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天国
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夢を見ているのかもしれない。誰かが、私の名を呼んでいる。もう随分呼ばれていないから、忘れそうになっていた名前だ。
『ママ。お兄ちゃん。どこにいるの?』
呼んでも、姿は見えない。
まただ。やっぱり私が悪い子だから、遠くから見てるだけなんだ。迎えには来てくれないんだ。
今、私は真っ黒な世界の中心で、大きなパーカーを着て立っている。左手を開くと、そこには百円玉が一枚だけ残っていた。
ああ、これじゃあ今から買いに行く事も出来ないな。
「モモ!」
声の輪郭がはっきりしたのは、それから直ぐだった。白くなった世界に色が現れる。ぼんやりとはしているが、人の形だとは分かった。
そして、ここが現実世界であることも――。
「モモ、俺が分かる? 兄ちゃんだよ!」
言われてようやく気付いた。変声期を越えたのか、声が違っていて分からなかった。
だが、声色も語調も、ちゃんとお兄ちゃんだ。
色だった物が段々と形を成し、懐かしい顔が見えてくる。場所も、あの家ではないと分かった。
「お兄ちゃん……」
小さな声で呼ぶと、お兄ちゃんは首に手を回し私を抱きしめてくれた。
「ごめんね、ずっと迎えにいけなくて! あんな場所に一人きりにして! でも、もう大丈夫だよ! 俺と母さんが居るからね!」
回された腕からは、愛情が伝わってくる。
段々と状況が分かってきて、ここに来る前の記憶も蘇ってきた。
「ママは? パパは……?」
お兄ちゃんは、体勢を維持したまま黙り、焦ったように囁き出す。無理に声を作ったのだと分かった。
「ママはもう直ぐ来るよ。パパは……」
「……ママが殺しちゃった?」
躊躇を察し、代弁する。お兄ちゃんは素早く腕を解き、苦しそうに眉間に皺を寄せた。
「違う! あれは俺が……!」
表情を維持したまま、首を左右に振る。
「ううん、それも違うんだ。あれは事故だった……」
思い出しているのか、お兄ちゃんの顔は恐怖に包まれていた。
「実はね。時々、モモが気になって家に行ってたんだ。密かにね。でもあの日、パパに遭ってしまって殴られそうになって……ううん、何でもない。この話はやめよう……」
語りながら、お兄ちゃんは背を向ける。結局分からない事ばかりだが、今は不思議と気にならなかった。
それよりも、あの日々から解放されたことが嬉しかった。
これから、三人で暮らせるのかな――。
「あ」
意識していなかった左手の中、物体を握り締めている事に気付いた。声に反応し、振り向いたお兄ちゃんへ向け手を開く。
「あのね。これでママに薔薇を買いたかったの、ママに私を許して欲しくて……」
そこには、握り締めたままの百円があった。
「……それ、使ってなかったの?」
「もしかして、お兄ちゃんがくれてたの?」
「……うん」
俯いたお兄ちゃんに見えるよう、少しだけ手の位置を低くする。
「そっか。じゃあ返すね」
「……いいよ、あげる」
だが、お兄ちゃんは受け取らず、糸が切れたように突然泣いた。
「ママは、ずっとモモが大好きだったよ……ママは怒ってなんかないよ……突然追い出されて、迎えに行けなかっただけなんだよ……」
それからママが来て、三人で抱き合った。
『ママ。お兄ちゃん。どこにいるの?』
呼んでも、姿は見えない。
まただ。やっぱり私が悪い子だから、遠くから見てるだけなんだ。迎えには来てくれないんだ。
今、私は真っ黒な世界の中心で、大きなパーカーを着て立っている。左手を開くと、そこには百円玉が一枚だけ残っていた。
ああ、これじゃあ今から買いに行く事も出来ないな。
「モモ!」
声の輪郭がはっきりしたのは、それから直ぐだった。白くなった世界に色が現れる。ぼんやりとはしているが、人の形だとは分かった。
そして、ここが現実世界であることも――。
「モモ、俺が分かる? 兄ちゃんだよ!」
言われてようやく気付いた。変声期を越えたのか、声が違っていて分からなかった。
だが、声色も語調も、ちゃんとお兄ちゃんだ。
色だった物が段々と形を成し、懐かしい顔が見えてくる。場所も、あの家ではないと分かった。
「お兄ちゃん……」
小さな声で呼ぶと、お兄ちゃんは首に手を回し私を抱きしめてくれた。
「ごめんね、ずっと迎えにいけなくて! あんな場所に一人きりにして! でも、もう大丈夫だよ! 俺と母さんが居るからね!」
回された腕からは、愛情が伝わってくる。
段々と状況が分かってきて、ここに来る前の記憶も蘇ってきた。
「ママは? パパは……?」
お兄ちゃんは、体勢を維持したまま黙り、焦ったように囁き出す。無理に声を作ったのだと分かった。
「ママはもう直ぐ来るよ。パパは……」
「……ママが殺しちゃった?」
躊躇を察し、代弁する。お兄ちゃんは素早く腕を解き、苦しそうに眉間に皺を寄せた。
「違う! あれは俺が……!」
表情を維持したまま、首を左右に振る。
「ううん、それも違うんだ。あれは事故だった……」
思い出しているのか、お兄ちゃんの顔は恐怖に包まれていた。
「実はね。時々、モモが気になって家に行ってたんだ。密かにね。でもあの日、パパに遭ってしまって殴られそうになって……ううん、何でもない。この話はやめよう……」
語りながら、お兄ちゃんは背を向ける。結局分からない事ばかりだが、今は不思議と気にならなかった。
それよりも、あの日々から解放されたことが嬉しかった。
これから、三人で暮らせるのかな――。
「あ」
意識していなかった左手の中、物体を握り締めている事に気付いた。声に反応し、振り向いたお兄ちゃんへ向け手を開く。
「あのね。これでママに薔薇を買いたかったの、ママに私を許して欲しくて……」
そこには、握り締めたままの百円があった。
「……それ、使ってなかったの?」
「もしかして、お兄ちゃんがくれてたの?」
「……うん」
俯いたお兄ちゃんに見えるよう、少しだけ手の位置を低くする。
「そっか。じゃあ返すね」
「……いいよ、あげる」
だが、お兄ちゃんは受け取らず、糸が切れたように突然泣いた。
「ママは、ずっとモモが大好きだったよ……ママは怒ってなんかないよ……突然追い出されて、迎えに行けなかっただけなんだよ……」
それからママが来て、三人で抱き合った。
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