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1日目
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書類には、あどけない少女の顔写真があった。横には名前や生い立ちなど、あらゆる情報が並んでいる。
流し見ただけで、悲惨な人生の持ち主だと分かった。つい哀れんでしまうほどには。
少女の名前はキナ、年齢は弱冠十一で――。
「ちょっとクロ! 聞いちゃったんだけど!?」
声に反応し、振り向く。そこには同期の友人がいて、慌てた様子で近付いてくる。
発言で、つい数分前に聞かされた言葉を思い出した。仕事を貰う際、社長に言い渡された――今回失敗すればお前は死ぬ、との言葉が。
「今回は絶対逃がすんじゃないわよ!?」
それを聞いたのだろう。必死で念を押してくる。
「上手くやるさ」
適当な返事を演じ、掲げた右手を揺らした。刺すような視線を振りきり、会社を後にした。
再び少女を見る。笑みを飾る顔は愛らしく、とにかく幼かった。再確認した最後の一文に、言い表せない感情が巣食う。
文末には、ただ淡々と"死因:虐待死"とあった。
「今回こそは回収しなきゃな……」
人間用の容姿を創造し、真っ黒な羽根も生やす。そうして地上へと降り立った。
*
俺は死神だ――と言っても、人間にとって馴染みがあるとの理由で、初代がそう名乗りだしたに過ぎない。
俺たちは、生きる為に仕事をする。その仕事こそが命の回収だ。
"死神"は人とは違い実態を持たない。ゆえに、存在を左右するのは命の日数そのものになる。その命を調達することで意識を得ているのだ。
逆に未回収が続けば日数も尽き、消滅してしまう。その事を"死"と呼び始めたのも、人間の影響だったと聞く。
そして、今まさに俺は死の危機にあった。
俺たち"死神"にも、死は怖いものとの認識がある。人の感覚と同じかは定かではないが、似たようなものだろうとは思っている。
今回、設けられた期限は人の数えで四日だ。数分で終わる案件も存在する中、敢えて長いものを寄越してくれたのだろう。だから、きっと大丈夫だろう。
命の回収は何も難しいことではない。ただ、鎌を模した機械を振るい、体内から抽出すればいいだけだ。
ベテランなんかになると、一瞬で完了してしまうと聞く。逆に不器用だと上手く抽出出来ず、変に残してしまったりするらしいが。で、そういう奴ほど早死にすると――。
宣告に改めて背筋が凍った。繰り返す失敗を前に、危機を想定しなかった訳ではない。ただ、遠い日の出来事だと軽視していた。
とにかく今回は躊躇なく回収する。そう決意した。
*
少女――キナの居る場所へと向かう。今は学校帰りらしく、遠くから後ろ姿が見えた。
認識されてからが勝負だ。逃げられないよう、迷わないよう、一気に命を回収する。それで終わり――シュミレーションしつつ、少女の背後に音もなく降りた。
虐待死するとは思えない背中に、一瞬人違いを疑う。それほどまでにキナの容姿は綺麗だった。光沢のあるランドセルに、皺のない制服。美しく流れる短髪には天使の輪が光っている。
だが、気配を察知し振り向いたことから、対象であることは確定だった。
「不幸だったな。恨むなら運命を……」
何よりその顔が、キナであることを証明していた。
「……なんで笑ってる?」
驚きを見せたと思いきや、次の瞬間には笑っていたのだ。
幾度も人間と相対しているが、大体は負の態度を向けられる。逆もあれど、こんな笑顔は見たことがなかった。
「だって貴方、死神さんでしょ? 私を殺しに来てくれたんでしょ?」
あるとすれば、それは自ら終わりを望む人間だけだ――。
「そう……だ」
死の宣告と、キナの情報が脳内で絡み合う。
