私が死んだ日

有箱

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最終話

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 疲弊しきった体を横たえていると、忙しい足音が聞こえた。条件反射で飛び起き、全員がライフルを素早く装着する。
 構えをとったまま扉を睨んでいると、思いっきり蹴破られた。近くにいた仲間が、下敷きになり傷を負う。その上を容赦なく踏み込んできたのは、敵の兵士たちだった。装甲の固いライフルが、黒々しい目を光らせている。

 数秒先を悟った。死との鬼ごっこは、何度経験しても慣れない。生き延びても幸福はないが、それでも逃げ切りたいと考えてしまう。きっと、ここにいる全員が、同じ思いで心臓を走らせているのだろう。

 仲間の一人が、ライフルを手放した。誰が見ても分かるジェスチャーで、敵意の放棄を示す。

「ぼ、僕、戦いたくありません。死にたくありません。家に帰りたいだけなんです。家族に会いたいだけなんです。どうか見逃して下さい。どうか……」

 懸命な訴えが充満し、少年少女が次々と武器を落下させた。敵兵たちも、想定外なのか口をつぐんでいる。私も頭が真っ白になり、流れのままに手放した。

 胸の中が罪悪感で満たされる。国の為に殺さなきゃ。でも死にたくない。生きていたいーー植えついた意識と本能が死闘した。ライフルに向いた指先が震えている。だが。

「すまない……私たちも上の命令には逆らえないんだ……本当は誰も殺したくない……でも、すまない!」

 余韻を置かず、銃弾の槍が降りだした。命を無くした体が倒れ、部屋の中では雪崩が起きる。私も巻き込まれ、地に叩き付けられた。そのまま音が尽きるまで、阿鼻叫喚を耳に刻んだ。
 
 目覚めた時、そこに生きた人間はいなかった。でこぼこの絨毯を目に、一目散に逃げ出してしまう。基地の外にも生命はなく、穴ぼこの壁に血塗れの土、それから多くの肉塊を見た。

 嘔吐する。空っぽの胃袋が絞られる。その内、血も吐いていた。それでも涙は零れず、不意に怒りだけが蘇った。恐ろしいくらいの静寂が、周囲を取り囲んでいる。敵兵は随分前に撤退したのだろう。足音すらなかった。

「なんで、なんでなの! 皆死にたくなかった! 戦いたくなかった! なんで戦争なんか始めたの! なんで痛い思いしなきゃいけないの! なんで怖い思いしなきゃいけないの! なんで同じ人間同士が殺しあわなきゃいけないの……! こんな風になること、最初から分かってたでしょ……」 

 掠れた声が壊れる。何度か咳を繰り返し、よろりと足を踏み出した。
 自害の為の道具は、そこら中に転がっている。国を裏切った私は、死んで当然の人間だ。
 だが、どうしても、自殺だけは出来なかった。
 
 その後、壊れかけの村を見つけ、終戦まで匿ってもらった。幸運だったと人々は言ったが、私は素直に頷けなかった。
 死にたくなかったくせに、いっそ死んでいれば良かったとまで考えた。

***

 あれから、十年以上が経過した。街や国は以前の形を取り戻し、当時の記憶を持たない子供も増え始めた。私はと言うと、家族の訃報を知って以降、世話になった村に留まり続けている。

 花も動物も、何も知らない様子で生命を煌めかせた。パンの味も狭い家も、恐らくは以前と変わらない。

 綺麗、可愛い、美味しい、幸せーーそういった感覚も判断だけはできた。しかし、心中に到達するまでに、大きく捻じ曲がるようになってしまった。だから今でも私に涙はない。心は黒いまま、体だけが年を取っていった。
 
 私は私を諦めた日から、ずっと戦禍の中にいる。終戦が訪れるのは、体が死んだその時だ。
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