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緊張と期待で体が機械化する。そんなぎこちない歩みでも目的地には着くらしく、あっさり部室に到着した。
教室としては使われていない部屋らしく、機材などが大胆に置かれていた。
見学の生徒と部員が入り乱れ、雑踏にいる気分を味わう。辺りを軽く見回すと、対角線上――教室の隅に先輩を見つけた。台本片手に数人と会話している。距離をもどかしく思ったが、人混みを突き抜ける勇気はなかった。
一方的に見つめていると、不意に目があった。なぜか一瞬反らされかけたが、すぐに戻される。それから微笑まれた。水位が急上昇するかのように、体内から熱が上ってくる。憧れとの接触に、心臓が騒いだ。
偶然知ったことだが、先輩の名字は花咲というらしい。溌剌とした人柄に、よく合う名だと擽ったくなった。
結局、部室にて先輩に近づく機会はなかった。再び先輩と会ったのは、部活終了から一時間後のことだった。
*
元々が終わりの遅い部活だ。部の全員が撤収する頃には、学校は静寂の中にある。
僕も流れのまま一時は帰宅した。だがイヤフォンの置き忘れに気付き、戻ってきていた。昼休みに使用し、机に入れっぱなしにしていたらしい。
確保し、再び帰路に付こうとした時だった。やや遠く――恐らく部室から、先輩の声が聞こえた。
静かな世界の中、導かれるよう声を辿ってしまう。扉からそっと覗くと、想像通り先輩が台詞を奏でていた。部屋の中央にて、役になりきっている。染み渡る声が、僕の脳を喜びで染め上げた。
だが、心地よい声が突然消える。変わりに視線が飛ばされていた。
頭の中で先輩に呼ばれる。どう返事をしようか――考えていたが一行に現実にはならなかった。気まずさを生むほどの間が出来上がっていく。
「――すれ――すか」
そんな中、不意に作られた声に固まる。相手が先輩だからと油断しきっていた。
聞き逃した呟きの答えを想像――しようとして気付く。先輩の口が、まだ動いている。戸惑いを含んだ笑顔を、僕に向けながら何かを言っている。
先程の呟きも、今紡がれている声も、全て一人言ではなかったようだ。恐らくは、僕に語りかけていた。
思いがけない展開に、心が毛羽たつ。今からでも言葉を読もうと努めたが、既に唇は結ばれていた。
小さすぎる声も、自信なさげな態度も、何もかも違う。僕の憧れていた先輩とは、何もかも。
あまりのギャップに冷静さを失う。場の納め方が分からず、僕は一礼だけ残して部室を去った。
どうやら先輩は、ステージを降りるとシャイで人見知りになるらしい。
あの後も部活に赴き、自然と目で追っている内に確信した。理想と逆の姿を目にする度、身勝手に落胆してしまった。
*
小道具の作成係として、部活に勤しむ。リーダーの指示に従い、手を動かすだけの仕事だ。今は二ヶ月後の地元イベントへの参加に向け、各自準備を進めている。
地元イベントは新入生が流れを掴むためのものらしく、気軽にしていいと顧問は言っていた。
その為か室内の空気は緩やかで、雑談のノイズが各方面から飛び交っている。声音が多くなるほど聴こえ難くなるせいで、居心地が悪かった。
しかし、そんな中でも先輩の声だけは特別なままだった。まるでベールを纏っているかのように、他と混ざらず耳を通るのだ。ヒロイン役に相応しい、真っ直ぐで透き通った声が。
現実の姿にはがっかりしたが、演技中の先輩はやはり僕を惹き付ける。ずっと聞いていたい、そう思わせてくる。
先輩との交流で性格を直す――抱いていた目標は砕かれた。とは言え、元々一方的に妄想していただけの希望だ。残念な気持ちは拭えないが、諦めるほかなかった。
以前のように他人のままでいよう。そう決めて、作業に打ち込んだ。
教室としては使われていない部屋らしく、機材などが大胆に置かれていた。
見学の生徒と部員が入り乱れ、雑踏にいる気分を味わう。辺りを軽く見回すと、対角線上――教室の隅に先輩を見つけた。台本片手に数人と会話している。距離をもどかしく思ったが、人混みを突き抜ける勇気はなかった。
一方的に見つめていると、不意に目があった。なぜか一瞬反らされかけたが、すぐに戻される。それから微笑まれた。水位が急上昇するかのように、体内から熱が上ってくる。憧れとの接触に、心臓が騒いだ。
偶然知ったことだが、先輩の名字は花咲というらしい。溌剌とした人柄に、よく合う名だと擽ったくなった。
結局、部室にて先輩に近づく機会はなかった。再び先輩と会ったのは、部活終了から一時間後のことだった。
*
元々が終わりの遅い部活だ。部の全員が撤収する頃には、学校は静寂の中にある。
僕も流れのまま一時は帰宅した。だがイヤフォンの置き忘れに気付き、戻ってきていた。昼休みに使用し、机に入れっぱなしにしていたらしい。
確保し、再び帰路に付こうとした時だった。やや遠く――恐らく部室から、先輩の声が聞こえた。
静かな世界の中、導かれるよう声を辿ってしまう。扉からそっと覗くと、想像通り先輩が台詞を奏でていた。部屋の中央にて、役になりきっている。染み渡る声が、僕の脳を喜びで染め上げた。
だが、心地よい声が突然消える。変わりに視線が飛ばされていた。
頭の中で先輩に呼ばれる。どう返事をしようか――考えていたが一行に現実にはならなかった。気まずさを生むほどの間が出来上がっていく。
「――すれ――すか」
そんな中、不意に作られた声に固まる。相手が先輩だからと油断しきっていた。
聞き逃した呟きの答えを想像――しようとして気付く。先輩の口が、まだ動いている。戸惑いを含んだ笑顔を、僕に向けながら何かを言っている。
先程の呟きも、今紡がれている声も、全て一人言ではなかったようだ。恐らくは、僕に語りかけていた。
思いがけない展開に、心が毛羽たつ。今からでも言葉を読もうと努めたが、既に唇は結ばれていた。
小さすぎる声も、自信なさげな態度も、何もかも違う。僕の憧れていた先輩とは、何もかも。
あまりのギャップに冷静さを失う。場の納め方が分からず、僕は一礼だけ残して部室を去った。
どうやら先輩は、ステージを降りるとシャイで人見知りになるらしい。
あの後も部活に赴き、自然と目で追っている内に確信した。理想と逆の姿を目にする度、身勝手に落胆してしまった。
*
小道具の作成係として、部活に勤しむ。リーダーの指示に従い、手を動かすだけの仕事だ。今は二ヶ月後の地元イベントへの参加に向け、各自準備を進めている。
地元イベントは新入生が流れを掴むためのものらしく、気軽にしていいと顧問は言っていた。
その為か室内の空気は緩やかで、雑談のノイズが各方面から飛び交っている。声音が多くなるほど聴こえ難くなるせいで、居心地が悪かった。
しかし、そんな中でも先輩の声だけは特別なままだった。まるでベールを纏っているかのように、他と混ざらず耳を通るのだ。ヒロイン役に相応しい、真っ直ぐで透き通った声が。
現実の姿にはがっかりしたが、演技中の先輩はやはり僕を惹き付ける。ずっと聞いていたい、そう思わせてくる。
先輩との交流で性格を直す――抱いていた目標は砕かれた。とは言え、元々一方的に妄想していただけの希望だ。残念な気持ちは拭えないが、諦めるほかなかった。
以前のように他人のままでいよう。そう決めて、作業に打ち込んだ。
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