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柔らかそうな雪が朝から降っている。手袋を忘れ、悴んだ両手に息をかけた。
本日は久々に一人で外出した。普段は極力避けているが、外せない用事ができたのだ。
可能な限り手早く済ませ、帰路を辿る。ふと数メートル先、記憶に新しい後ろ姿を見つけた。登起だ。今は授業中のはずだが一体何をーー。
答えに導くように、登起はふらふらと道端へ寄ってゆく。そのまま壁に寄りかかり、深い溜息を吐き出した。眉間の皺や蒼白な顔色は、明らかな体調不良を私に突き付けた。
登起の弱さなど、欠片も覗いたことがなかったのにーー。
胸が重くなる。高く積もった説明不能な感情が、突然一つになるのが分かった。それからその名もーー知りたくなかったその名前にも気付いてしまった。
やっぱりもう駄目だ。共にいるべきではない。本当は登起と離れたくはない。けれど、これ以上不幸になるのも見たくはない。
登起のことが好きだから。気付いてしまっては今まで通り流せる訳がなかった。
自然な別れの方法を探す。だが、宛はない。考え込む私の耳に、スマートフォンの着信音が響いた。ぱっと前を見たが、登起ではないようだ。
振り向かれては困ると、違う道を探して入る。急ぎ見た画面には"お父さん"の文字があった。
緊張で体が凍り付く。無視して遣り過ごしたかったが、反抗のようでできなかった。
『さっき母さんが死んだ』
耳に宛がって早々、通過した報告に絶句する。二拍ほどの間はあったが、父親は返事すら待たず電話を切った。
呆然としてしまう。脳に焼き付いたあの言葉が聞こえる。
私のせいで母親が死んだ。ついに殺してしまった。私は疫病神だ。私は、命をも奪う疫病神。
このままでは、登起を殺してしまうのも時間の問題だろう。ああ、やはり私などあの時死んでいれば良かった。
***
寂しい海は、待ち詫びていたように穏やかだった。冷えた水温も私を招いている。
これ以上登起を不幸にする前に、この世界から消えなきゃ。飛沫をあげ、海に駆け込んだ。もう躊躇なんか要らない。水に死にゆく雪のように、早く私も。
「東堂さん! 何してんの!」
腰まで浸かったところで声が聞こえた。見つからないよう移動したつもりが、見られてしまっていたようだ。
反射行動を抑えつけ、振り返らずに進む。
「東堂さん行かないで」
だが、声の距離が迫ったことで、意地は簡単に破壊された。振り向くと、登起が海に駆け込んできていた。冷たさを知っているくせに、やっぱり彼は無鉄砲だ。
「このままじゃ私は牧野くんを殺してしまうの……私はもうこれ以上誰も不幸にしたくない……」
震える唇から、心が零れ落ちる。聞こえるか際どい声量であったのに、登起は首を横に振った。
「不幸だと思ったことない! 東堂さんと一緒にいて不幸だと思ったことないよ! 東堂さんが死んじゃった方が俺は嫌だよ!」
「自分が死ぬとしても……?」
「ひ、人はいつか死ぬ! それは明日かもしれないし百年後かもしれない! だから東堂さんのせいじゃない!」
頬が一瞬、温かく湿った。登起の優しさは、不幸を求める人間らしくない。本当に不幸でいたいなら、私を慰める必要なんてないのだ。それに彼は、致命的な台詞を吐いた。死んじゃった方が嫌ーーなんて、不幸な体験も嫌だったということだ。
「嫌なこと、これからも起こり続けるんだよ?」
「大丈夫! 全部楽しんでやるから!」
お前がいなきゃ不幸になれないから死ぬな。そう引き留めてくれれば、私は何も気付かなかったのに。
この感情だって、ここまで積み上がることはなかったのに。
「だからさ、死なないでよ。友だちもやめないで」
「……なんでそこまでして友だち友だちって……」
「え? なんでって不幸に……」
人はいつか死ぬ。それは真理だ。けれど、そう簡単に死に直面しないのも事実だろう。
言いかけのまま、線が切れたように登起が崩れる。水の上に落ちかけた体を、反射的に抱き止めた。
冷えゆく体温に涙が溢れだす。やっぱり私は不幸体質で、それは真理でも覆せない。
けれど私は登起が好きで、登起が側にいることを許してくれて、側にいたい気持ちもあってーーそれだって事実だ。
「牧野くんが死なないなら……ううん、死ぬまでなら生きてもいいよ……」
