モモイロメロディー

有箱

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 私は、歌う事が大好きだ。生き甲斐と言っても良いだろう。

 歌えるからこそ毎日が輝く。大好きな事が出来るから、笑って生きていられる。
 今は、強くそう思う。

 だが、一度はそんな歌でさえ、捨てようとした事があった。今は懐かしき思い出だが、当時は色々とあったものだ。

 その時、歌の世界に連れ戻してくれた人と、今一緒にバンド活動をしている。

 今や日常となったそれは、私にとって掛け替えのない時間だった。
 もう、失いたくなかった。

 終わりなんて、嫌だ。



 高三の秋と言うのは、皆が受験や就職に向け本格的に動き始める頃だ。私も例外ではなく、志望校の合格に向け必死にペンを動かしていた。

 とは言え、勉強漬けになるのは真っ平だ。高校受験の時と同じ過ちは繰り返したくない。

 あの時は、勉強を優先し、他は全て我慢した。捨てたものもあった。
 結果、自分を見失ってしまった。

 そんな、全てを引き換えにして得た灰色の青春は、今もまだ苦い記憶として残っている。

 ――と言う経験を元にで形成されたのが、“打ち込みすぎも良くない”との考えだ。
 その思考に基づき、私は放課後、毎日同じ場所に通っていた。

 それが部室だ。もちろん、軽音楽部の部室である。その部員で組んだバンドの、ボーカル兼ギターを努めている。



「お疲れさまー」

 部室に入ると、既にメンバーである黒川くんが来ていた。私からは、背中しか見えない。

 ヘッドフォンをつけ、何かを書いているように見えた。それも、気配に気づかないくらい一心に。

 そんな彼こそが、私を歌の道に引き戻してくれた人だ。

 彼、黒川くんは私より一学年若く、真っ直ぐで少し強引で、とても明るい人である。その明るさに、私は救われた。

 歌を捨てた私を、粘り強くバンドに誘ってくれたのだ。その強靭な精神力が無ければ、私はこうして笑っていなかっただろう。
 彼は恩人だ。今でも感謝し続けている。

 そんな黒川くんも、私と全く同じポジションを勤めている。
 なぜなら、私たちのバンドはデュエットを主に歌っているからだ。あと、私が途中加入したからとの理由もあるだろう。
 だから、同じボーカル兼ギターなのだ。

 校内では結構有名なバンドで、メンバーの名前を知らない生徒はいないと言われるほどだった。

「黒川くん、何してるの?」

 ひょっこり顔を出すと、黒川くんは一瞬肩を竦ませた。やはり、気付いていなかったらしい。

「夏香さんですか! 吃驚した!」

 言いながらヘッドフォンを取り、机上に置く。真ん丸な瞳が、驚愕の感情を表していた。

「相当熱中してたんだね。えっと?」

 目の前には、何枚もの紙があった。楽譜が数枚と、手書き文字の並ぶ紙が一枚ある。
 自然と目に入ったその文字は、詞のように見えた。

「あっ、もしかして曲作りしてた?」
「よく分かりましたね!?」

 黒川くんは、散乱していた紙を束ねる。楽譜だけではなく、詞の紙も一緒にしてしまった。
 しかも、一番後ろに回された所為で、全て読みきれなかった。

「曲作りも出来るんだ。凄いね。そういうのはしないと思ってたよ」

 思っていた理由は単純で、今まで既存曲しか歌ってこなかったからだ。編曲することはあっても、完全オリジナルは無かった。
 だからてっきり曲は作れない――いや、作らないと思っていた。

「前々から勉強はしてたんです。と言っても、まだまだなんですけど。でも、夏香さんが卒業する前に一曲作りたいなーと思って」

 卒業との単語に、小さく胸が痛んだ。だが、気付かない振りで無邪気にはしゃいでみる。

「おぉー! じゃあオリジナルが歌えるんだ、嬉しいな! 前やってた時もオリジナルは歌った事無いよ」

 実は歌から離れる直前、別のメンバーとバンド活動をしていた。その時の歌唱を聴いて憧れ、自身もバンドを始めたのだと黒川くんは教えてくれた。

 そして、今もまだ、憧れの存在だと言い続けてくれている。
 その言葉が、どれだけ私を癒しているかも知らずに。

「どんな感じの歌詞なの?」
「それは出来てからのお楽しみです!」

 二カっと笑む黒川くんの、無邪気さが溢れ出す。釣られて笑ってしまうほど、彼の笑みには濁りがない。

「じゃあ期待させてもらおうかな。でも、手伝える事あったら手伝うから言ってね」
「あ、じゃあ曲だけ聞いてもらって良いですか?」
「え?」

 唖然とする私の前、ヘッドフォンが差し出された。黒川くんは、再生するべくスタンバイを始める。

「曲は良いんだ……?」

 敢えてお楽しみと言うくらいだ。だから、てっきり完成まで公開されないと思っていた。
 しかし、違うらしい。謎すぎる。

「イントロなんで良いんです。パソコンで作ったんで迫力とかはないですけどね」
「へ、へぇ……」

 私は、不思議な黒川くんの笑顔を見つつ、流れ出す音に耳を傾けた。
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