不幸に笑う君と

有箱

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 なぜか今、私の体は温まっている。今頃冷たくなっている予定が完全に逆だ。自宅に帰宅するつもりだってなかったのに。

 電車が遅延したことで、私達は急遽行き先を変えた。家が遠方らしく、到着までに男子の方が凍死しそうだったのだ。ゆえに近かった我が家へ招いた。

「俺、牧野登起っていうんだけど覚えてない?」

 髪を拭きながら男子はーー登起は私の向かいに座り込む。
 紹介を宛に記憶を探ったが、牧野という響きに覚えはなかった。

 小学生の頃に体質を自覚し、不登校になってからは自ら孤立するようになった。ゆえに関わりがあるなら、その前だと推測はできる。だが、人を避ける前の記憶が曖昧なせいで、確実な根拠は得られなかった。最も、関係性などどうでもいいことだが。

「すみませんが覚えてないです。ところで目的はなんですか? この体質は本物だし面白半分ならすぐ離れた方がいいです」
「面白半分じゃないよ。僕は不幸になりたい! だから人助けだと思って友達になってよ!」

 真っ直ぐすぎる視線を送られ、反らした。雰囲気や言動から、登起が悪人でないことはなんとなく分かる。
 だが、その上で苛立ちを覚えた。何を企んでいるのか知らないが、不幸を求めるなんて真の不幸者を馬鹿にしているとしか思えない。

「後悔しますよ……」

 どうにでもなればいいーー疲れた心は思考を放棄した。

***

「出掛けよう!」
「勉強中です」

 下校途中に寄り道したと言った彼は、学生服を纏っていた。そして早速額に傷を作っている。因みに通信制高校のレポート中だったため、断り文句は事実だ。

「時間ない?」

 再び断ろうとして声を噤む。外出は不幸体験には絶好の機会だ。実感の為にも早めの実行が望ましいだろう。なぜ断りを入れかけたかは考えないようにした。

「……あります」

 揺らした視線で、額の傷をなぞってしまう。すぐ反らしたが気付いていたらしく、登起も目を向け笑った。楽しげな表情に違和感しかない。

「階段から滑ったんだ。にしては軽症じゃない?」
「そのうち重症を負いますよ……」
「そうなんだ」

 登起のきょとんした顔は、変わらず危機感のなさを滲ませる。私に見えている未来が彼には見えないのだろう。言葉のみと経験では、想像に差が出るのは致し方ないが。

「小さいことが積もって、段々大きくなっていくんです。私の母だって……なんでもありません」

 不幸はいつも同じパターンで連なった。年月は人それぞれだが、心を追い詰めるように重なっていくのだ。

 私の母親も私が幼い頃に倒れ、長い闘病を続けている。
 容態が悪化する度、父親に体質を咎められた。お前のせいだとの言葉が、家を出た今も発音ごと耳に残っている。
 搬送されて以来母親とは会っていないが、私を恨んでいるのだと父親から聞いた。

「良いじゃん! 何が起こるのか楽しみじゃん! 外出決まり!」

 暗い記憶に切り込んだ声が、明快で思わず表情を窺う。彼はやはり屈託のない笑みを湛えていた。意見を聞かない質なのか、ただの無鉄砲な人間なのかーーなんにせよ痛い目をみれば分かってくれるだろう。
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