微笑むキナは一切逃げようとしなかった。今なら一瞬で済む。けれど、それではあまりにも――。
「けど、その前に海でも見に行かないか?」
気付いたら、そんな提案をしていた。
*
一体何をしてるんだ――と己に呆れつつ、同意してきたキナの前、訂正は出来なかった。
公共機関は使えないので、近場の海に案内する。キナは沈んだ目で周囲を見つつ歩いていた。
改めて見ると、本当に普通の少女にしか見えない。
「死ぬんだぞ。怖くないのか?」
距離を詰め、勝手に横に並んだ。キナは"死神"を恐れないのか、避けようとすらしない。それどころか、移動速度を合わせてきた。
キナは一度合った目を逸らし、誰に向けるでもない笑みを飾る。そうして言い切った。
「怖くない。むしろ嬉しい」
予想通りの答えのはずが、妙に喜びが湧かない。とは言え、違う答えが欲しかったかと聞かれれば、それも違う気がしている。
「……なら安心だ。ほら着いたぞ」
目的地を人差し指で示す。町から少し離れただけの海だ。しかし、人は一人もいなかった。
一見静かな波が、けれど人をも連れ去るような波が煌めいている。それを見た瞬間、キナは砂浜へと無邪気に駆け出した。
「綺麗!」
打ち上げられた貝殻を発見し、嬉しそうに拾い上げる。子供らしい一面に、なぜか安堵した。透けもしないのに、空に掲げて観察している。
「波には近付きすぎるなよ」
「なんで?」
振り向いたキナは不思議そうだ。丸い瞳は意外な無知さを見せる。
「溺れ死ぬ」
なぜ、そんな発言をしたのか自分でも分からなかった。ただ、体に仄かに残る感覚が、勝手に口走らせていたのだ。
「心配してくれるの?」
「え」
意外な解釈に一瞬戸惑うも、適当に頷く。キナにとっても肯定は意外だったのだろう。数秒キョトンとしてまた笑った。本当にキナはよく笑う。
「あの、死神さん。お願いがあります……」
海を背景に笑む姿は、とても儚げで、今にも崩れそうだ。
「一日だけ、私と家族になって下さい。優しい家族に」
流し見ただけで、悲惨な人生の持ち主だと分かった。つい哀れんでしまうほどには。
少女の名前はキナ、年齢は弱冠十一で――。
「ちょっとクロ! 聞いちゃったんだけど!?」
声に反応し、振り向く。そこには同期の友人がいて、慌てた様子で近付いてくる。
発言で、つい数分前に聞かされた言葉を思い出した。仕事を貰う際、社長に言い渡された――今回失敗すればお前は死ぬ、との言葉が。
「今回は絶対逃がすんじゃないわよ!?」
それを聞いたのだろう。必死で念を押してくる。
「上手くやるさ」
適当な返事を演じ、掲げた右手を揺らした。刺すような視線を振りきり、会社を後にした。
再び少女を見る。笑みを飾る顔は愛らしく、とにかく幼かった。再確認した最後の一文に、言い表せない感情が巣食う。
文末には、ただ淡々と"死因:虐待死"とあった。
「今回こそは回収しなきゃな……」
人間用の容姿を創造し、真っ黒な羽根も生やす。そうして地上へと降り立った。
*
俺は死神だ――と言っても、人間にとって馴染みがあるとの理由で、初代がそう名乗りだしたに過ぎない。
俺たちは、生きる為に仕事をする。その仕事こそが命の回収だ。
"死神"は人とは違い実態を持たない。ゆえに、存在を左右するのは命の日数そのものになる。その命を調達することで意識を得ているのだ。
逆に未回収が続けば日数も尽き、消滅してしまう。その事を"死"と呼び始めたのも、人間の影響だったと聞く。
そして、今まさに俺は死の危機にあった。
俺たち"死神"にも、死は怖いものとの認識がある。人の感覚と同じかは定かではないが、似たようなものだろうとは思っている。
今回、設けられた期限は人の数えで四日だ。数分で終わる案件も存在する中、敢えて長いものを寄越してくれたのだろう。だから、きっと大丈夫だろう。