本日は久々に一人で外出した。普段は極力避けているが、外せない用事ができたのだ。
可能な限り手早く済ませ、帰路を辿る。ふと数メートル先、記憶に新しい後ろ姿を見つけた。登起だ。今は授業中のはずだが一体何をーー。
答えに導くように、登起はふらふらと道端へ寄ってゆく。そのまま壁に寄りかかり、深い溜息を吐き出した。眉間の皺や蒼白な顔色は、明らかな体調不良を私に突き付けた。
登起の弱さなど、欠片も覗いたことがなかったのにーー。
胸が重くなる。高く積もった説明不能な感情が、突然一つになるのが分かった。それからその名もーー知りたくなかったその名前にも気付いてしまった。
やっぱりもう駄目だ。共にいるべきではない。本当は登起と離れたくはない。けれど、これ以上不幸になるのも見たくはない。
登起のことが好きだから。気付いてしまっては今まで通り流せる訳がなかった。
自然な別れの方法を探す。だが、宛はない。考え込む私の耳に、スマートフォンの着信音が響いた。ぱっと前を見たが、登起ではないようだ。
振り向かれては困ると、違う道を探して入る。急ぎ見た画面には"お父さん"の文字があった。
緊張で体が凍り付く。無視して遣り過ごしたかったが、反抗のようでできなかった。
『さっき母さんが死んだ』
耳に宛がって早々、通過した報告に絶句する。二拍ほどの間はあったが、父親は返事すら待たず電話を切った。
呆然としてしまう。脳に焼き付いたあの言葉が聞こえる。
私のせいで母親が死んだ。ついに殺してしまった。私は疫病神だ。私は、命をも奪う疫病神。
このままでは、登起を殺してしまうのも時間の問題だろう。ああ、やはり私などあの時死んでいれば良かった。
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寂しい海は、待ち詫びていたように穏やかだった。冷えた水温も私を招いている。
これ以上登起を不幸にする前に、この世界から消えなきゃ。飛沫をあげ、海に駆け込んだ。もう躊躇なんか要らない。水に死にゆく雪のように、早く私も。
「東堂さん! 何してんの!」
腰まで浸かったところで声が聞こえた。見つからないよう移動したつもりが、見られてしまっていたようだ。
反射行動を抑えつけ、振り返らずに進む。
「東堂さん行かないで」
だが、声の距離が迫ったことで、意地は簡単に破壊された。振り向くと、登起が海に駆け込んできていた。冷たさを知っているくせに、やっぱり彼は無鉄砲だ。
「このままじゃ私は牧野くんを殺してしまうの……私はもうこれ以上誰も不幸にしたくない……」
震える唇から、心が零れ落ちる。聞こえるか際どい声量であったのに、登起は首を横に振った。
「不幸だと思ったことない! 東堂さんと一緒にいて不幸だと思ったことないよ! 東堂さんが死んじゃった方が俺は嫌だよ!」
「自分が死ぬとしても……?」
「ひ、人はいつか死ぬ! それは明日かもしれないし百年後かもしれない! だから東堂さんのせいじゃない!」
頬が一瞬、温かく湿った。登起の優しさは、不幸を求める人間らしくない。本当に不幸でいたいなら、私を慰める必要なんてないのだ。それに彼は、致命的な台詞を吐いた。死んじゃった方が嫌ーーなんて、不幸な体験も嫌だったということだ。
「嫌なこと、これからも起こり続けるんだよ?」
「大丈夫! 全部楽しんでやるから!」
お前がいなきゃ不幸になれないから死ぬな。そう引き留めてくれれば、私は何も気付かなかったのに。
この感情だって、ここまで積み上がることはなかったのに。
「だからさ、死なないでよ。友だちもやめないで」
「……なんでそこまでして友だち友だちって……」
「え? なんでって不幸に……」
人はいつか死ぬ。それは真理だ。けれど、そう簡単に死に直面しないのも事実だろう。
言いかけのまま、線が切れたように登起が崩れる。水の上に落ちかけた体を、反射的に抱き止めた。
冷えゆく体温に涙が溢れだす。やっぱり私は不幸体質で、それは真理でも覆せない。
けれど私は登起が好きで、登起が側にいることを許してくれて、側にいたい気持ちもあってーーそれだって事実だ。
「牧野くんが死なないなら……ううん、死ぬまでなら生きてもいいよ……」
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