モモイロメロディー

有箱

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「お疲れさまー」

 日課の如く部室に入ると、キーボード担当とドラム担当の二人が来ていた。

 この二人も、私と同じ三年生である。だが、最終公演に向け、時々こうして顔を出してくれた。
 時々と言えども、勉強の合間を全て捧げるほどの真剣ぶりだ。

 実は、ライブの開催は最近決まった。元々予定されていなかったのだが、メンバー全員の意向で開かれることになったのだ。因みに、発案者は黒川くんである。

 そう言った経緯も手伝って、皆が懸命に練習した。

「あれ、黒川くんまだなんですね、珍しい」
「授業長引いてるっぽい。来る時まだやってた」
「そうですか」

 キーボードの赤木さんが、着けていたヘッドフォンを外した。プラグの先は、もちろんキーボードに刺さっている。

 だが、視界にヘッドフォンが入ったことにより、あのメロディが脳内で流れ出した。これでもう何度目だろう。
 あの日から、音が止まない。

「そう言えば、黒川くんの曲聞きました?」
「あぁ、聞かせてもらったよ。才能あるよな」
「綺麗な曲ですよね。歌うの楽しみになっちゃう」

 黒川くんが作った曲は、とても好ましく耳に響いた。機械制作の時点で惹かれているのだ。生演奏への期待が止まらない。

「お二人も、黒川くんが作曲した曲聞いた事無かったんですね?」
「前々から作りたいとは言ってたけどねー。最後に歌えると思うと嬉しいな」

 ドラムの黄田さんが、溶けそうな笑顔で放つ。その表情の中に、小さな寂しさが垣間見えた。

 もしかすると、黄田さんも私と同じなのかもしれない。解散について考えているのかもしれない。

 私たち三年生が卒業すれば、簡単には演奏できなくなるだろう。もちろん、バンドを続けた上での話だ。

 継続か解散か。正直、この手の話は苦手だった。高校受験をする際、メンバーが次々辞めていった事を思い出してしまうからだ。
 そうして、私自身も、止めざるを得なかった事を思い出してしまうから――。

 幸せな時間が終わってしまうのは、いつだって寂しい。だが、それぞれの未来がある以上、一人の意見では決められないのが辛いところだ。

 とは言え、未だ話題にすらなっていないのだが。

 このまま、答えを出さず自然消滅する可能性も否めないだろう。卒業して、それぞれの道へ進んで、いつか思い出になって――。

 ああ。だからこそ、この時期に作曲を始めたのかもしれないな。

 なんて、不確かな心情を想像した。



 それから更に数日後、部室に入るとあの光景があった。またも、ヘッドフォン装備で頭を悩ませいる。
 今度は驚かせないようにと、軽く肩を叩いてみた――が、やっぱり驚かれた。

「黒川くん、お疲れ」
「な、夏香さんもお疲れさまです……! 今日は赤さんもきーさんも来られるって言ってました」

 黒川くんは、切りをつけたのか片付けを開始する。この前同様、詞の紙を一番後ろにし、あっという間に束ねてしまった。

「じゃあ練習出来るね」
「ですね! 俺、卒業式前にライブ出来るの本当に嬉しいです! 無理かと思ってましたもん」

 一人だけ二年生の黒川くんだが、彼もそれなりに考えた上で提案していたらしい。

「そうだね、私も嬉しいよ。受験前だし無理だと思った」

 恐らく、彼の発案が無ければ、ライブは行われなかっただろう。今日のように、部室に集まることすら無かったかもしれない。

 ――黒川くんは、今後もバンド続けたい?

 問いが浮かんだが聞けなかった。今は、この楽しげな雰囲気を壊したくない。
 そう考えた結果、代わりに出たのは曲の話だった。

「そうだ、曲どこまで出来た? どこか詰まってたりする? 手伝おうか?」

 数日前の段階で、作曲は済まされていた。残りは作詞だけのはずだが、まだ悩んでいると見た。

「あとは最終調整のみです! なので大丈夫です!」

 だが、既に完成していたらしい。ピシッと敬礼した黒川くんは、歯を見せて笑った。

「あ、じゃあとりあえず出来たってこと!? 見たい!」

 綺麗な音色に、どんな歌詞が付くのか。どんな風に歌うのか。ハーモニーを奏でるのか。とても気になる。

 それに、少しでも早く知っておきたい。そして、一度歌ってみたい。
 そんな感情がぐっと前に出た。だが。

「うーん」

 黒川くんは、まだ見せたくないようだ。顔面を大きく使って、深々と考え始める。
 それも、数秒で終わったが。

「明日なら良いですよ」
「えっ、明日!?」
「明日にはちゃんと仕上げときます」

 再び敬礼をした黒川くんは、ギターケースからギターを取り出す。

 それから数秒、見計っていたかのように、赤木さんと黄田さんが入室した。



 やはり、全員の音が合わさると気持ちが良い。この感覚を忘れるなんて、私には出来ないだろう。
 演奏する事を、歌う事を、私は一生愛しているだろう。愛し続けるだろう。

 一年後、五年後、十年後と大人になるにつれ、好きな事を続けるのは難しくなる。何と無く、それは分かっている。

 けれど、どれだけ制限が強まろうと、好きな事は好きでいたいし、続けたいとも思っている。

 青春が過ぎ去ろうと、いつまでも。
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