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私は、歌う事が大好きだ。生き甲斐と言っても良いだろう。
歌えるからこそ毎日が輝く。大好きな事が出来るから、笑って生きていられる。
今は、強くそう思う。
だが、一度はそんな歌でさえ、捨てようとした事があった。今は懐かしき思い出だが、当時は色々とあったものだ。
その時、歌の世界に連れ戻してくれた人と、今一緒にバンド活動をしている。
今や日常となったそれは、私にとって掛け替えのない時間だった。
もう、失いたくなかった。
終わりなんて、嫌だ。
*
高三の秋と言うのは、皆が受験や就職に向け本格的に動き始める頃だ。私も例外ではなく、志望校の合格に向け必死にペンを動かしていた。
とは言え、勉強漬けになるのは真っ平だ。高校受験の時と同じ過ちは繰り返したくない。
あの時は、勉強を優先し、他は全て我慢した。捨てたものもあった。
結果、自分を見失ってしまった。
そんな、全てを引き換えにして得た灰色の青春は、今もまだ苦い記憶として残っている。
――と言う経験を元にで形成されたのが、“打ち込みすぎも良くない”との考えだ。
その思考に基づき、私は放課後、毎日同じ場所に通っていた。
それが部室だ。もちろん、軽音楽部の部室である。その部員で組んだバンドの、ボーカル兼ギターを努めている。
*
「お疲れさまー」
部室に入ると、既にメンバーである黒川くんが来ていた。私からは、背中しか見えない。
ヘッドフォンをつけ、何かを書いているように見えた。それも、気配に気づかないくらい一心に。
そんな彼こそが、私を歌の道に引き戻してくれた人だ。
彼、黒川くんは私より一学年若く、真っ直ぐで少し強引で、とても明るい人である。その明るさに、私は救われた。
歌を捨てた私を、粘り強くバンドに誘ってくれたのだ。その強靭な精神力が無ければ、私はこうして笑っていなかっただろう。
彼は恩人だ。今でも感謝し続けている。
そんな黒川くんも、私と全く同じポジションを勤めている。
なぜなら、私たちのバンドはデュエットを主に歌っているからだ。あと、私が途中加入したからとの理由もあるだろう。
だから、同じボーカル兼ギターなのだ。
校内では結構有名なバンドで、メンバーの名前を知らない生徒はいないと言われるほどだった。
「黒川くん、何してるの?」
ひょっこり顔を出すと、黒川くんは一瞬肩を竦ませた。やはり、気付いていなかったらしい。
「夏香さんですか! 吃驚した!」
言いながらヘッドフォンを取り、机上に置く。真ん丸な瞳が、驚愕の感情を表していた。
「相当熱中してたんだね。えっと?」
目の前には、何枚もの紙があった。楽譜が数枚と、手書き文字の並ぶ紙が一枚ある。
自然と目に入ったその文字は、詞のように見えた。
「あっ、もしかして曲作りしてた?」
「よく分かりましたね!?」
黒川くんは、散乱していた紙を束ねる。楽譜だけではなく、詞の紙も一緒にしてしまった。
しかも、一番後ろに回された所為で、全て読みきれなかった。
「曲作りも出来るんだ。凄いね。そういうのはしないと思ってたよ」
思っていた理由は単純で、今まで既存曲しか歌ってこなかったからだ。編曲することはあっても、完全オリジナルは無かった。
だからてっきり曲は作れない――いや、作らないと思っていた。
「前々から勉強はしてたんです。と言っても、まだまだなんですけど。でも、夏香さんが卒業する前に一曲作りたいなーと思って」
卒業との単語に、小さく胸が痛んだ。だが、気付かない振りで無邪気にはしゃいでみる。
「おぉー! じゃあオリジナルが歌えるんだ、嬉しいな! 前やってた時もオリジナルは歌った事無いよ」
実は歌から離れる直前、別のメンバーとバンド活動をしていた。その時の歌唱を聴いて憧れ、自身もバンドを始めたのだと黒川くんは教えてくれた。
そして、今もまだ、憧れの存在だと言い続けてくれている。
その言葉が、どれだけ私を癒しているかも知らずに。
「どんな感じの歌詞なの?」
「それは出来てからのお楽しみです!」
二カっと笑む黒川くんの、無邪気さが溢れ出す。釣られて笑ってしまうほど、彼の笑みには濁りがない。
「じゃあ期待させてもらおうかな。でも、手伝える事あったら手伝うから言ってね」
「あ、じゃあ曲だけ聞いてもらって良いですか?」
「え?」
唖然とする私の前、ヘッドフォンが差し出された。黒川くんは、再生するべくスタンバイを始める。
「曲は良いんだ……?」
敢えてお楽しみと言うくらいだ。だから、てっきり完成まで公開されないと思っていた。
しかし、違うらしい。謎すぎる。
「イントロなんで良いんです。パソコンで作ったんで迫力とかはないですけどね」
「へ、へぇ……」
私は、不思議な黒川くんの笑顔を見つつ、流れ出す音に耳を傾けた。