命の回収は何も難しいことではない。ただ、鎌を模した機械を振るい、体内から抽出すればいいだけだ。
ベテランなんかになると、一瞬で完了してしまうと聞く。逆に不器用だと上手く抽出出来ず、変に残してしまったりするらしいが。で、そういう奴ほど早死にすると――。
宣告に改めて背筋が凍った。繰り返す失敗を前に、危機を想定しなかった訳ではない。ただ、遠い日の出来事だと軽視していた。
とにかく今回は躊躇なく回収する。そう決意した。
*
少女――キナの居る場所へと向かう。今は学校帰りらしく、遠くから後ろ姿が見えた。
認識されてからが勝負だ。逃げられないよう、迷わないよう、一気に命を回収する。それで終わり――シュミレーションしつつ、少女の背後に音もなく降りた。
虐待死するとは思えない背中に、一瞬人違いを疑う。それほどまでにキナの容姿は綺麗だった。光沢のあるランドセルに、皺のない制服。美しく流れる短髪には天使の輪が光っている。
だが、気配を察知し振り向いたことから、対象であることは確定だった。
「不幸だったな。恨むなら運命を……」
何よりその顔が、キナであることを証明していた。
「……なんで笑ってる?」
驚きを見せたと思いきや、次の瞬間には笑っていたのだ。
幾度も人間と相対しているが、大体は負の態度を向けられる。逆もあれど、こんな笑顔は見たことがなかった。
「だって貴方、死神さんでしょ? 私を殺しに来てくれたんでしょ?」
あるとすれば、それは自ら終わりを望む人間だけだ――。
「そう……だ」
死の宣告と、キナの情報が脳内で絡み合う。
微笑むキナは一切逃げようとしなかった。今なら一瞬で済む。けれど、それではあまりにも――。
「けど、その前に海でも見に行かないか?」
気付いたら、そんな提案をしていた。
*
一体何をしてるんだ――と己に呆れつつ、同意してきたキナの前、訂正は出来なかった。
公共機関は使えないので、近場の海に案内する。キナは沈んだ目で周囲を見つつ歩いていた。
改めて見ると、本当に普通の少女にしか見えない。
「死ぬんだぞ。怖くないのか?」
距離を詰め、勝手に横に並んだ。キナは"死神"を恐れないのか、避けようとすらしない。それどころか、移動速度を合わせてきた。
キナは一度合った目を逸らし、誰に向けるでもない笑みを飾る。そうして言い切った。
「怖くない。むしろ嬉しい」
予想通りの答えのはずが、妙に喜びが湧かない。とは言え、違う答えが欲しかったかと聞かれれば、それも違う気がしている。
「……なら安心だ。ほら着いたぞ」
目的地を人差し指で示す。町から少し離れただけの海だ。しかし、人は一人もいなかった。
一見静かな波が、けれど人をも連れ去るような波が煌めいている。それを見た瞬間、キナは砂浜へと無邪気に駆け出した。
「綺麗!」
打ち上げられた貝殻を発見し、嬉しそうに拾い上げる。子供らしい一面に、なぜか安堵した。透けもしないのに、空に掲げて観察している。
「波には近付きすぎるなよ」
「なんで?」
振り向いたキナは不思議そうだ。丸い瞳は意外な無知さを見せる。
「溺れ死ぬ」
なぜ、そんな発言をしたのか自分でも分からなかった。ただ、体に仄かに残る感覚が、勝手に口走らせていたのだ。
「心配してくれるの?」
「え」
意外な解釈に一瞬戸惑うも、適当に頷く。キナにとっても肯定は意外だったのだろう。数秒キョトンとしてまた笑った。本当にキナはよく笑う。
「あの、死神さん。お願いがあります……」
海を背景に笑む姿は、とても儚げで、今にも崩れそうだ。
「一日だけ、私と家族になって下さい。優しい家族に」
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