせた。まだ抵抗はあったが、そうすることを颯が望んでいる気がしたのだ。

 部屋に辿り着き、颯の母親に挨拶する。花を生ける準備をしていると、後ろから「いつもありがとうね」と聞こえた。笑顔で振り向いた先、俯き気味の微笑が見えた。

「ほら、今日颯の誕生日じゃないですか。だから、とびきり良いの持ってきたんですよ。綺麗でしょ」
「……颯には……本当に悪いことをしてしまったわ……」
「そんなに責めないで下さいよお母さん。颯だってそんな顔望んでないですよ。ほら、今日は特別な日なんですからお祝いしましょ」

 飾り付けが終わり、指定席と化した椅子に座る。小さく胸を痛めながらも、敢えて微笑みを見せた。

「颯、誕生日おめでとう。生きていてくれてありがとう……」

 私たちの間には、白いベッドが置かれている。颯は今も、そこで横たわったままだ。あの日からずっと、颯は眠り続けている。

 二人は危篤状態にあったものの、なんとか一命をとりとめた。
 母親は早めに意識が戻ったが、心を病んでいたせいで目覚めた直後はかなり大変だったらしい。今は安定しているものの、まだ油断は出来ないそうだ。

「心中を持ちかけた時ね、颯、笑って良いよって言ったの……」

 何度目かの呟きに、柔和な声で返事する。過去に迷い込んだままの母親に、大体の話は聞いた。
 颯の母親は、鬱病で仕事も家事もできず、生活の全てを颯に頼っていたそうだ。その罪悪感と惨めさに幾度も自分を攻め、死にたいと口にしたと言っていた。その度に颯が励ましていたようだが、悪化して行く病状の中でつい提案してしまったという。

 そして、それを颯は受け入れた。それほどまでに彼も追い詰められていたのかもしれない。

「私がもっと普通の人間だったら、助けを求めてくれてたのかな……」

 囁きは、私の手前で溶けて行く。颯は自分も苦しい中で、私を励まそうと必死だった。優しい人であると知ってはいたが、自分を犠牲にするほどだとは思わなかった。

「私、忘れてたの……よりによって颯の誕生日を指定してしまうなんて……本当に悪いことをしてしまった……」
「そのくらいじゃ颯は怒らないですよ。それに今は覚えてるんだから良いじゃないですか! じゃじゃん! 実は私、今日ケーキも持ってきたんです!」

 ベッドに備えられた机を組み、小さなホールケーキを置く。一本、二本~と即興曲を作りながら、ケーキに蝋燭を立てた。静まり返った空気を塗り替えたくて、わざとらしく大きな声で歌唱する。

「happybirthday to you~」

 鼻を啜る音が耳に届いた。すぐに嗚咽も聞こえだし、つられて泣きそうになる。角膜を涙がじんわり覆ったが、そこまでで堪えた。

「颯……お誕生日、本当におめでとう………」

 ーーちかーーあさんーー……
 ーーりがーーと……

「へっ? えっ、颯……?」

 耳を疑いながら、瞬きでぼやけを拭う。クリアになった視界の先、目に写ったのは消え入りそうな笑顔だった。
 ずっと待ち望んでいた、颯の笑顔だった。
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