歌えるからこそ毎日が輝く。大好きな事が出来るから、笑って生きていられる。
今は、強くそう思う。
だが、一度はそんな歌でさえ、捨てようとした事があった。今は懐かしき思い出だが、当時は色々とあったものだ。
その時、歌の世界に連れ戻してくれた人と、今一緒にバンド活動をしている。
今や日常となったそれは、私にとって掛け替えのない時間だった。
もう、失いたくなかった。
終わりなんて、嫌だ。
*
高三の秋と言うのは、皆が受験や就職に向け本格的に動き始める頃だ。私も例外ではなく、志望校の合格に向け必死にペンを動かしていた。
とは言え、勉強漬けになるのは真っ平だ。高校受験の時と同じ過ちは繰り返したくない。
あの時は、勉強を優先し、他は全て我慢した。捨てたものもあった。
結果、自分を見失ってしまった。
そんな、全てを引き換えにして得た灰色の青春は、今もまだ苦い記憶として残っている。
――と言う経験を元にで形成されたのが、“打ち込みすぎも良くない”との考えだ。
その思考に基づき、私は放課後、毎日同じ場所に通っていた。
それが部室だ。もちろん、軽音楽部の部室である。その部員で組んだバンドの、ボーカル兼ギターを努めている。
*
「お疲れさまー」
部室に入ると、既にメンバーである黒川くんが来ていた。私からは、背中しか見えない。
ヘッドフォンをつけ、何かを書いているように見えた。それも、気配に気づかないくらい一心に。
そんな彼こそが、私を歌の道に引き戻してくれた人だ。
彼、黒川くんは私より一学年若く、真っ直ぐで少し強引で、とても明るい人である。その明るさに、私は救われた。
歌を捨てた私を、粘り強くバンドに誘ってくれたのだ。その強靭な精神力が無ければ、私はこうして笑っていなかっただろう。
彼は恩人だ。今でも感謝し続けている。
そんな黒川くんも、私と全く同じポジションを勤めている。
なぜなら、私たちのバンドはデュエットを主に歌っているからだ。あと、私が途中加入したからとの理由もあるだろう。
だから、同じボーカル兼ギターなのだ。
校内では結構有名なバンドで、メンバーの名前を知らない生徒はいないと言われるほどだった。
「黒川くん、何してるの?」
ひょっこり顔を出すと、黒川くんは一瞬肩を竦ませた。やはり、気付いていなかったらしい。
「夏香さんですか! 吃驚した!」
言いながらヘッドフォンを取り、机上に置く。真ん丸な瞳が、驚愕の感情を表していた。
「相当熱中してたんだね。えっと?」
目の前には、何枚もの紙があった。楽譜が数枚と、手書き文字の並ぶ紙が一枚ある。
自然と目に入ったその文字は、詞のように見えた。
「あっ、もしかして曲作りしてた?」
「よく分かりましたね!?」
黒川くんは、散乱していた紙を束ねる。楽譜だけではなく、詞の紙も一緒にしてしまった。
しかも、一番後ろに回された所為で、全て読みきれなかった。
「曲作りも出来るんだ。凄いね。そういうのはしないと思ってたよ」
思っていた理由は単純で、今まで既存曲しか歌ってこなかったからだ。編曲することはあっても、完全オリジナルは無かった。
だからてっきり曲は作れない――いや、作らないと思っていた。
「前々から勉強はしてたんです。と言っても、まだまだなんですけど。でも、夏香さんが卒業する前に一曲作りたいなーと思って」
卒業との単語に、小さく胸が痛んだ。だが、気付かない振りで無邪気にはしゃいでみる。
「おぉー! じゃあオリジナルが歌えるんだ、嬉しいな! 前やってた時もオリジナルは歌った事無いよ」
実は歌から離れる直前、別のメンバーとバンド活動をしていた。その時の歌唱を聴いて憧れ、自身もバンドを始めたのだと黒川くんは教えてくれた。
そして、今もまだ、憧れの存在だと言い続けてくれている。
その言葉が、どれだけ私を癒しているかも知らずに。
「どんな感じの歌詞なの?」
「それは出来てからのお楽しみです!」
二カっと笑む黒川くんの、無邪気さが溢れ出す。釣られて笑ってしまうほど、彼の笑みには濁りがない。
「じゃあ期待させてもらおうかな。でも、手伝える事あったら手伝うから言ってね」
「あ、じゃあ曲だけ聞いてもらって良いですか?」
「え?」
唖然とする私の前、ヘッドフォンが差し出された。黒川くんは、再生するべくスタンバイを始める。
「曲は良いんだ……?」
敢えてお楽しみと言うくらいだ。だから、てっきり完成まで公開されないと思っていた。
しかし、違うらしい。謎すぎる。
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「へ、へぇ……」
私は、不思議な黒川くんの笑顔を見つつ、流れ出す音に耳を傾けた。
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